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怖い話【 死神 】

※ 初めてのお読みの方は【はじめに】をお読みください。

あるところに小学生のコウタ君がいた。

コウタ君は母親と二人暮らし。

お父さんはお医者さんだったが、コウタ君が産まれてすぐに交通事故で亡くなってしまった。

コウタ君が幼いころはお父さんの遺産もあって裕福な暮らしをしていたが、その遺産も底をついた。

なぜなら、お母さんは毎日お酒を飲んで酔っ払っている。

そんな家庭環境だったせいか、お医者さんだったお父さんと違って、僕は全く勉強ができない子供に育っていた。

だから家では、お母さんに「バカ」とか「死ね」とか「なんだってお前は…」とか言われて過ごしている。

ある冬の夜、酔っ払ったお母さんから「お前、出ていけー!」と言われ、僕は外に放り出された。

トボトボと歩いて橋の真ん中まで来た。

「このまま死のうかな。」

そう言って橋から身を乗り出し、川をのぞき込んでみた。

暗がりの中でも川の流れが早いことが分かる。川岸には先日降った雪がまだ残っている。

「寒そうだから、止めよ。」

そう言って橋から降りると、後ろから声をかけられた。

「ケケケ、死ぬのかい?」

後ろを振り返ると、奇妙な男がいた。

黒い布をまとった無精ひげのおじさん。背丈は小学生の僕と同じくらい。しかし、一番目についたのは手に持っている大きな鎌だ。

「だれ?」

と聞くと、その男は「死神。」と答えた。

「殺しに来たの?」と聞くと話は違っていた。

なんでも、医者だった僕のお父さんにとてもお世話になったそうだ。交通事故で亡くなったことは死神でも止めることができず、悔やんでいた。

そこに僕が死のうとしているのを見かけて、声をかけてきた。

「生きていればつらいことも、苦しいこともある。お父さんには世話になったから、お前に特別な力をやろう。」

そう言って、死神は茶色い数珠を手渡してきた。

「床にふせている病人の所に行きなさい。この数珠を持つと、死神が見える。病人の足元に見えたらまだ治る可能性がある。その時は『お帰りください。チョチョンのチョン』と言ってこうやって手を2回たたきなさい。パンパン。すると死神は消える。病人はすぐにも良くなるだろう。しかし、病人の枕元に死神がいた場合は、3日以内に死ぬ。その時は絶対に手を出しちゃいけないよ。あきらめるんだ。」

「分かったけど、魂をとられたり、寿命が短くなったりしない?」と聞くと、

「魂は取らないし、お前の寿命はまだまだ長い。安心しな。」

そして最後に「枕元の死神には絶対手を出しちゃいけないよ。」と念を押して、消えてしまった。

僕は家に帰ると、お母さんが寝ていることを確認して、布団に入った。

次の日、小学校からの帰り道、ひとりで散歩をしているおばあさんに会った。

いつもはおじいさんと一緒に散歩をしていて、よく「お帰り。」と挨拶をしてくれた。

おじいさんがいないのが気になって「おじいさんどうしたの?」と聞いてみると、「実は病気がひどくなって、もう会えないかもしれないね。」と言う。

僕は昨日の死神の言葉を思い出し、おじいさんに会わせてほしいというと、家に案内してくれた。

狭い部屋におじいさんは布団で横になり寝ているようだった。しかし、ゼーゼーと息が荒かった。

ポケットの中の数珠をつかむと、おじいさんの足元にぼんやりと黒い影が立っているのが見えた。

(死神だ。)

