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富山のまま - 水 -

旅先の夜は予想だにしない展開があるものだ。

L字カウンターの右側には、ひとり呑み紳士と愛ちゃん、左側にはツーブロック好青年、そしてその人…椅子は8脚置いてあるものの、狭いカウンター席は角に当たる部分に若干余裕を残すだけのまぁまぁな密度感となった。しばらくはカウンターの左右と青髪店主がぽつりぽつりと会話を交わしながら半刻ほどが経過した。アルバイトさんは忙しなく厨房と店内の間を駆け回っていた。

その人はあまりツマミは頼まずハイペースで白ワインのグラスを空けていく… その杯が進むに連れて最初は抑え気味に感じた話し声も徐々にはっきりと聞こえる程にボリュームが上がっていった…  店にいるレギュラーメンバーたちも酔いが一周してそのボルテージが上がりつつあるのを感じる。徐々にそのエネルギーと一体感を増していく店内。テーブル席の私たちは、そんなカウンターの雰囲気に、若干の羨ましさを滲ませながら興味津々で聞き耳を立てる形となった。既に地の酒と共に今日一日をしっとり振り返る… などという趣とは無縁の私たちであった。

その人はみんなからママと呼ばれていた。しかも今やハッキリと聞き取れるその声は明らかに男性のそれだった。時が経つ程に話すペースや雰囲気にもママ感が増し、更には絶妙なタイミングでシュッと放たれる豪速球の下ネタはキレがよく、魔球の如く後腐れなく消え去っていった。既におばんざい屋はママの店として回されいる状態だった。

ツーブロックはママにされるがままだった。その手の平の上でコロコロと転がされる好青年… 建設関係の仕事の為、長期出張でこの地にいるというツーブロック。この店に来るのか唯一の安らぎらしい。一方で今やママの店と化したこのおばんざい屋で、ママに会うのはまだ2度目とのこと。この距離感の縮め方の速さにママのプロフェッショナルを感じる私たちだった。

ひとり呑み紳士のことをママは幹事長…幹事長…と呼んでいた。聞くところによると、あと一歩で総理大臣になれないNo.2感… 惜しい!感から由来するらしい。失礼な話ではあるのだが、まったく後腐れなくむしろ爽やかなママの言葉たち。カウンターで腰を丸めて飲っていた幹事長はニコニコとまんざらでもない様子。落ち着き払ってそぼろ豆腐を注文する姿に人生経験の深さが滲む…

愛ちゃんは話し振りからも屈託のないオープンな性格が垣間見える。甲高く小気味良い笑い声は、今いる空間を祓い清めるがごとく店内にこだまし、そして消えていった。ママからは結構なツッコミを受けている様にみえるのだが、愛ちゃんは一向に意に介さずビールを煽って笑い飛ばしていた。

青髪店主の髪色について話題が移った。以前は緑色だったらしい。愛ちゃんは青はらしくない!緑がいいと不満げなご様子、彼女かっ!との総ツッコミを受ける… ママはレインボーの方がいいんじゃないなどと無茶を言う… 幹事長はニコニコ… ツーブロックは全く興味なさげに焼き鳥を頬張る… そして食い入る様に聞き入る私たち… 時に話に頷き、クスッと笑わされ、酒を飲むペースも上がり気味… しばらくして青髪全体を見たい!との愛ちゃんのご所望に店主がキャップを取ると電球の色を鈍く跳ね返す青い長髪が一気に舞った。すごい真っ青!しかし、当の愛ちゃんは髪減ったんじゃない?って、そこ…?状態な店内。すかさずママの野太い声で一喝が入る。あんたそんなことだから男がつかまんないのよ、こういう時はねオブラートをかけて言うものよ。髪が気さくな感じになりましたね…ってね。爆笑の店内。若干えぐられた店主。店主の気持ちが痛い程わかる私。ほろ苦い夜…

やがて幹事長のところにそぼろ豆腐が運ばれてきた。なんだこの小鉢の上にエベレストの様にうず高くそびえるそぼろは… 最早どんなしょうもないことでも盛り上がる店内。間もなく今まで微動だにしなかった幹事長がおもむろに席を立ち、そぼろ豆腐を持って私たちのテーブルに向かって歩いてきた。それは私たちがいよいよニ軍から一軍へ昇格する合図となったのだった。

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