18.超モテ男と結婚する話。
私は藤井レイコ。33歳。
食品会社の営業部で課長をしている。
30代の女性課長ということで色々と言われることもあるが、仕事はおおむね順調だ。
独身主義だった私が結婚に至ったドタバタを聞いて欲しい。
私の夫になる男、松本シンヤが大阪の営業部から転属してきたのは2年前。
彼は当時26歳だった。
私は31歳で課長になったばかり。
シンヤは仕事はできるが問題ありの社員だと噂されていた。
シンヤの第一印象は悪くはなかった。いや大抵の人が彼には好印象を持つと思う。
特にすごいイケメンというわけではないが、笑うと目尻が下がって目元に少しシワができる。それがとても人の良さそうな笑顔なのだ。
営業職なので第一印象は大事だし、人から好かれることは大きな武器になる。実際に彼の大阪での営業成績はトップだった。
仕事はできるが問題あり…の問題とはなんだろう?そう思った私は少し調べてみることにした。
どうやら人間関係…特に女性関係に問題があるようだった。
うちの会社では社内恋愛は推奨されてはいないが、特に禁止ということもない。普通に男女が交際するのなら問題になることはないだろう。
うちの課は最近注目されている健康を気遣った商品を取り扱っていて女性社員も多い。
女性は噂話が好きで、その手の情報収集能力が高いと言われたりするが、実際は男性だって噂話は好きだ。
ただ対象がイケメンで仕事のできる男性となれば、女性たちの関心がかなり高くなるのは無理もないだろう。
シンヤの歓迎会の時など、入れ替わり立ち代わり女性社員が隣に座り、あれこれと話しかけていた。
そしてシンヤは、あっという間に旧知の仲のように親しくなってしまうのだ。あれは才能と言うべきかもしれない。
私はといえば、女性社員の間で
「仕事はできるけど女性としてはどうなのかしら?」
と言われているのは知っている。
まあ身長も173cmと高いし、声も低くて化粧っ気もないし、感情が表に出ず、普段あまり笑わないので、愛嬌もない怖い人と思われているのだろう。
私自身、別にそれで構わないと思っていた。
シンヤの抱える問題はすぐに判明した。とにかくモテすぎるのだ。べつに彼の方から女性に近づいて誘惑しているわけではない。
彼はただ人当たりが良く、親切で気が利く笑顔が魅力的な青年だ。
特筆すべきは、彼が誰に対しても分け隔てなく親切で気遣いができる点だ。
古株の女性社員にも、若くて可愛らしい女性社員にも、同じように親切で態度を変えることがない。
もちろん男性社員に対しても同じように接している。
すべて彼の長所であり美点なのだが、問題は親切にされた女性たちが彼を好きになってしまうことだ。
さらに一番の問題は、彼が人からの誘いを断らないことだ。
彼に気がある女性に飲みに誘われて、女性の方から一夜を共にしたいと言われれば、それに応じてしまう。
女性は当然自分が特別な存在になったと思うわけだが、シンヤにしてみれば、頼まれたから応じただけという感覚らしい。
シンヤが転属してきて3ヶ月で、これらの問題が浮き彫りになった。
うちの課の女性社員11名のうち半数近くがシンヤと何らかの関係を持っていると思われる異常事態だ。
課の雰囲気は嫉妬と疑心暗鬼で最悪な状態になっていた。
男性社員だって内心面白く思ってない者が多いだろうと思ったが、これが意外とそうでもなく、やたらと女性にモテるシンヤを男として認めざるを得ないみたいな雰囲気になっていたので少しだけホッとしたが、大阪の営業部が営業成績トップのシンヤを放出せざるを得なかった理由がよくわかる。
実際、営業の仕事は天職じゃないかと思うくらい取引先の評判も良く、当然営業成績はダントツでトップだ。それだけに頭を抱えてしまう。
これは少し話をしてみなければ…とシンヤを小会議室に呼び出した。
飲みに誘って腹を割って話すという選択肢もあったが、女性社員たちに嫉妬されたり、あらぬ誤解をされてはたまらない。
「なぜ呼び出されたか分かる?」
私がそう問いかけるとシンヤは自覚しているようで、
「はい。分ります。僕のプライベートに問題があるということですよね?」
と答えた。
