桜耳日記
僕は5匹兄妹の末っ子として生まれた。
たぶん、僕が一番下だと思う。
みんな同じ日に生まれたから、順番ははっきりわからないけど。
僕たちが生まれてすぐに、お母さんは僕たちをいつも行くおばあさんの家の庭に運んで行った。
1匹ずつ、優しく首根っこをくわえて。
それから僕たちは、5匹一緒におばあさんの家の一部屋で暮らしたんだ。
お母さんにはそれ以来会っていない。
おばあさんは高齢で、前から住んでいる猫もいたし、これ以上は面倒みきれないって、困ってしまって保護猫団体っていうところに相談したんだ。
ある日、お兄ちゃんとお姉ちゃんとクロちゃんの3匹がケージに入れられて出かけていった。
でも帰ってきたときは2匹になってた。
一緒に行った2匹は少し寂しそうだった。クロちゃんに何があったのか聞いたけど、よくわからないって言ってた。
僕はクロって呼ばれていたお兄ちゃんと一番仲良しだったんだ。
よく追っかけっこしたりして遊んだよ。楽しかったな。
しばらくして、今度は僕と、この間は出かけなかったお姉ちゃんが一緒のケージに入れられてお出かけすることになった。
出かけた先には、僕たち以外にもケージに入れられた猫たちがいて、いろんな人たちが出入りしていた。
僕は初めての外の世界にビックリして、ずっと縮こまって唸り声を上げていたけど、お姉ちゃんは知らない人に抱っこされても平気な顔をしていた。
ある夫婦がお姉ちゃんを抱っこして、「すごく美人さん」って褒めていた。
うん、お姉ちゃんは目元もキリッとした美人だと思う。毛並みもグレーに縞柄でちょっと珍しいしね。
そのうちに僕たちを連れてきたおばあさんと話をしだして、おばあさんは「姉弟だから、2匹一緒に引き取ってほしい」とか言ってた。
しばらくしてから僕とお姉ちゃんは新しいお家っていうところへ連れて来られた。
知らない匂い、知らない人たち。
僕は怖くて、3日間、ご飯も食べずトイレも行かなかった。ただケージの中で縮こまっていた。
夜になるとクロちゃんに会いたくて、大きな声で呼んだよ。
おばあさんの家に帰りたくて、ケージの外に出たくて、周りにあるもの全部引っ掻いてボロボロにしちゃった。
お姉ちゃんは、翌日からご飯を食べたり、ケージの中を移動したりしていたけど、僕には無理だった。
知らない男の人と女の人が僕に触ろうとしたから、思い切り引っ掻いてやった。
2人とも腕から血を流していたけど、僕を叱ったりしなかった。ただ、悲しそうな顔をしてた。
それでもやっぱりお腹は空くし、喉も乾くよね。
我慢できなくなって、ついご飯を食べちゃったんだ。
そしたら、男の人と女の人がすごーく喜んでくれた。
1週間位様子を見て、僕たちに悪いことはしないって思ったから、少しずつケージの外に出るようにしたんだ。
自分がどこにいるのか、ちゃんと把握しなくちゃいけないってお姉ちゃんが言うから、お姉ちゃんの後をついてあちこち探検した。
お姉ちゃんは、「ここには危険なものは無いし、あの人たちも危険じゃないわ」って言うから、餌もちゃんと食べるようにしたんだ。
トイレはちゃんと決まった場所でしたよ。
そんなの教えてもらわなくったってできるからね。
ひと月位して、僕たちは自分の部屋をもらった。
そこならケージじゃなくても自由に過ごしていいんだって。
キャットタワーもあるし、ふかふかのクッションもある。
夜はまだクロちゃんがいないことが寂しくて時々泣いちゃうけど、そんな時はお姉ちゃんが毛づくろいして落ち着かせてくれるんだ。
新しく僕たちを引き取った人たちは夫婦で、僕とお姉ちゃんは「おとーさん」と「おかーさん」って呼んでる。
お姉ちゃんはすぐに、2人に撫でてもらうことができていたけど、僕には無理だった。
新しい部屋の窓は、外がよく見えない擦りガラスって言うやつで、僕たちにはつまらなかったな。
ある日、大きな男の人が部屋に入ってきて、おとーさんとなにか話をしてた。
すると大きな男の人は、すごい音を立てて窓ガラスを外し始めたんだよ。
僕はビックリして部屋の隅に隠れたけど、おかーさんがずっとそばにいて僕を撫でてくれたから少し安心した。
大きな人が帰ると、何故か窓から外が見えるようになっていた。
その日から僕たちは、窓ガラス越しに外の様子を確認できるようになったんだ。
これは毎日の日課になったよ。
それからしばらくして、僕たちの部屋に奇妙な白い機械が入った。
おかーさんたちは、トイレだよって言う。
試しにお姉ちゃんが入ってくれた。
(お姉ちゃんはいつも先に確認してくれるんだ)
何も危なくないってわかったから、僕もそこでトイレをすることにした。
僕たちがトイレをすると、白い機械は自動でお掃除してくれるんだよ。
あとね、ご飯も決まった時間に自動で出てくるようになったんだ。
お陰でおとーさんとおかーさんの帰りが遅くてもご飯を待たなくても良くなったから、僕はこのシステムが気に入ってる。
部屋の温度はいつも快適に設定されてるし、お水も綺麗なんだ。
おかーさんは「猫部屋が一番IoT化が進んでる」って笑ってるけど、「あいおーてぃー」ってなんだろう?
最近の僕のお気に入りは、夜のおやつタイム。
おとーさんたちはご飯のあと、いつもコーヒーを飲むんだけど、その時にソファに座りながら僕たちにおやつをくれる。
普通のおやつと、歯磨きおやつっていうやつ。
歯磨きおやつは、よく噛んで食べなくちゃいけないらしいんだけど、僕はいつも飲み込んじゃうから、おかーさんに叱られる。
でも、おかーさんはおやつのときはいつも僕の頭や顎をマッサージしてくれるんだ。
だからおかーさんがソファに座ると、僕はお姉ちゃんよりも早くおかーさんの膝に乗るんだ。
そしておやつのあとはゆっくりとマッサージしてもらいながらウトウトするのが、僕の極上タイム。
お姉ちゃんは人見知りはしないけど、あまりベタベタするのは好きじゃないみたい。
いつもおとーさんのそばに座って、背中や頭を撫でてもらって気持ちよさそうにしてるけど、膝に乗ったりはしない。
お姉ちゃん曰く、「レディはそんなにベタベタしないものよ」だって。
お姉ちゃんはプライドが高いんだ。誇り高いっていうのかな。
そんなこんなで、新しい家に来てもう半年が過ぎた。
夜中にクロちゃんを想って泣くことはもう無いよ。
今は寂しくはないからね。
ただ、おとーさんとおかーさんがいないと寂しい気持ちになる。
だから空が赤くなる頃には、いつも窓から外を眺めてる。
車が車庫に止まる音。
玄関のドアのかちゃりという音。
おとーさんとおかーさんが帰ってきたって、すぐにわかる。
僕とお姉ちゃんは、おかえりおかえり、って大きな声でお迎えするんだ。
ドアが開いて、優しい声がする。
僕たちが世界で一番好きな声。
「ビリー、シンディ、ただいま」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?