鉄槌–てっつい– 【掌編小説】
正義の鉄槌がくだった。
たくさんの人を殺めてきた。
生きるため。生き抜くため。生き延びるため。
自分だけが、その輪から逃れられるなどとは思わない。
ただただ、戦いつづけた。
それしか、生きる方法を知らなかった。
何のために生きているのかもわからなかった。
ただ、目の前にいる人間を撃てと、教わった。
一度、自分と同じくらいの歳の少女を撃った。
ふわりと宙に舞う柔らかな癖毛の髪が、美しかった。
崩れ落ちた少女を必死で抱きしめている青年がいた。
少女をこの世に存在する全ての悪意から守っているように見えた。
堪えようもない理不尽から。不条理から。
僕には、あんな風に僕を守ってくれる人はいない。
だから、戦い続けなければいけない。
羨ましさと虚しさの中見つめていた2人の命は、激しい轟音とともに消え去った。
その夜は、珍しく泣いた。
人を殺して泣いたのは、初めてだった。
膝を抱えて蹲り、背中を丸めた。自分自身を抱き抱えるように。伏せた顔から胸の痛みが雫となり溢れてくる。一滴、また一滴、どうしようもない心の虚しさを露わすように、地面に黒い染みをつくった。
ごめんなさい。
誰かに許して欲しかった。そうじゃないと、自分が生きていることに耐えられなくなりそうだった。
僕を、この輪から早く解放して欲しい。
もう、人を撃ちたくはなかった。
今日、僕の鼓動が動き始めてから14年が経つ。
もう、動かないで欲しい。僕は待つ。
理不尽の鉄槌が、僕にも降り注ぐことを。
誰かの正義が、僕の罪を裁いてくれることを。
*鉛の対になる小説です。兄弟を撃った少年兵の目線で書いてみました。