トワ
新幹線に乗る、となると未だにちょっと心がウキウキするのは私だけだろうか。
すっかりきれいになった新横浜駅の新幹線改札を抜けて、売店をのぞく。周りに多いのはスーツにキャリーケースのビジネスマン。お仕事大変だなぁと思ってよく見ると、ビールをお弁当と一緒に持っていたりしてあなどれない。
はしゃぎまくって駆け回る子供たちを遠くに見ながら、ホームへのエスカレーターを上がった。その先も列車を待つ人たちであふれ返っている。
なんとかベンチにひとつ空きを見つけて腰を下ろすと、通り過ぎていく人々に目がいった。
親子連れとサラリーマンの中に、浮かび上がるオレンジ色。何かと目を凝らすと人の頭だった。アニーのオレンジ版だな。アフロのようなパーマ頭の持ち主は、緑と青のあいだの色のチュニックに、足首が見える丈のだぼっとしたパンツをはいて、その下はビーチサンダルだった。
いかにも旅人っぽい感じだけど、新幹線は似合わないな。タイの空港とかにいそう。
しばらくオレンジアフロをながめていたら、カバンの携帯が鳴った。お姉ちゃんからメールがきていた。
『新幹線乗るときメールして。掛川駅まで迎えに行くから』
乗るこだまの号数と到着時間を返信して、再び顔を上げると、もう派手なその姿は消えていた。
最近は喫煙席のほうが席に余裕があるらしい。実際私が乗った車両も、満席にはほど遠い状態だった。
二人がけだから隣いないといいなぁ。そんなことを思いつつ通路を進むと、
「……!」
私の隣には、さっきのオレンジアフロがいた。
「こんにちは」
にっこりと笑って微笑む唇はきれいな赤。女の子だったのか……てっきり男の人だと思っていた。
「こんにちは」
言われたのでつい挨拶をしてしまったけれど、ずっと話しかけられたら嫌だなぁ……。
荷物を上の棚に乗せて、小さいバッグは膝の上に。さっき買ったシウマイ弁当とペットボトルを座席前に引き出したちっちゃなテーブルに乗せて食べようかと思ったら、また携帯が鳴った。
お姉ちゃんだ。
『了解。お土産はハーバーでいいよ☆』
知らないし買ってないよ……もう!
「あ、チェブラーシカ!」
いきなり近くで大声を出されてびっくりした。となりのアフロ女が私の手元を指さしている。あぁ、これ?
「あたしと一緒だ」
彼女がごそごそカバンから出したキーホルダーと、私の携帯についているおさるのキャラクターはそっくり同じだった。
「ほんとだ。しかも大きさまで一緒」
かわいくて気に入っていたので、私もつい嬉しくて声を上げた。なかなか売ってないのにねー。唇と同じ色の自己主張のはげしい爪がちゃらちゃらとたくさん付いたキーホルダーを弄んでいた。
「ひとり?」
だから、そう声をかけられても、つれないそぶりはできなくて。
「うん。実家に帰るところ」
「どこまで?」
「掛川」
「へぇ。あたしは新富士」
「実家?」
「じゃないけど……似たようなもん」
「……ふうん」
こみいった事情なんて、こんな場所で聞きたくない。そんな私の気持ちを察したのか、
「シウマイおいしいよねー。あたしも買ったんだ」
「このおしょうゆ入れがいいんだよね」
にこにこと当たり障りのない会話を続けてくれて、すこしほっとした。
こんなところまで、他人に気を使いたくないんだけど。
ひとと話をすると、つい笑顔を作ってしまう。良くも悪くも私の癖だ。
「『とりあえずビール』ってたのむ男は最低」
シウマイをつまみに缶チューハイを飲みながら、アフロの言葉は続く。
「自信がないやつに限って声でかいの。そういうあたしもでかいんだけどね。ごめんねうるさくて」
「いいよ。……面白いし」
「ついマザコン男にハマっちゃうんだよなぁ。守ってあげたくなっちゃう」
最初はうるさいだけかと思っていたけど、ときどき納得のいくことを言うから思わず突っ込んでしまう。
「キライになると、なんであんなウジウジしたヤツのこと好きだったんだろう、って思っちゃうんだけど」
