富山のまま - 月 -
旅先の夜は予想だにしない展開があるものだ。
常に雨にたたられたものの、気温は数日前の猛暑が嘘のように落ち着いてそれはそれでよい一日だった。その土地の旨い酒と肴が味わいたいね… そんな気分で何軒か当たってみたが意外に満席が多い。最終的に決めた店は周囲にちらほらと風俗店も見える路地の角にある小ぢんまりとしたおばんざい屋。
カウンターがL字に8席、4人用にしては小さめなテーブル席が2席。私たちはテーブル席を勧められる形になった。店主は30代半ばの男性とアルバイト風の20代女性のふたり。店主はキャップを被っているが、襟足に覗く長い髪先は青く染め抜かれている。既にカウンターにはひとり呑みの60代と思しき男性客がふたり。2席間をおいて座り、壁に据えられたテレビには見向きもせず、それぞれに店主と二言三言言葉を交わしつつ飲っている。若干常連色強めの空気感。さしずめカウンターは一軍席、テーブルは二軍席といったところか… まだ時間は宵の口、これから更なる常連タイムに入っていくのだろうか… 私たちの様な一見客は取り敢えず二軍席から流れを見守るパターンだ。まずは地の酒と突き出しで乾杯だ。聞けばここ数日の線状降水帯発生による豪雨の影響で鮮魚の水揚げが芳しくないらしい。何かを聞けば丁寧に答えてくれる青髪店主。やんわりと聞き慣れないイントネーションが話し言葉に入ってくるのも旅情を刺激する。
やがてカウンター手前側に座っていた紳士が席を立つ。明日は早いから…と雨がそぼ降る中、タッタッタッと乾いた足音を残し足早に店を後にしていった。奥の紳士はひとりカウンターで何事もなかった様にゆっくりと飲り続けている。壁のテレビは届ける宛もなくただ所在無げにアイドル歌手の甲高い声を流し続けていた。
それから10分程経った頃だろうか… 店の扉が勢いよく開いて20代半ばと思しき男性が入ってきた。Tシャツ、短パン、ビーサンの3点セット。髪は短めのツーブロック。それは健康的に日焼けした肌にとてもよく似合っており、いかにも好青年風だ。何の迷いもなくカウンター左端の空いたスペースに陣取り注文した生ビールを一気に飲み干した。時を置かずツーブロックと同じ年頃かと思しき女性がひとり、雨の屋外を避ける様に店内に駆け込んできた。ショートカットで白シャツ、ジーンズにスニーカーといったカジュアルな出立ちで、店主から愛ちゃんと親しげに呼ばれるその子はカウンターの右奥で私たちが訪れる前からひとり飲っている紳士の隣に躊躇なく座るやいなや楽しげに喋り始めた… と思った矢先、席が離れたツーブロックとも普通に話し始めるではないか。さすがは一軍席、なんならレギュラーメンバーのポジションも決まってる感じか… 目の前で展開される酒場模様。じろじろ見るのもなんなので、付かず離れず行方を追う私たちだ。やがて芳しい香りと漂わすセセリ焼きをアルバイトさんが私たちのテーブルに運んできた。
そしてそれはその日最後にして最強のレギュラーメンバー登場の合図でもあったのだ…🍶