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「がらん」

「ただいまぁ」
私は家に帰ってきて二回ただいまを言う。最初は玄関で、これはたいてい母親の「お帰り」が奥の部屋から返ってくる。
「……ただいま」
そして二回め、返事は、ない。長年あったのだけれど、ここ三か月は、私はしいんと静まり返った自分の部屋に入る。三か月前までは私と妹の部屋だった。
妹は短大を卒業すると同時にじゃあ私ひとり暮らしするねとあっさり二十年間住んだこの部屋を出て行った。最初は旅行バッグひとつで。ふらりと帰ってきては洋服や雑貨をそのバッグに入れ、持ちきれない収納用品なんかを段ボールに詰めてアパートへ送っていく。妹がいなくなったあとはいつも部屋の物が着実に減っている。だいぶがらんとしてしまった。
残っているのは子供の頃から使っている学習机と、布団一式と、クローゼットの冬物。寒くなってきたから次はこれを持って行くに違いない。もこもこのスリッパはどうするのかな。
「どうもお久し振りっす」
とか考えてたら妹が帰ってきた。手にはどこかのデパ地下で有名なケーキ屋の箱とキャベツが入ったレジ袋。なんなんだその組み合わせ。
「ここのケーキ美味しいんだよー、だから色々買ってきちゃった」
神経質なまでに白い色をしたちいさな箱の中には色鮮やかなケーキが四つ、所狭しと押し込まれていた。確かに美味しそうだけど何がなんだか。あんまりごてごてしてないのがいいな。
「何食べる?」
聞かれたので、買ってきた人から決めなさいよと促した。こういう時迷い続ける妹の前で率先して即決するのが姉の私の役割だけどたまには譲ってもいい。買うときにそれなりに選んできてるんだもの、候補が絞られていることを願おう。
「じゃあ、これとこれ、半分ずつ食べよう」
お父さんはこれ、お母さんにはこれ、と指差したあと妹はためらわずにそう言った。

過去、優柔不断な妹が永遠に迷い続けそうな予感を漂わせている時、たまりかねて私が「じゃあ半分こしよう」と提案することがよくあった。私もどっちも捨てがたい選択だった時が多い。
「半分?」
「そう。だってどっちも食べたいんだもん」
ナイフ持ってくるねと立ち上がった妹の背中を見つめながら、過去にしてきたことを彼女は覚えているのだろうかと思った。
「ひとり暮らしだとさ、いっぱい買うことができないから」
三角形のケーキをどう切るか二人で悩みながらナイフを入れた。苺いる?いらない。じゃあお姉にこのチョコ板の方あげるね。そっちも別にいらないんだけど。まぁいいじゃん。
「懐かしくていいじゃん」
「何が?」
「こういうの」
「こんなん前にもしたっけ」
私の言葉に、妹は本気で首をかしげた。半分ずつにケーキをわけるということをどうやら無意識に思い付いたらしい。それに私はおかしくなって笑った。覚えてないんならそれでいいよ。わざわざ教えてあげない。

じゃあまたね、と玄関で見送るとき、もこもこスリッパはどうするのと聞いた。
「次帰ってきたときはくから取っておいて」
お姉はかないでよ!と捨て台詞を残して。いくらなんでもスリッパは半分こしたくないなぁ。
がらんとした部屋の生活はもうしばらく続きそうだ。

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発掘した小説シリーズその2。2006~2007年くらいの作品です。
私にも妹がいて、よく半分こにして食べていたことを、実家を出て思い出したので、そんな話。(この話で実家を出ているのは妹のほうですが)
冒頭の部分、最初は母親からの返事がかえってくるのに、今はない、みたいな言い回しだったので、え、お母さん死んだ?と誤読したので、手を加えました。よかったお母さんもお父さんも生きてて。4個ケーキ買ってきたから、きょうだいふたりで2個ずつ食べるんだと思ったよ笑。←いまうちの夫婦がこれなので…食いすぎやな。

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