「女性にモテるのは結構なことだし、あなたから誘っているわけじゃないことは知っています。でも複数の女性からの誘いを断れないのはどうしてなの?あなた好きな人はいないの?」
私がそう聞くと驚くような答えが返ってきた。
「僕…嫌いな人がいないんです」
それはまた…仏のような人がいたものだ。にわかには信じがたい。
「僕の母は感情の起伏の激しい人で…突然怒ったり泣き出したりするんです。子供の頃それがとても怖かった。今思えば母は少し心を病んでいたのかもしれないですけど、どこに地雷があるのかわからないから、いつも母の言うことをニコニコしながら聞いて受け入れていました。あ、今はかなり普通になってますんでご心配なく」
かなりヘビーな話をにこやかに語りだすシンヤ。
つまり目の前の人が不機嫌になるのが怖くて拒絶できないということらしい。
誰しもトラウマを抱えていたりするものだ。私だって例外ではない。
「あなたのしていることは、一見優しさかもしれないけど全然違う。女性たちはあなたのことが好きで、独占したいと思っているの。それなのに次々と他の女性ともお付き合いしたら、傷つくし怒るわよ。それは理解できる?」
私がそう聞くと、理解はできると言う。
「あなたが好きな人も嫌いな人もいないのは分かったわ。じゃあ大切な人はいる?」
「大切な人…まぁ両親は大切です。僕は一人っ子だけど兄弟姉妹がいたらきっと大切に思ってると思います」
シンヤは真剣な顔で思いを巡らせていた。
「あ! 一人肉親以外で大切な奴がいます。人事部の高田ってご存知ですか?」
人事部の高田君なら知っている。去年うちの課の女性と結婚した男性だ。
シンヤによると高田君は小学校から中学まで同級生で、大親友だったそうだ。
父親の転勤でシンヤは大阪に引っ越すことになったが交流は続き、結婚式には大阪から駆けつけたということだ。
披露宴には私も出席していたが、そういえば親友のスピーチをしていたのはシンヤだったかもしれない。
「実は高田の結婚相手のサキちゃんも中学の同級生なんです。あいつ昔からサキちゃんに惚れてて…。実は僕、昔サキちゃんから告白されたことがあって…でも高田を傷つけたくなくて断ったことが…あぁそうか!大切な人を傷つけたくないって、そういうことか!」
シンヤなりに納得してくれたようだった。
「そうね。松本シンヤ君、あなたは大切な人を作るしかないわね。その人を傷つけたくないと思えば、他の人からの誘いが断れるようになるんじゃない?」
確かに有効な手段だが、この男に一朝一夕に大切な人ができるとも思えない。
どうしたら良いのだろう?と頭を悩ませていると、シンヤはとんでもないことを言い出した。
「それじゃあ、課長が僕の大切な人になってください」
「はぁ?」
この男はいきなり何を言い出すのだろう?
「もしかして自分に恋愛感情を持たない女性を落としたくなるとか、そういう悪質なタイプなの?」
私が驚いてそう聞くと、
「違います!課長はいつもクールで公平で、感情的にならないところがいいなぁと思ってたし。こんな話をしたのは課長が初めてだし、課長が僕の大切な人になってくれたら嬉しいです!」
真剣な顔でそう言われてしまった。
「あのね。それは恋愛感情じゃないし、雛鳥が初めて見たものを親鳥と思い込むようなものよ。私は松本君に恋愛感情は持てないし、誰とも恋愛をする気はないの」
「なぜですか?誰とも恋愛しないなんて、先のことはわからないじゃないですか」
どうやら引き下がる気はないらしい。
私はつい、両親にさえ話したことのない過去のトラウマをシンヤに打ち明けてしまった。
「20代半ばの頃、結婚詐欺にあったのよ。200万円くらいだまし取られた。本当に好きだったからとても辛かった。もう二度とあんな思いはしたくないの」
ここまで打ち明けたのだから諦めてくれと願ったが、
「僕は絶対課長を騙したりしませんよ!僕と付き合って、そんな嫌な過去は上書きしてしまいましょう」
さすが超モテ男、言うことが違う。
「あのね。もしも私があなたと付き合ったら、うちの課の女性たちはどう思うのよ。今でさえ大変な状態なのに」
ちょっと想像しただけでも恐ろしくなる。
