162.あの日
あの日
九州新幹線開通の日と楽しみにしていた。ところがちょうどこのくらいの時間に、我が家では茗荷の味噌汁がじゃぽんじゃぼんと波立った。
犬が私の股の下に避難してきて、何だ?!と思った1分後のことだった。
炊飯器なんかなくたってご飯は炊ける。
母が言っていた言葉が頭をよぎった。
そしてマツダの家を出ることを決心した。
書いてしまえばこの程度で大した話ではないけれど。
私にとって自分の与えられた命をどのように使っていくのか?と考えた瞬間であった。
当時は生きる希望がなく、原発の汚染水の処理をしにいきたいと思っていた。この暮らし、それが嫌だと気づいたのだ。
プールの話をすれば、水の量が多ければ多いほど、大きな洗濯機のようになり、抗えない恐ろしい力で私たちを運ぶ。水を適当にみては絶対にダメだ。
まず人の安全という意味では、壁際に来たらどこかにつかまるか、真ん中に持って行かれてしまった場合は、収まるまで流されていると良い。
決して逆らって戻ろうとしてはいけない。
その後落ち着いて着替えるしかない。
とりあえず羽織れるもの、タオルでも何でも…着れるもの、着てきたものを手に取れなら…。もちろん靴も。必須は靴下。
体温を下げることが一番ダメ。
水着が脱げるならばすぐ脱いで体を温める努力をする。
あの日、また来ても大丈夫なように…。
お客様やスタッフがパニックになっても、私だけでも落ち着いて行動出来る様に、一応の避難経路をみて職場にきた。
やっぱり山側に向かって登るだよなぁ…