終戦の年1945年

私が生まれたのは1945年、つまり、昭和20年12月でした。
当然、戦争の記憶はありません。生まれた場所は母の実家で四国の田舎町でした。当時は病院での出産は少なく、産婆さんが取り上げてくれました。
私の同級生たちには8月15日に生まれた人もいましたし、それ以前に生まれた人もいましたから彼らは戦中派ということになります。
後年、聞いた話によると、小学生の時に他府県から大阪市内の小学校へ転校して来た同級生たちが意外に多かったことに驚いた記憶もあります。これは親の実家がある疎開先で生まれて、しばらく情勢が落ち着くまでその地で育てられた子供達だったのです。また、旧満州や朝鮮半島で生まれた人も結構いました。終戦時の悲惨な逃避行や混乱に巻き込まれて亡くなった人もかなりいたことが思われます。ですから、多くの残留孤児の人達のことはとても他人事とは思えない最後の世代なのです。今からは想像できないほど貧乏で何もなかったけれどニッポン国内で生まれ育っただけでもシアワセだったのでしょう。

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