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ガネーシャ祭に参加してみた
参加するまでのこと。
2024年9月16日、西葛西の清新町コミュニティ会館にて、Tokyo Marathi Mandal(日本名:マハラシュトラ州親睦会)によるGaneshotsow(ガネーシャ祭り)が行われました。人数が限られているので事前にGoogle フォームで申し込む必要がありましたが、日本人でもオーケー。
申し込むと数日後、キャンセルは8月31日までにお知らせ下さい、という確認のメールが来ました。何も返さなければこのまま予約完了。
そして、当日の1日前。
マラーティー語のメールが。そして添付PDFファイルも。
明日唱えるアールティー(御詠歌的なもの)を添付します、とのこと。
ファイルを開けてみると12ページ、サンスクリット語とマラーティー語のアールティーや経文が。読めるかなこれ……と心配になりつつ翌日を待ちました。
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当日、開始までにお話を伺うことができた。
当日少し早めに会場へ行くと、5時ちょうどになるまで別の団体さんがホールを使用していて入れないことがわかりました。仕方なく座っていたら、入り口からインドの方が。
その方を通して、マハラシュトラ州親睦会の代表者、ガドギル・ニランジャンさんとこちらでのガネーシャ祭のことに関してお話を伺うことができました。
ガネーシャ祭りの本場マハーラーシュトラ州から東京に移住している人々が、この地域の公民館を借り、集まって神様にお祈りし、インド文化にも親しめるイベントにしている。
あくまでも地域の公衆道徳に従って円満に会を続けたいので、消防法違反となり得る火の使用(灯明、線香等も×)は一切なく、搬入搬出も時間を取らない範囲で行っている。神像も本来は海に流すが不可能なので毎年使い回している。
きちんとしたい人はみな、各家庭できちんとお祭りをしているから大丈夫。(えっ、じゃあ来年はそのお祭りを拝見したい……)
前日送付したPDFファイルの経文は、読む経文や御詠歌が家によってまちまちなので、「これを読みますよ」と統一するために毎年前もって送っている。
5時開始ではなくて5時開門だった。
そうこうしているうちに5時になり、ホール使用可能になりました。
フェイスブックの案内では5時から9時まで とあったのですがどうやらこれは搬入搬出込みの時間だったようです(笑)
みなさんぼちぼち集まり出して、舞台上にガネーシャ神の祭壇を作ります。
家からあらかじめ作って来た背景の飾りや、前垂れ、会の垂れ幕……そして神様の像をパイプ机に設置し、小一時間掛けて祭壇は完成しました。
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キャンドル型LEDが大活躍です。
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祭りの始まり。
6時過ぎに祭りが始まりました。
司会の女性が式次第を紹介、そして代表者のニランジャン・ガドギルさんが軽くスピーチ、来賓の方々を紹介……と続き、そしてプージャーが始まりました。
送られてきた添付ファイルの出番です。まずはガネーシャを讃える決まり文句、
音頭取り「ガナパティ バッパー!?」全員「モーレヤー!」
音頭取り「マンガラムルティ!?」全員「モーレヤー!」
のコールから始まります。 そして12枚あるお経と御詠歌(アールティ)を順にみんなで唱えて行きます。みなさんしっかり覚えていらっしゃる……。あんちょこ見てるのは私ぐらいのものです。
みなさんが唱えている間、ガドギルさんは祭壇の右にあった、花びらとLEDキャンドルの入っている小さな盆を両手に掲げ、時計回りにひたすら回しながらご自身も唱えてらっしゃいました。かなり手の疲れる役割です。本来はその盆の上に灯明が燃え、香が燻っているのですが、ここでは仕方がありません。
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(正面のお顔を頂き忘れてしまって背中姿で申し訳ありません)
そして神様へのアールティーと読経は、やはり
「ガナパティバッパー!?」「モーレヤー!」
「マンガラムルティ!?」「モーレヤー!」
で終わるのでした。
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礼拝の後はインド文化を楽しむ。
礼拝が終わるとお楽しみの時間、今年はプネーでカタックダンスの教育機関を設立されたDr. マドゥリー アプテー と門下生の皆さんによるダンス公演でした。
カタックはインド四大舞踊の一つで、イスラム宮廷の影響を受けているとはいえ、ヒンドゥーの演目もあるのでした。今宵はガネーシャを讃える演目を筆頭に、ダイナミックなステップと旋回で魅せてくださいました。生徒さん達も活き活きと踊っていらっしゃいました。
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大きなお腹を持つガネーシャ神を身振りで表している。
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帰る前に、神様にご挨拶。
カタックダンス公演が終わると、司会の女性、そして代表者さんによる〆の挨拶がありました。もう終わりか、と思いきや。
「それでは最後に神様にダルシャン(お眼通り)したい人は舞台に上がって来てくださいー」という感じのことを言ったようで、みなさんがゾロゾロと列を作って舞台に上がってゆくではありませんか。私もダルシャンしたい!とみなさんの後に並んだ時、ふと、お布施のことが頭によぎりました。前に並んでるご婦人に訊くと、「日本語わからないから」と日本語堪能な男性を連れてきて下さって再質問。
「いや、ここ神社やお寺じゃないから。みんなガネーシャ祭りしたい人がやってるだけだから。そういうの要らないんですよ。」
明快な答えを頂いて、ありがとうございます!と、壇上で改めて神像に花びらを捧げて手を合わせて来ました。
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お参りした印に額に付ける人もいて、結構フリーダムなんだなと思った。
そして最後、ホールを出る前に入口のところで「プラサード(お下がり)持って帰ってくださいね」と、小さなジッパー袋に入れたお菓子を3つも頂いてしまいました。「シラー( शिरा、shiraa )」と言うらしきその素朴なスィーツは、マハーラーシュトラ州のお供え菓子だと説明してくださいました。ガネーシャ神だけでなく、汎用的なお供えだそうです。モーダクはやはり手間がかかりますものね。
でも、どこかで見たことがあるような……。
スージー カ ハルワー(セモリナ粉のプディング)に似てない?と思って家に帰って調べたらやっぱりそうでした。
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甘さ控えめですがギーの香りがして、ナッツとレーズンがたっぷり入っていました。
最後に。
ガネーシャチャトゥルティ、と呼ばないのは何故か、訊くのを忘れてしまいました。
思うに、チャトゥルティ、とはサンスクリット語で「4番目の日」、つまり厳密に言うと10日間の祭り期間の、最初の1日(新月から4日目)だけを指すのです。
なので、そこからもう何日も経った日にイベントを開くということも鑑みて、「ガネーシャ+ウトサウ(祭)→ガネーショトサウ」と呼んでいるのかなと思った次第です。
参加費用もお布施も取らない、みなさんのボランティアで続いているこのガネーシャ祭り。
確かに日本に住むことで様々な制約や足りないものがあり、祖国での祭礼とはかけ離れています。そんな中、続けるのは大変だと思いましたし、逆に、そんな中でも無理をせずに工夫して遠い祖国の神様を喜ばせようという心が感じられて、胸が暖かくなりました。
飾らず素朴で地域に優しいスタイルで、長く続いて欲しいと思いました。