私はあなただったかもしれない CDレヴュー コールドプレイ EVERYDAY LIFE
コールドプレイは現在のイギリスを代表するバンドです。2000年にデビューして、今でも第一線で活躍しています。浮き沈みが激しいポップミュージックの世界で20年以上続けて活動しているだけでも素晴らしいですが、一貫して多くのリスナーを惹きつけるアルバムを作り続けていることに、圧倒されます。
彼らは変化を恐れないバンドです。これはビートルズやデビット・ボウイ、レディオヘッドといった優れたミュージシャンやバンドと同じです。彼らの本領は初期の「イエロー」のような叙情的で心に沁みる曲だと思うのですが、それを拡大再生産することなく次々の新しい音の世界を作り出しています。
その試みが結実したのはブライアン・イーノをプロデューサーに迎えた4枚目の『美しき生命』でしょう。シングルカットされた同名の曲は世界中のチャートで1位になりました。それまでの彼らのイメージを覆す勇壮で力強い曲で、私も大好きです。
この『エブリデイ・ライフ』は2019年に発表された彼らの最新作です。このアルバムでコールドプレイはまた新たな領域に挑戦しています。前作までに見られたポップ色は影を潜めて実験的な内容です。この変化は新鮮な驚きでした。
世界各地の民族音楽の要素を取り入れつつ、ジャズやゴスペルも盛り込んで広がりのある音の世界が作り上げられています。一方で彼らの初期の音楽を思い起こさせる5曲目のDaddyのような曲もあります。
コールドプレイはこれまで社会的なテーマを取り上げることはありませんでした。それがここではがらりと変わって、現代の社会状況を批判する歌詞になっています。戦争やテロに苦しめられている人々の心に寄り添うような歌詞が素晴らしくて、心に響きます。それが一番良く分かるのは10曲目のOrphansです。シリアのダマスカスで命を落とした少女と父親のことが歌詞の中で描かれています。ポップなメロディーを持っていますが、歌詞で描かれていることは重くて悲しいです。
よく音楽では社会を変えられないと言われます。それは事実と言えるのですが、私はそう考えたくありません。政治などにくらべて、はるかに現実を変える力を持っているのではと思います。コールドプレイの音楽を聞いて癒され励まされて、つらい現実に直面している人たちに心を向けられるようになります。それだけ十分です。聞き手の一人一人の心に直接働きかけるから音楽は素晴らしいのです。彼らの音楽を聞いて、何か行動を起こそうとする人もいるかもしれません。
Orphansのようにシリアスな曲ばかりではなく、Cry Cry Cryのように楽しめる曲もあります。これはコールドプレイの曲というより、スタンダードのようで、ボーカリストのクリス・マーティンの歌のうまさが際立ちます。これまでのアルバムのような念入りにスタジオで作りこまれたような曲ではなく、ライブ感覚を生かして一発撮りした雰囲気です。これは他の曲にも共通しており、世界各地の人々の生活を描き出すというこのアルバムの主題に一致しています。
コールドプレイのような成功したバンドがこのような大胆な試みをするとは思いませんでした。これを繰り返し聞きながら彼らのファンで良かったとしみじみ思わずにはいられません。このアルバムの白眉の一つArabesqueは、I could be you, You could be meという歌詞から始まります。このシンプルな歌詞にColdplayの良さが凝縮されています。
「私はあなただったかもしれないし、あなたは私だったかもしれない」とは、どんな人であってもここで描かれているように苦しい生活を送るかもしれない、ということです。しかしこれは否定的な意味合いではなく、私はあなたの立場になって、あなたの苦しみを考えてみることができるというニュアンスがあります。この優しさがコールドプレイの素晴らしさです。
CDのブックレットに載っているメンバーの写真です。