「大丈夫です。僕が一人一人ときちんと話をしてちゃんと別れます。もちろん課長の名前は出しませんが、好きな人ができたとハッキリ言います!」
その時私は思ってしまった。もしかしたらこれは良い計画かもしれないと。
「わかったわ。あなたが他の女性との関係を全て精算して、これから半年間、誰からの誘いにも乗らなかったら、付き合ってあげてもいい」
なんだか上から目線な言い方だし、かなり厳しい条件だからシンヤが了解するとは思えなかったが、とりあえず私にリスクはない。
これで彼が女性関係を清算して、しばらくの間平和になるならいいと思ったのだ。
「わかりました!半年後に美味しいレストランを予約しておきますからデートしてくださいね!!」
輝くように魅力的な笑顔でシンヤがそう言った。
まさか快諾するとは思わなかった。
そして実行して、実現してしまうとも思わなかった。
その日から3ヶ月、シンヤは本当に女性たちときっちり別れてしまったのだ。
「あんなに真剣に、好きな人ができたと言われちゃあね」
「土下座までされちゃ許さざるを得ないわ」
「まぁこちらも楽しんだしね」
「でも好きな人って、いったいどんな人だろうね」
しばらくの間、給湯室はそんな話題でもちきりだったようだ。
約束の半年が近づいてきたある日のこと。私は仕事が山積みで、外出しなくても済むように自分の机でお弁当を食べていた。
ほとんどの社員は昼食に出払っていて、私の他には1人だけ持参のお弁当を食べている女子社員がいるだけだ。
お弁当を食べながら、スマホで飼っている猫たちの動画を眺めていると、
「あれ?課長珍しい。弁当持参ですか?」
外回りから戻ってきたシンヤに声をかけられた。
私たちはあんな約束をした後も以前と変わらず、営業トップの男性社員とクールな女課長という関係だった。実際まだ何の関係もないのだから当たり前だけど。
「それ課長の飼ってる猫ですか?めっちゃ可愛い!」
スマホの中の猫たちを褒められて、猫飼いあるあるだと思うが、
「そうでしょ?可愛いのよー」
と、ややテンション高く反応してしまった。
よほど珍しかったのか、お弁当を食べていた女性社員がこちらを振り向くほどだった。
シンヤが昼食を食べに立ち去った後、机の上に「来週の金曜日19時にレストランを予約しました」とレストランの場所が書かれた紙が置かれていた。これはなかなか社内恋愛っぽいと思った。
この先こんなことをしていたら、絶対に周囲にバレる。まさか本当にあんな無茶な約束をやり遂げてしまうとは。
そしてそれを内心喜んでいる自分にも気づいていた。
そう。いつの間にか私はシンヤのことを好きになっていたのだ。
シンヤが予約した、かなりお高めのレストランの席に着くなり私は言った。
「最初に言っておくわ。半年間あなたのことを見てきて、私はあなたのことが好きになりました」
シンヤは一瞬驚いた顔をした後に満面の笑顔になり、
「ホントに?じゃあ僕たち両想いってことでいいんですか?」
と喜んだ。
「あなたが本気で私のことを好きだと言うならそういうことになるわね」
私は自分のこういう可愛げのないところが好きではないが、シンヤの意見は違うようだ。
「課長のそういうハッキリしたところが、僕は大好きです。女の子って思わせぶりだったり、こちらを試すようなことを言ったりするからよくわからなくて。課長はそういうところが全然ないから、信じられるし安心できます」
まさか恋愛の駆け引きができないところを好きになってくれるとは思わなかった。
「今日から恋人同士と思っていいんですよね?」
と嬉しそうに言ってくる。
「それなんだけど。周りに隠して付き合っていたら、いつか必ずバレると思う。私はそういう経験がないし、あんまり器用じゃないから」
私がそう言うと、シンヤはまたしても驚きの反応をした。
「じゃあ、結婚しちゃいましょう」
「はぁ?!」
なぜ一足飛びに結婚なのか。
「きちんと会社に報告して、周りにも報告すれば大丈夫ですよ。まぁどちらかが部署の異動ということにはなるだろうけど、その時は僕が異動しますから」
確かに社内恋愛をしていてバレて噂になるよりも、結婚を公表した方がいいのかもしれない。
それにしたって、まだ付き合い始めたばかりなのに結婚を決めてしまって良いのだろうか?
