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超絶技巧の演技2:変容する何か-2019年に観たロザムンド・パイク

注意書き:このタイトル・シリーズはネタバレしないという意識持たずに書いています。というか今回は『荒野の誓い』『THE INFORMER/三秒間の死角』のネタバレ満載です。

去年はロザムンド・パイクの公開作が多かった。荒野の誓い(2017)、プライベート・ウォー(2018)、エンテベ空港の7日間(2018)、THE INFORMER/三秒間の死角(2019) 【カッコ内は制作年】

俳優としての充実を感じさせる作品ばかりだったが、今回超絶技巧として取り上げたいのは『THE INFORMER/三秒間の死角』のラストシーンである。

その前提として、演技の中での感情の変化、ということについて考えたい。<感情>というのも、一口では語り尽くせない深み・問題を孕んでいるが、ここでは観客が演技に触れて、その俳優の内面にあると感じる何かを感情と呼ぶことにする。

素晴らしい演技は、感情の変化の美しさでもある。その変わりようが人をとりこにする。あるときは大きな振り幅を持って、またあるときは繊細に。突然に変わることも、徐々に変わっていくことも、金属が溶けるときのようにとろりと変わることもある俳優の感情。演技というものの魅力の一つがここにある。

さて、ロザムンド・パイクである。まずは『荒野の誓い』。

ファーストシーンでいきなり彼女の一家がコマンチ族に惨殺される(ここの描写があまりにも容赦なくあっけない)。そこにクリスチャン・ベール演じる大尉が率いる一行が通りがかり、彼女を一行に加えるところから、実質のストーリーが始まる。この出会いのシーンでのロザムンドが振り幅大きく、素晴らしい。

まず、当初、彼女は死んだ子たちを前に完全に正気を失っている。子供たちが生きているかのように慈しみ、あやしている。そんな彼女を大尉が連れ出す。放心状態の彼女の後ろを部下たちがスコップを持って丘に向かって歩いて行く。
ここで、彼女は怒鳴って、部下たちを制止するのだ。この瞬間は全く意味がわからなかった。ん?狂気のなせる技?と感じたのだが、続くショットで全てが判明する。彼女は自分がやる、と宣言し、スコップを持ち、地面を掘り始めるのだ。
そう。家族の墓だ。大尉は部下にひそかに墓を掘るよう命じたのだ。その部下たちを彼女が怒鳴ったのは、弔いは私がするのだという痛ましすぎる決意の表れだったのだ。こうして、一行の見守る中、家族たちは葬られる。

ここで号泣が来る。

これほどの号泣はこれまでみたことがあっただろうかという、大音量の爆発的な号泣だ。家族を殺された現実が、弔いを終えることで一挙に彼女を襲ったのだろう。観ているこちらの胸も一緒にもぎとっていくようなパワフルな号泣だ。悲しさが波のように観客に押し寄せてくる。

これでもう、私はロザムンドに釘付けである。もちろん映画はこの後、堂々とうねうねと進むのだが、大尉と彼女について行けば間違いないという絶対の安心感を観客はこの時点で得る。(そして、そのおかげでラストシーンがあまりにも鮮やかに胸にくる)

この感情の流れ、変化は2019年に観た映画の中でも、そのダイナミックさにおいて頂点の感がある。ただ、ロザムンド・パイクはまったく非の打ち所がないけれども、加えて戯曲の流れまた演出の妙も合わせての感動だった。映画におけるカット割り、台詞、説明の後先、沈黙の妙をフルに駆使しての、全スタッフによる「一人の女性の感情表現」だったと言える。

正直に書けば、この映画を観たから、その後、ロザムンド・パイクの出ている映画を全て観に行ったのである。

さて、そんな2019年、ロザムンドイヤーの掉尾を飾ったのが『THE INFORMER/三秒間の死角』である。

乱暴に言うと、FBIで働くロザムンドの上司があくどいやつで、情報協力者(Informer)をどたんばで、やっかい払いのために捨てる。ロザムンドは組織人の辛さ、飲めないその上司の指令を飲む、と見せかけて、上司の不正を暴き、逆に上司を逮捕させる。というのが最終幕の結構である。

でです。ロザムンドは、上に書いた「とみせかけて」のどんでん返しを一連の演技の中で感情として体現するのです(ときどき、ですます混じるの堪忍!)。

具体的にはたった一言「I’m sorry」という台詞(だったと記憶する。裏は取っていないので間違っていたら指摘下さい)だ。
全てのアクションシーンが済んだ後、上司と二人船に乗り込み、Informerの厄介払いについて上司とやりあうロザムンド・パイク。そうするしかないんだ。そうしないと組織での君の立場もなくすことになる、と脅迫めいたことを口にする上司(ここもややうろ覚え)。結局、ロザムンドは全てを飲むことにする。

「I’m sorry」

多分申し訳なさの発露、あるいは私は組織を去りますという意味なのかともとれる。そして、彼女が静かに告げた直後、事態は急転する。実は二人の会話は録音されていて、すなわちそれが上司の背任の証拠となるのだ。飛び込んでくるFBIの内諜部隊。

という展開が(確か)カット割りほとんどなしに進行し、ロザムンドは再び上司に「I’m sorry」と口にする。

これです。この変化。同じ「I’m sorry」が、こんなことになってしまって残念です。あなたを憐れみます。の意味に変わっている。微妙だが、しかし決定的に。記憶では二つの「I’m sorry」は同一のカットの中で口にされ、そういうロザムンド・パイクの表情も劇的に変化するわけではない。もともと大ぶりな顔だが、けっして表情で感情を見せつけるタイプの俳優ではないのだ。しかし、その二つの台詞は、それを発話している人物は、全く別の人物になっていた。

ざっつ超絶技巧。

いや書いていて、あまりにも自分の記憶があやふやで、だんだん自信なくなってきたんだけど、要は「申し訳ない」という発話をしたFBI捜査官、実はそれは上司をはめるための作品内「演技」だったということではある。
しかし、二つ目の「I’m sorry」の控えめな、残念です感、憐れみ感があまりにもリアルで、どんでん返しの妙全てを、彼女が引き受けたように見えるのだ。俳優の演技は時にストーリーの曲がり角全体を体現することがある。まあ、滅多に観られない、ありがたい演技でした。

ということで、今回はこの通りこうなりました。まだ2019年でいくつか書くテーマをもっています。次回もお楽しみに(していますか?誰か)

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