心の中でそう思った。

足元の死神だから、まだ助かる。

昨日死神から教わったように「お帰り下さい、チョチョンのチョン。」そう言って手を2回パンパンとたたく。

すると、さっきまで見えていた死神がフッと消えていなくなった。

おじいさんの口からのゼーゼー声もなくなったかと思うと、むくっと起き上がり、「あ~、よく寝たわい。」と言った。

おばあさんはビックリして、「大丈夫かい、辛くはないかい?」とおじいさんに聞くと、「大丈夫、大丈夫、わしゃ元気じゃ。」と言った。

そして、おばあさんからは何度も何度もお礼を言われた。

それからというもの、この噂は広まりたびたび声をかけられ、病人のところに行った。

僕が呪文を唱えて2回手をたたくと、たちどころに病人が治る。

しかし死神が枕元にいた場合は「もうムリです。3日以内に亡くなります。」と言って断った。

そうすると、本当に3日以内に病人は亡くなる。

その見立ても、さらに信頼を得ることになり、次から次へと依頼が舞い込むことになる。

ある日、小学校の帰り道に大きなリムジンが道路に止まっていた。横には黒のスーツを着たやせた紳士が立っていた。

僕が横を過ぎようとすると、その紳士は深々と頭を下げた。

「コウタさんでいらっしゃいますか?」

「はい。」と答えると、紳士は「実は噂をお聞きしまして、ある方の病気を治していただけないかと思いまして。」

そう言うとリムジンの扉をガチャと開けた。

「ぜひ、来ていただければ助かります。」

あまりの丁寧さに、信頼できると思った僕は車に乗ることにした。

30分くらい車で走ると、大豪邸に入っていく。家の敷地に入ってもまだ車で走るくらいの豪邸だった。

紳士の言われるがまま、その屋敷に入っていく。

大きなベッドに知らないおじさんが寝ていた。周りにはいろいろな機械があり、チューブや電線がそのおじさんにつながっていた。

紳士は「わたくしはこの方のお世話をしている者です。この方は大物の政治家でして、病気は医者も投げ出すほど。今死なれると、この日本にとっても大変なことになってしまいます。なにとぞコウタさんのお力で治すことはできないでしょうか。」

そう言われて、僕はポケットの数珠をつかんだ。

すると、ベッドの端に死神がボヤっと見える。

(足元だ。)