「わかる……うちの元カレ、大学出ても爪噛むようなひとで」
「そうそう!母性本能くすぐるっていうかねー」
つられて声も大きくなってるし。周りの人たちすみません。
食後の煙草に火をつけた。ライターも。わぁハクション大魔王だ!と食いつかれ、私の持ち物どこまでチェックするんだろう……とは思ったけれど。
悪い気はしない。
*
熱海の近くで、海が見えた。
「冬の海ってさみしそうだよね」
窓際の彼女がつぶやいた。その横顔にハッとした。
今まで元気に大声で話していた彼女が、神妙な顔をして窓の外を見ている。目元の皺が気になった。
「ねぇ……名前、教えて?」
まさか私のほうから聞くとは思わなかった。向こうも振り向いて目を丸くしたから同じ気持ちだったのだろう。
「トワ。永遠って書いて、トワ」
「かっこいいね。私は、月子。お月さまに子どもの子」
「女っぽくていいね。月子は、いくつ?」
「先月三十になった」
「じゃあ、お姉さんだ。あたしは来年の三月で二十八になる。
うそでしょう、とは言えなかった。さっきの憂いのある表情は、二十代が浮かべていいものじゃない。
「月子は、OLさん?」
「だったけど……先週、やめて」
「なんで?」
「結婚が決まってたから」
この二週間、何度も繰り返された質問と答え。
そのあとも。すでに展開は決まっている。
「おめでとう」
「破棄されちゃったけどね」
きわめて明るく。聞いた人に気を使わせないように。
でも事実だから。聞いてほしいの。
「……なんで? 聞いてもいい?」
「向こうに奥さんがいた。籍抜いてなくて……結納の後にわかった」
「そんなこと、あるんだね」
トワは、それだけを言った。軽くも重くもなく、不思議なことばだった。
何も感情の入っていない。
「ま、いまさら出戻るほどの仕事じゃないし、しばらくのんびりしよーって思ってさ」
「掛川の実家で?」
「そう。名古屋に友達もいるしね。クリスマスまでには次見つけたいんだけどねー」
だから私も、気兼ねなく笑えた。自分のことを笑わないとやっていけない。ちょっとでも、この笑顔が崩れたら、
ひとの前にいられる状況じゃない。
「じゃあさ」
トワの言葉は軽い。さっきまで散々語っていた男の好みとグチの話くらいの重さで。さらりと言われた。
「のんびりついでにあたしと旅しない?」
「……え?」
「あたし、新富士はダンナの家なんだ。つっても妾なんで正式にはお金出してくれるじいさんなんだけど。でもどうも気乗りしなくて。軍資金はあるからこのまま新幹線乗って、遠くまで行っちゃおうよ」
「って、トワ……」
「名前、呼んでくれた」
ふわりと微笑みかけられた。
ギラギラ派手な格好をしているくせに、柔和な笑みだったから、私は顔が熱くなるのを感じた。
トワだったら。
楽しいかもしれない。
賭けてみてもいいかもしれない。
出会って一時間足らずの人間にそんなことを思うのはおかしいかもしれないけれど。
「うん。いいよ」
それに。トワも同じ気持ちでいるよね?
今までさんざん好きなものがかぶってきた私たちだもの。
「ほんと?ていうか月子はそう言うと思ってた」
ほら。
「トワ、他人とは思えないもん」
「あたしもー」
ふたり、顔を見合わせて笑った。
きゅうに窓の外の景色が華やかに見えてきた。
私たちの行く先には、何があるんだろう。
ワクワクするなんて久しぶりだな。
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専門学校の課題で書いたもの。2009年くらいですね。
新幹線の喫煙席、なつかしい!と声が出ました。
(私は非喫煙者なのですが、よく乗っていたので)
そういうので、ひとむかし前の感じが出ますね。意図せず。
だから、過去の作品は面白い。
そしてこれから始まるところで終わっていてすみません笑。
東海道新幹線の各駅停車が好きなので(つまりこだま)なんかこだわりが出ている。