置き逃げ
たまに知らない人が私たちの家にアナングを置いていく。
とても迷惑である。
しかも家主である私たちになんの断りもなく、うちの前で人を降ろして車はそのまま去ってしまう。 だいたいそれをやるのは地元でアナングに関わる仕事をしている西洋人で、ここに長く住んでいない人が多い。アナングの行動パターンを全く理解していないからだ。
ふつう町ならタクシーもあるし、顔見知りの人に「ちょっとあの家まで乗せていってくれない?」と頼まれたらもちろん断らないだろう。しかし相手がアナングであるからにはそれは充分に注意しなければいけないことなのだ。
アナングは嘘をついて私と約束がある、とか、Jくんと仕事の話がある、とか、親戚のMrウルルに会いに行く、とか何とか言って、この家に観光客の車をヒッチハイクしたり顔見知りの西洋人に頼んで来ることがある。 そういうアナングはだいたいお酒を探している。 しかもそんな手を使うぐらいだから飲み屋のブラックリストに載っている人が多い。 もしくはひどく面倒くさい用事を押し付けられる。 挙句に帰る足がないから私かJくんのどっちかが無料タクシーサービスをしなければならない(往復1時間!)。
わたしたちの家はコミュニティーの中ではないからお酒が呑める。私もJくんもウルルさんもお酒は好きなので、人種関係なく友達と飲み会もするし、3人で家でしっくり晩酌するときもある。 そこへ酒乱のアル中のあまり親しくしていないアナングを家の前に置き去りにされた私たちの気持ちが彼らにはわかるまい。
私たちは酒で問題を起こす人とは一緒に呑まない。 ここで言う『問題』というのは、血まみれの喧嘩をする、ものを壊しまくる、などである。
前にも書いたけど、うちの窓ガラスは未だに2枚とも割られたまんまだ。 誰かがそういったアナングをうちに連れてきてしまったおかげで3度ほど大惨事になったことがある。 酒がないとわかると用がないので今度は自分の家に送ってもらえるまでうちに居続ける。西洋人のお友達が突然ビールを手土産に遊びに来るかもしれない、という期待も忘れてはいない。 実際にそうなった場合は酒がなくなるまでシェアし続けるしかない。
アナングの社会では、持っている人は持っていない人に分けるのが当然で、それをしないと相手を強く拒否することと受け止められ、たいへん失礼な行為となる。分かち合い、というのは非常に良い文化である。だけども限度というものがある。
だからお酒を飲んでもらっては困る人が家に居る時、偶然にも私たちの友人が遊びに来てしまったときは(オージーは基本アポなしで遊びに来る)彼らが車を降りる前に家を飛び出してお酒の所持をチェックしなければいけない。持っていたらそのままお帰りいただく。
昨日もまた誰かがコミュニティーで最悪の酒乱をうちのまえで置き去りにしていった。 来たアナングは一緒に働いている、私が仕事上最も尊敬する女性だった。しかし彼女の酒癖の為に嫌な思いを何度もしてる。警察も救急車も呼んだことがある。Jくんははっきりと断って、彼女たちを会社の社員に送り届けさせた。 ちょうどその時私は、その前に来ていた他のアナングの友人(車検のない車を乗っていて警察につかまってうちに車を置いていった)を家に送っていたので家に車がなかったからだ。 ちなみにアナングは絶対誰か他のアナングを知らない誰かの家に置いていかない。 アナングの考え方では、何か問題が起きたときに責任を取らされるのは「問題の種を運んできた人(運転手)」になるからである。
普段アナングに関わっていない人が好意で乗せてあげた、というなら仕方ないが、アボリジニコミュニティのために働いている政府機関や教育機関のワーカーがこれを度々やるところをみると、どれだけ先住民と西洋人との間に理解の溝があるかが見える気がする。 やっている本人に悪意があるのではなく、新しいワーカーに対する情報がないのがいけないのだと思う。すぐに職員が入れ替わっているのも大きな要因のひとつなのかもしれない。