『山椒魚戦争』読書メモ

カレル・チャペック『山椒魚戦争』が予想以上におもしろかったのでまじめに読書メモをつけてみんとす

まじめに書籍情報もコピペしてきた 
書影は版元ドットコムから 
さっき見たら書影が利用不可になってたので泣く泣く削除した かなしい
ので、代わりに岩波書店のサイトのスクショ(2024/1/9取得)を載せてみる(これはいいのか?)

https://www.iwanami.co.jp/book/b248449.html

タイトル
山椒魚戦争 / カレル・チャペック作 ; 栗栖継訳
シリーズ
岩波文庫  32-774-1
著者
Capek, Karel, 1890-1938.   栗栖, 継 (1910-)
出版者
東京 : 岩波書店
出版年
1978.7
形態
488 p. ; 15 cm.
内容
赤道直下のタナ・マサ島の「魔の入江」には二本足で子供のような手をもった真黒な怪物がたくさん棲んでいた。無気味な姿に似ずおとなしい性質で、やがて人間の指図のままにさまざまな労働を肩替りしはじめるが…。この作品を通じてチャペックは人類の愚行を鋭くつき、科学技術の発達が人類に何をもたらすか、と問いかける。現代SFの古典的傑作。

↑のあらすじ以上のネタバレを知りたくない人は、以下を読まないほうがいいです



構成のよさ

 冒頭の「訳者はしがき」で、この小説の独特な構成について言及されている。

  • 主人公がいない?
    南の島で二足歩行する山椒魚を最初に「発見」したヴァン・トフ船長視点で序盤が進むが、途中からぱったり登場しなくなってしまう。

  • 「山椒魚」についての資料パート
    中盤からは山椒魚に関する論文・考察・コメント・インタビュー・新聞記事・議事録などが大量に出てくる。

 訳者は以上の特徴について読みづらいよね…💦と言っているが、同時にめちゃくちゃよい部分でもあると思った。
 というのも、ヴァン・トフ船長があちこちの小島でひそかに山椒魚の養殖を始めたのをきっかけとして、爆発的に増えた山椒魚が世界を覆っていくので、もはや船長ひとりがその現象の全貌を把握するのは不可能なのだ。
 ヴァン・トフ船長が姿を消してからは、船乗り同士の噂話、南国を旅行中の裕福な若者グループと山椒魚との邂逅など、世界各地の小エピソードによって山椒魚の出現が語られる。
 やがて一個人視点による物語形式から離れ、上記にあげたような論文の断片や新聞記事の切り抜きといった資料のオンパレードがひたすら続く流れになる。
 どんどん視点がマクロ的になっていくので、流れを追うだけで山椒魚の増殖が世界的現象になっていくことがわかるスマートな構成になっている。めちゃくちゃ好き。

ナショナリズムが世界を滅ぼす

 小説全三部のうち、第一部と第二部がだいたい上のような流れで、第三部には山椒魚と人類が衝突した結果、人類が滅亡していく様子が描かれる。
 読む前は都合の良い労働力として人間に使役されてきた山椒魚がブチギレて人間に叛逆するのだと予想していたが、これは全く異なっていた。


 山椒魚を怒らせたために人類との衝突が起きたエピソードもあるにはあるが、人類が滅亡に追い込まれた直接のきっかけとしては描かれていない。というか労働関連でキレる山椒魚が全く出てこなかったのが一番の驚きかもしれない。
 山椒魚は一切自分達の人権(山椒魚権というべきか)を主張しないので、労働者の寓意というよりロボット寄りの存在として描かれている感じがする。(実際作者はロボットを題材にした作品を『山椒魚戦争』以前に書いていて、その作品の中で世界で初めて「ロボット」という単語が生み出されたらしい(441p))


 実際の結末は、増えすぎた山椒魚たちが多くの海岸を必要としたので陸地が物理的に削られていって人類は滅亡に追い込まれる。
 作者自身の言葉(444p)によると、このパートの主人公は「ナショナリズム」である、とのことで、これは読み終わってから考えるとかなり納得できる。
 山椒魚側は陸地の爆破を実行する前にさんざん人類側に平和的な取引を呼びかけるが、自国の土地が削られるという内容に先進国は反射的な拒否反応を示すばかりで、人類側でのまとまった意見が生まれる前に爆破が実行されてしまうからだ。この作品が刊行された1936年は国際連合もまだ存在していない。
 世界に40億匹いるという山椒魚が意志統一された要求を代表から出してくるのと対比されていると思う。(とはいえ山椒魚が理想的な共同体として描かれているかというとそれも違う気がするけど)


 あと時系列がこれより前になるけど、バルト海等で育った山椒魚に見た目が白くて姿勢も良い品種が出たために、「山椒魚がドイツの土地で『高貴なもの』に進化した」とドイツが喧伝してるくだりが良すぎてブチあがったけど、1936年に書かれた内容なのを考えるとやはり凄すぎると思う。

その他好きなとこ

山椒魚の性生活

 端的に言うと、山椒魚のメスはオスと普通に交尾するけど、実は水質が特定の条件を満たしただけで勝手に受精卵が生まれるので究極オスの精液は必要ない…という数ページのレポートが付録として差し込まれてるんだけど、なんで作者がこのエピソードを書いたのかは謎だけど、その意図にいろいろ思いを馳せるのは楽しい。

株主総会

 でかい山椒魚ビジネスを立ち上げようとしている会社の株主総会議事録が好き。一番好きなのは社長が「我々の前にあるのは新しい構想ーー実質的に別種のイマジネーションのための課題なのであります」と話す時に「小説の話をしているみたいだぞ!」ってヤジが入るとこ(191p)。ヤジの使い方が漫画のセルフツッコミなんよ

フリーダム後日談

 山椒魚によってヨーロッパの5分の1が海底に沈んだところで物語本編は幕を閉じるが、最後の章では作者自身が「この展開で本当に良かったのか?」と内なる声と自問自答を繰り広げる反省会が繰り広げられる。個人サイトか?
 本編終了後に人類は完全に絶滅するのか、山椒魚代表として登場した謎の存在・山椒魚総統(チーフサラマンダー)は何者なのかなど、衝撃の事実がこのパートで明かされる。しかしこの部分はあくまで裏設定的なノリで受け取った方がいいと思う。本編は本編だけでキレイにまとまってるし、何よりここだけ完全に個人サイトのあとがき反省会なので本気にしないのが華だと思う(ノリ自体は大好き)。


削除箇所

 訳者の解説が豊富で、各国語訳での出版状況、それぞれで削除された箇所などの情報も詳しく、いやでも時代性を感じさせられる。全体主義に対して批判しているような作品なので左からも右からも削除が入っているようだ。
 また、チャペックおよび訳者はエスペランチストだったようで、『山椒魚戦争』の各国語訳や周辺文献が国際的なエスペラント・ネットワークを通じて手に入った経緯なんかも事細かに書いてある。エスペラント運動も左右から弾圧を受けていたというのは初めて知ったので機会があればそれについての本も読んでみようと思う。

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