思い悩む私を見てシンヤが言った。
「僕は絶対課長を裏切りません。幸せにすると約束はできないけれど努力はします。僕と結婚してください」
私はただうなずくしかなかった。
上司の部長に報告をしてかなり驚かれた後、課のみんなに声をかけ、シンヤを自分の隣に呼んだ。
社員たちは何だろう?という雰囲気で、こそこそと「ついに飛ばされるのか?」「昇進かもしれない」という声が聞こえてきた。
「皆さんにお知らせします。このたび私、藤井レイコと松本シンヤは結婚することになりました」
一瞬の沈黙の後の大きなどよめきは、しばらくの間収まらなかった。
「結婚式は3ヶ月後に予定しています。課の皆には都合がつけば出席してほしいです。ご祝儀は課一同で低予算でまとめてくれちゃっていいので。結婚後僕は飲料事業部の営業に異動になると思いますが、部屋も近いし今まで通りよろしくお願いします!」
シンヤが具体的な話をすると、ようやくみんな現実に引き戻されたようで、口々に「おめでとうございます。すごくビックリしました」「おめでとうございます!松本くんが落ち着いてくれるのは嬉しいです」などとお祝いと感想を伝えてくれた。
思っていたよりも大きな騒ぎになることもなく、ほとんどの女性社員がお祝いを言ってくれた。
それはシンヤがこの半年、私との約束に誠実に対応してくれたという証明だ。
数日後、豪華な花のアレンジメントをプレゼントしてくれた女性社員がいた。
先日私がお弁当を食べていた時にいた、もう1人のお弁当女子、山田カノンさんだ。
「課長。おめでとうございます。私フラワーアレンジメントの教室に通っているので、お祝いに作らせていただきました」
そう言って手渡されたのは、色違いの百合をメインに作られた彩り豊かで美しい花カゴだった。
「机の上に置くには大きすぎましたね。すみません」
山田さんがそう言うくらい豪華なものだ。
「いいのよ。ありがとう。すごく嬉しいわ。家に持って帰って飾らせていただくわね」
私だって花をもらえば嬉しいのだ。その日私は大きな花カゴを抱えて帰宅した。私が抱えた花カゴを見るなり母が言った。
「ちょっとレイコ!それ家に持ち込まないで!」
「何よお母さん。うちの課の女の子がお祝いに作ってくれたのよ?」
まるで爆弾を持ち込んだかのような反応をされて私は戸惑ったが、その後の母の言葉に衝撃を受けた。
「百合の花は猫にとって猛毒よ。それに百合だけじゃないわ。水仙も桔梗も、猫には有害なのよ。よくもまぁそんな花ばかり集めたものね」
母にそう言われてゾッとした。
これは偶然なのだろうか?家に猫がいるのを知っていて、わざと猫に有害な花を使ってフラワーアレンジメントを作り、私にプレゼントをしたなどということがあるだろうか?
私が猫を飼っているということを知っているのは、あの時動画を見たシンヤだけだと思っていたが、あの時部屋にはもう1人いた。花カゴをくれた山田さんが。
山田さんもシンヤと関係があった女性社員の1人であることはわかっている。
花に罪はないが、厳重にビニール袋で梱包して廃棄することにした。
シンヤによると、最後まで説得にてこずってたのが山田さんだったということだ。
もしかしたら本当に偶然かもしれないし、その後特に事件があったわけでもないので、一応注意しながら私たちは結婚準備を進め、結婚披露宴当日を迎えた。
滞りなく宴が進み、シンヤの親友だという高田君のスピーチが始まった。
「僕は小学校の頃から新郎のシンヤとは大親友で。彼は子供の頃からやたらと女の子にモテる奴でした。でもすげえいい奴だしぃ、優しくて女の子からの誘いを断れないってー。知ってるけろ」
どうやら高田くんは少し飲み過ぎているようだ。ろれつが上手く回っていない。
しかし彼はこの後とんでもないことを言い出した。
「実はぁ新郎は3人の女性と浮気してま~す!そのうちの一人は…僕の奥さんれす」
「えっ?!」
私もシンヤも驚いて声が出た。
しかし1番大きな声で叫んだのは、当の高田君の奥さん、うちの課のサキさんだ。
「ちょっと!あなた何言ってるの?!」
「誤魔化そうとしたってダメだ。お前は昔からシンヤのことが好きだったじゃないか!2人で会っている証拠だってあるんだ!俺はこんな結婚反対だあー!!」
泥酔した高田くんは2人で会っている証拠だというスマホの写真を妻のサキさんに突きつけ泣き出してしまった。
確かにそこにはシンヤとサキさんの2人がテーブルを挟んで楽しそうに会話している姿が写っていた。
「シンヤ!あなたって子は!!」突然立ち上がり、シンヤに向かって怒鳴りつけるシンヤのお母さん。
「ようやく落ち着いたと思ったら、こんな席で親に恥をかかせるつもりか!!」と、これまた立ち上がって怒鳴るお父さん。
「レイコ!大丈夫なのあなた…。大丈夫なの?」
負けじと立ち上がって私に向かって叫ぶ私の母。
