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[大人向け創作童話] 旅する赤い風船

(はじめに)

「童話」とタイトルに書きましたが、この作品がはたして「童話」なのか「ショートショート」なのか「短編小説」なのか書いている自分でもわかりません。

ですが、わかりやすい言葉で、どの年齢の人にも楽しんでもらえたらと思っています。

また、5分くらいで読めるように2,000文字以内の物語になっています。

ちょっとしたすきま時間に、お風呂中や寝る前に、ぜひ。

また、少しでも心に残りましたら、いいねしてもらえるとうれしいです。とても励みになります。

少しでもお楽しみいただけますように。


(以下、本編)


 赤い風船が澄みきった空をのんびりと流れていました。

 行き先は風まかせ、優雅な空の旅です。風船の紐の先には写真が括り付けられ、濡れないように透明な袋にしまわれていました。
 しばらくすると風向きが変わり、風船はゆっくりと高度を下げていきまし
た。すると保育園が見えてきました。

 保育園の庭ではこどもたちが元気よく遊びまわっています。保育士見習いの中年の男が、ぱんぱん、と2回手をたたきました。
「さあ、みんな、ボール遊びをするぞ」
「えー、やだ」
「おっちゃん先生とはあそばない」
 こどもたちはさーっと散ってしまいました。中年の男が舌打ちをすると、すぐに若い女性の保育士が飛んできました。
「藤田さん! 何度同じこと言わせるんですか! そんな態度じゃダメなんですって!」
 注意された藤田という保育士見習いは、だらしなく飛び出したぽっこりお腹を揺らしながら、めんどくさそうに白髪が目立つぼさぼさ頭をかき上げました。去年まで彼は一般企業で契約社員として働いていましたが契約満了後に更新してもらえず、次の職はなかなか見つかりませんでした。そこでしかたなく、苦手な親戚に頭を下げて働かせてもらっていました。次の仕事が見つかるまでという都合のいい条件で。
「すいません」
 藤田はあさっての方をみながら形ばかりの謝罪をしました。注意した保育士はカッとなりましたが、こどもたちの視線に気づくと、怒りをぐっと飲み込むと、気持ちを切りかえて笑顔でこどもたちの元へ駆けていきました。
「あーあ、こんな仕事、いつまでしなきゃいけないんだろ」
 藤田はぼやきました。彼はこどもが苦手というわけではありません。ただ、この歳になってどろんこ遊びなんかするとは思ってなく、いい大人がなにをやってんだ、情けねえ、と思ってしまうのでした。
 そこへ、赤い風船がゆっくりと降りてきました。むしゃくしゃしていた藤田は思いきり踏んづけてやろうと思いましたが、紐の先に写真が括り付けられているのに気づきました。写真には、よだれをいっぱいたらして満面の笑みをしたゴールデンレトリバーが写っていました。
「きたねえな」
 藤田はあまりの愛くるしさに思わず吹きだしてしまいました。他にも、ゴールデンレトリバーと遊ぶこどもの写真やその両親と仲良く写ったものなどあり、どれも微笑ましいものばかりでした。小さい頃うちにも犬がいたなあ、よく一緒に散歩したなあ、雑種だけどかわいかったなあ、などと思っていると、いつのまにか藤田の元にひとりの女の子がやって来ていました。女の子はめずらしいものを見るかのように目をまん丸にして藤田を見上げています。写真が気になるのだろうかと思った藤田は、その子に写真を渡しました。
「わー、かわいい!」
 写真を見た女の子が声を上げました。すると他のこどもたちも、みせてみせてと寄ってきました。
「ねー、これどこにあったの?」
「この風船についてたんだ。何十キロも先から飛んできたかもしれないな」
 藤田は風船が飛んできた方向を見ました。おだやかな青い空はどこまでも続いていて、白い雲がのんびりと流れていました。そういえば小学校のとき風船を飛ばすイベントがあったなと、藤田は思い出しました。みんなで飛ばした風船が50キロも離れた人に届き、返事をもらったときどんなに興奮したか、彼は夢中になって話しました。こどもたちは「へぇー、すごーい!」「それから!? それから!?」と前のめりになっていき、藤田はますます冗舌になりました。
「今日のおっちゃん先生、なんかたのしそう」
 不意に発せられたこどものひと言に、藤田はハッとしました。藤田はいつのまにかこどもたちの中心になっていました。こんなことははじめてです。
 なんで……、ただ思い出をしゃべってただけなのに……。
 戸惑いながらこどもたちを見渡すと、みな楽しそうだと気づきました。それはまるで、楽しくおしゃべりしていた自分の心が鏡のようにこどもたちの表情に映ったかのようでした。もしそうだとしたら、こどもたちが俺を避けてたんじゃなくて、俺がこどもたちを避けてたんだなと思い至りました。藤田は暗くにごった沼にずぶずぶと沈んでいくような気持ちになり、うつむいてしまいました。
「おっちゃん先生、風船とばしたい!」
「あたしも!」
「ぼくも!」
 底抜けに明るいこどもたちの声が、沈む藤田をひっぱりあげてくれました。
「よし、やろう!」
 藤田の返事にこどもたちから歓声が上がりました。
 赤い風船と括り付けられていた写真を真ん中に、みんなで写真を撮って、その写真を赤い風船に括り付けました。もちろん濡れないように丁寧に透明な袋にしまって。
 そして、再び空高く舞い上がった赤い風船は、この保育園にやってきたときと同じように、風まかせに、優雅に、空を流れてゆくのでした。

                               (了) 

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