僕は「たぶん大丈夫ですよ。」

そう言うと、「お帰り下さい。チョチョンのチョン。」手を2回たたく。パンパン。

寝ていた大物政治家はムクッと起き上がる。

「腹減った。おい、何か持って来い。」と元気な声で紳士に言う。

紳士は泣きながら喜んで、「先生、先生、実は…。」とこれまでの経緯を政治家に教えた。

するとその政治家も大いに喜んで、「これはこれは、こんな小さな子供が命の恩人とは。おい、あれを渡しなさい。」

紳士は別の部屋に行って戻ってくると小さなかばんを持っていた。

中を開くと、10以上はあると思われる1万円札の束が入っている。

「ぜひ、お持ち帰り下さい。」と紳士に言われたが、こんなものを持って帰ってお母さんになんと説明しようと思って、

「すいません。受け取れません。」と断った。

その態度に政治家はさらに感動して、「よし分かった。この先お金が必要なこともあるだろう。高校の学費、大学の学費、全部ワシが持ってやる。」

政治家は自分の名刺を取り出すと、裏に【学費を持つ】と書いて渡してくれた。

数日たったある日、学校の先生が「サチコちゃんのお見舞いに行くように。」とクラスのみんなに言った。

サチコちゃんはここひと月ほど学校に来ていなかった。

噂では何かの病気みたいだった。

僕を含めた友達5人でさっそくサチコちゃんの家に行ってみた。

インターホンを押すと、中からお母さんが出てきた。目を真っ赤にして泣いていたようだった。

「どうぞ、どうぞ。」と中に通される。

和室に布団が敷かれて、そこにサチコちゃんが寝ていた。顔は見てすぐに分かるくらい青かった。

「サチコは心臓が悪くてね。サチコ、みんなが来てくれたよ。」と声をかけて、泣きながらすぐに部屋を出て行ってしまった。

僕はポケットの数珠をつかむと、ボヤっと死神がいるのが分かった。

残念なことに枕元だった。

しかし、その黒い影がうつらうつらと下の方を向いたり、ハッと首を上げたりしているような動きが目についた。

僕はあることを思いつき、「友達におまじないをしよう。」と誘った。

僕が合図を送ったら、せーので布団を持ち上げて、クルッと回す。そこで僕がおまじないをかけるというものだった。

うつらうつらしている死神の影を見ながら、一番下を向いた時を見計らって、「今だ!」と声をかけた。

4人の友達は布団の端をそれぞれが持って、せーので布団を回す。サチコちゃんの枕元だったところが足元になる。

死神はハッと首をあげた。

「お帰り下さい。チョチョンのチョン。」手を2回たたく。するとフッと死神は消えてしまった。

すぐにサチコちゃんは起き上がり、「あれ、なんでみんないるの?」と言った。

その後、お母さんはサチコちゃんを抱きしめて、本当に喜んだ。

それからみんなと別れて、家に向かった。

すると突然陽の光が消えて、暗がりに一瞬にしてなった。

「おい。」と声をかけられたので、後ろを振り返るとあの死神がいた。

「枕元の死神には手を出しちゃいけないって、言ったよな。」

「うん、でも…。」

「まぁ、やっちゃたもんは仕方がない。ついてきな。」

死神に言われて、あとをついて行くと岩の洞窟の中だった。

洞窟の壁には一面に無数のロウソクが立っている。長いロウソクもあれば短いのもある。

「これはみんなの寿命だ。」と死神は言った。

「このロウソクが燃え尽きたら、そいつは死ぬ。」

僕はあるロウソクが気になった。

「この小さな火で燃えているのはだれの?」

「それはサチコちゃんのロウソクだ。」

「それじゃ、こっちの大きく燃えているのはだれの?」

「それはお前のかあちゃんのロウソクだ。お酒が入るとよく燃えるんだ。」

僕はその隣で、もうロウソクの形が無くなって、今にも消えそうなロウソクを指さした。

「これはだれの?」

「そりゃ、おまえのロウソクだ。」

僕はそれを聞いてびっくりした。

「だって、僕の寿命はもっと長いって言ったじゃないか。」

「そうさ。しかし、おまえはサチコちゃんの寿命と入れ替えちまった。だから枕元の死神には手を出すなと言ったんだ。お前の寿命はあと3日だ。」

僕はなんてことをしてしまったんだと思い、死神に泣きついた。

「なんとかならないの? お父さんにお世話になったんでしょ。」

すると死神はしょうがないという顔を浮かべながら、火のついていない中くらいのロウソクを出してきた。

「お前のロウソクの火をこのロウソクに移すことができたら、こっちのロウソクがお前の寿命になる。ただし、両手でひとつひとつロウソクをもって移すんだ。」

僕は中くらいのロウソクを受け取ると、岩にへばりついている僕のロウソクを手に取った。

僕のロウソクは持ちにくく、手が震える。

そして、ロウソクの芯とロウソクの火を近づける。

「消えると、死ぬぞ。」死神は言った。

手が震えて、なかなか火と芯が当たらない。

「息をすると、火が消えるぞ。」そう言われて、僕は息を止めた。

「ほらどうした。火が消えちまうぞ。」

「消えると、死ぬぞ。」

僕は震える手をなんとか止めて、芯に火を当て続けた。

そしてとうとうロウソクに火が点いた。

「やった!やった!」

「ケケケ。よくやったな。そっちがお前の寿命だ。しかし、この洞窟には置いておけねぇ。家に持って帰って絶対消えないように置いておくことだな。」

死神がそう言うと、太陽の光がさして、いつもの帰り道になっていた。

僕は火が点いたロウソクを手に持って、いろいろ考えた。

(これからはもっと家のお手伝いをしよう。勉強ももっとしよう。そうだお父さんと同じお医者さんになろう。だって、政治家の人から学費は全部出してもらえるんだから。)

僕は家に入り、お母さんにこう言った。

「ねぇ、僕これからいっぱいいっぱい勉強するよ。」

お酒で酔っ払っているお母さんは、

「あんた、本当にバカだね。なんだってこんな昼間からロウソクに火をつけてんだい。ヤダヤダこの子ったら!」

お母さんはそう言うと、フッー!とロウソクの火を消した。

そして、コウタ君はお母さんの目の前で死んでしまった。

おしまい

【 元ネタ:古典落語「死神」より 】

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