「皆さん落ち着いて!これでは余計に目立ってしまいますよ!」
そういう私の父も立ち上がって目立ってしまっている。
その時、サキさんが高田君に歩み寄りマイクを奪い話し始めた。
「皆さまご静粛に!ただいま夫からご紹介にあずかりました妻の高田サキです。大きな誤解があるようです。証拠だというこのツーショット写真は、課長へのサプライズの相談があると他の女性社員に呼び出されて出かけた時のものです。呼び出した彼女は急用で現れず、新郎と2人だけで会っているように見えますが…」
すると高田くんが話に割り込む。
「嘘をつけ!シンヤが大阪から戻ったことを知って喜んでいたじゃないか!!」
妻に裏切られたと思い込んでいる高田君が泣きながら訴える。
「それはシンヤ君があなたの大親友だからよ!あなたが喜んでいるから私も嬉しかったの!確かに中学生の時シンヤ君のことが好きだったけど、そんな昔のこと、女はいつまでも引きずっていないわ!!」
一瞬会場が静まり帰った後、高田君が言った。
「本当に…?でもシンヤは他にも浮気してる相手がいるって…彼女が」
高田くんが指さした先には山田カノンが座っていた。
会場中の視線を一身に浴びながら山田カノンは言った。
「もう1人の浮気相手は私です。いいえ浮気じゃないわ。だって私妊娠しているんですもの」
まさかの爆弾発言に、またしても会場が騒然となった。
披露宴当日に何かあるかもとシンヤと話していたので、私はさほど動揺はしていなかった。
「あり得ませんね。確かに夫のシンヤが複数の女性とお付き合いしていたことは確かです。けれどすべての関係を清算し、相手に納得してもらい、半年間誰からの誘いも受け付けないこと。これを条件にして私は夫と付き合い始めました。私は夫を信じています。それに、もしもあなたが妊娠していると言うなら、すでにお腹が大きくなっているはずです。あなたが夫と関係を持ったのは彼が転属してきてまもなくの1度きりだったと聞いていますから」
体にフィットしたドレスを着た山田さんのお腹のあたりを皆んなが注視した。
「それで?あなたと、濡れ衣を着せられたサキさんと、もう1人はどなた?」
冷た過ぎるくらいクールに私は言った。
「そ…それは…」
口ごもる山田さんを見て、ほとんどの人は彼女が嘘をついていると確信しただろう。
「山田さん、あなた私たちが結婚を発表した後、真っ先にフラワーアレンジメントを作って私にプレゼントしてくれたわね。でもごめんなさい。あの猫には猛毒の花だけで作ったプレゼントは、家には飾れなかったわ」
私がそう言うと山田さんは真っ青になった。
私の発言の意味を理解した来客たちの間で、またしても会場が少しざわめく。
山田さんはこれで多くの猫好きの人たちの敵になっただろう。
「皆様お騒がせして申し訳ありません。夫は二度と他の女性とお付き合いはしないと私に誓ってくれました。私はそれを信じます。この先もしも彼が1度でも浮気をしたら即離婚するつもりです。この場にいる皆さんに証人になっていただきたいと思います」
「本当に僕のせいで披露宴がめちゃくちゃになってしまい申し訳ありません。しかしこんなことは今日が最後です。僕は妻を絶対に裏切りません!重ねて申し上げますが皆様が証人です。今後ともよろしくお願いいたします」
そう言って、2人で深く頭を下げると、最初はまばらに、そして次第に大きな拍手で会場が包まれた。
高田君が、シンヤと奥さんのサキさんに何度も謝罪していた。
今後高田君がサキさんに頭が上がらなくなるのは間違いないだろう。
シンヤの両親も私の両親も、周囲の来客に向かって何度も頭を下げていた。
いたたまれなくなったのか、山田さんは小走りに会場から逃げるように出て行き、そのまま会社に出てこなくなってしまった。
後日郵送で辞表が提出された。
そんな結婚披露宴から3ヶ月。
私たち夫婦の新婚生活はようやく落ち着いた感じだ。
「今まで出た披露宴の中で1番面白かったと言われてるらしいよ」
と、シンヤが苦笑しながら言う。確かに他人事ならとても面白かっただろう。
その後山田さんから1枚の葉書が届いた。
可愛らしい猫の写真の葉書だった。
「その節はとんでもないことをしてしまい大変申し訳ございませんでした。私は今、猫と暮らしています。猫を傷つけるようなことをしてしまった罪滅ぼしのために猫の保護活動もしています。どうかお二人ともお幸せに」
と書かれていて、私は少しだけホッとした。
彼女のしたことは許せないけれど、彼女とこの写真の可愛い猫が幸福に暮らしてくれればいいと思う。
それよりも最近私が悩んでいるのは、シンヤが子供を欲しがることだ。
「僕、絶対立派なイクメンになるからさ」
そう言って触れられると、ついそれも良いかもしれないと思ってしまう。
私専属になった超モテ男に毎晩のように口説かれて、いつまで抵抗できるかわからない。