「また明日」#~心に残るあのエピソードをあなたへ~
ままのすけさんから、バトンが渡されました。
チェーンナーさんの企画
心に残るエピソードのバトンリレーです。
エピソードって色々考えちゃいました。
ほっこりしたエピソードがいいのかな?と思いましたが、今回は少し重い話になります。
(注:自殺に関するものになります。)
バトンリレーという事で迷いましたが、もしも嫌な方はこの記事をスルーしていただければ。
バトンは理解していただけると信頼しているお二人に渡します。
「死にたい」
その時は、何度も思った中でも「あ、今回は本当にもうダメだな」と思いました。
原因は一つじゃないんです。
あれもこれも、どれもこれも。
その頃は実家にいたので、包丁や死につながるものは全て隠されていました。
病状が少し良くなって、現実が見えてきた時です。
20年以上前は薬はきつくてフラフラで、とにかく眠らされていました。
どれが現実でどれが空想や妄想なのか、よくわからない時はまだ自分がおかしいのか何なのかよくわからないので、自分的には死にたいと思いながらも絶望の底ではありませんでした。
少しずつ良くなって、きっと周りは安心したり喜んでくれていたのかもしれません。
だけど私は、その時に現実と向き合わなければいけませんでした。
いえ、もうそんな壮大な事が原因ではなかったかもしれません。
布団から出る事すらおっくうで、出られず。
ひたすら布団の中をゴロゴロ。
テレビで笑う声が自分を笑っているように感じたり、怒っている声が自分に向けられたものに聴こえてテレビも怖い。
音が鳴るのがいやで、ただただ時計の針の音が永遠に続きました。
考えるのは、どうしたら死ねるのかという事。
きっとあれは痛い、どうしたら辛くなく死ねるのか。
そればかりグルグルグルグル。
幸いだったのは当時通っていた心療内科が、すぐに見てもらえる小さな診療所だったので、とにかくすぐ診てもらえた事。
強い注射を打たれました。
それでも、気持ちはどうしようもありませんでした。
そんな私に先生が言ってくれた一言が
「また明日ね」
ボーっとした頭で、死ぬ事しか考えていない頭で
「ああそうか、とりあえず私は明日ここに来て、先生に会わなければ」
とにかく後一日生きる日が延びました。
次の日も先生は
「また明日ね」
その次の日も。
私の明日を一日一日のばしてくれたのが「また明日ね」の一言でした。
「死にたい」時は、とにかく何か小さな目標があるといいのかもしれません。
明日あの面白いテレビがある、おいしい何かを食べよう、そんな小さな何か。
もちろんそこからの抜け出し方は人それぞれ。
私の場合はその一言でした。
不快に感じる方がいらしたらすみません。
鶴亀杯で詠んだこちらの短歌。
これは恋愛二首と並んでいたので、恋愛の事を詠んでいるようにみえたかもしれません。
実はこんな重たい話のエピソードからできたものでした。
私がバトンを渡すのは、信頼する夢☆相談室のお二人です。
恵子さん
ドイツ・オーストリアの旅行を楽しんでまれてました😊
旅の土産話も楽しみです!
帰ってきてお疲れだと思いますが、待ち構えていました🤭
よろしくお願いします(o*。_。)oペコッ
くましなさん
本日本番の試験勉強がんばっていました💪
どうか上手くいきますように🙏
くましなさんもお疲れでしょうが、試験明けのnote復帰にお願いします
(o*。_。)oペコッ