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「打席に立つ」ということの意味

私は幼い頃から「打席に立つ」ということを実行している。
例えば、
・リーダー
・留学
・新たなスキル習得

これら私の経験から「打席に立つ」という意味を伝えたい。

結論

・対峙してからの方がアジャストが早いから
・分析は机上の空論だから
・チャレンジは人を成長させるから

分析だけでは勝てない。
大事ではあるが、机上の空論であることが大抵。
なので、実際に打席に立つことが重要。

対峙してからの方がアジャストが早いから

これはVUCA時代とも紐づくお話。

すべてのエビデンスを揃えてから、さあ実行というときには、そのデータがもう使えないという状態になる可能性がある。
この事象きっとは、ITが要因であり、これからももっとこの事象は加速するだろう。

なので、行動に移せる状態であれば、行動し、リアルデータを取得して、また修正して行動する。これが最も効率的にターゲットにアジャストさせていける方法だと思う。

逆にいうと、一回だけ戦って終わってはいけない。
それでは何も変わらないから。

分析は机上の空論だから

上記の話と重なるが、仮説はあくまで仮説である。実証して仮説が正しいものだったのかが分かる。
机上で起きていることは限りなく正解に近いようなデータが分析で出るかもしれない。
しかしリアルに得るデータには劣る。

チャレンジは人を成長させるから

例えば目標を立てる際も、限界よりちょっと上の目標にすることで、限界値を引き伸ばすことができるらしい。

私は迷ったらやる方を取るようにしている。
この世に失敗なんてものはなくて、ただの自分の人生の経験値になるだけだし、迷う段階にきているということは、やってもいいけどなーくらいに思っているから。
(※服は迷ったら買いません。)

物事をこうしたほうが良いのではないかと、考える人は多くいるが、それを実行する人は少数である。
つまり行動できている人は偉い。

つまり

打席に立つと、
仮説の検証ができて、
戦っているものが何者なのか判断できて、
戦いにより、自己成長ができる。

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