学ぶことは生きる希望につながる~子どもたちが無料でプログラミングを学び教え合える環境を提供し続ける、一般社団法人Kids Code Club石川麻衣子さんのStory 前編~
はじめに
急激な物価高騰対策として政府が子どもや低所得世帯向けの支給を進めるなど「子どもの貧困」というテーマについて、多くの方々が注目するようになりました。
支援の仕方は様々ありますが、プログラミングやテクノロジー教育を通じて、困難な状況にあっても立ち上がれる社会をつくろうと活動しているのが一般社団法人 Kids Code Clubの石川麻衣子さんです。
前編、後編の2回に分けて石川麻衣子さんのStoryをお送りします。前編では子どもたちが無料でプログラミングを学び教え合える環境をつくる活動のきっかけや思いについてお伝えします。
■プログラミングが拓いた未来
――子どもたちが無料でプログラミングを学べる環境を提供していらっしゃいますが、活動のきっかけを教えてください。
私自身、貧困家庭に育ったという経験があります。九州大学工学部に入学しましたが、経済的な事情から中退しました。中退してみると、仕事の経験がないので就職もできません。工場など日雇いベースの仕事をしましたがうまくいかず、電気やガスが止まるワーキングプアの苦しい日々が続きました。
そんな時に読んだのがジム・コリンズの「ビジョナリーカンパニー」でした。どん底まで来たので、何でもできる気持ちになったのかもしれません。失うものはないのだからやりたいことをやろう「自分も起業してみたい」という夢を持ちました。
夢を持ってから見えてくる景色がガラッと変わりました。私自身とても明るくなり、できることは何だろうと自分を見つめ直しました。ずっと好きだったコンピュータを使って何かをしようと考え、「ウェブ制作やIT関連で生きていこう」と決めました。
早速、友達からお古のパソコンを譲り受け、独学でプログラミングやウェブデザインなどの技術を学びはじめました。すると、できることが少しずつ増えていくのが楽しく、楽しいからまた学び、できることがどんどん増えていきました。大学を中退して学ぶことを諦めたはずなのに、プログラミングを学ぶことが「生きる希望」につながることを実感しました。周りの方々の支えをいただきながら、3年掛けて自立することができました。
――プログラミングが石川さんの未来を拓いたんですね。
はい。この経験を通じて、人がやりたいことに出会って学ぶときに湧き出るエネルギーの力強さを実感しました。以前の私のように貧困など厳しい状況にあっても、立ち上がるきっかけを得られる社会にしたい、そんな事業を創りたいと思うようになりました。
■学ぶことは生きることにつながる
子どもが生まれたこともあり、子どもの貧困のことを考えるようになっていました。そんな最中に衝撃的な出来事がありました。家賃の滞納で公営住宅を強制退去しなければならなくなったその日、シングルマザーが娘を殺めてしまった事件です。許せないと思いました。子どもの命が奪われてしまうこと。そして何よりもお金がないことで、そこまで追い詰められてしまうことに。
私は厳しい状況にあっても立ち上がることができました。しかしそうでない人もいます。そんな人たちに向けて、「私だからこそできること」があるのではないかと思い始めました。私にはプログラミングやウェブデザインを学ぶことで「生きる希望」を持てたという原体験があります。これを子どもたちに伝えようと決めました。
ちょうど小学校でのプログラミング教育の必修化の流れもあり、仕事仲間2人と無料で教える場をつくりました。これがKids Code Clubのはじまりです。
■無料でプログラミングを学べる環境をつくる
――プログラミングは他でも学べるかもしれません。
必修化の流れを受けてスクールも増えていますが「月1万円」などお金のかかる習い事です。金銭的に習い事は無理という家庭もあり、通える子どもは限られます。私は無料でプログラミングを学べる場をつくりたいと考えました。
――どのように始めたのですか?
最初は休みの日にプログラミング学習イベントを単発で開催しました。2人で始め、徐々に教える仲間が増えていきました。そのうちMicrosoftや Amazon, Google, などシアトルのIT企業に勤める日本人エンジニアによるNPO法人SIJP (Seattle IT Japanese Professionals) に声を掛けられて、「英語で学ぶコンピュータ・サイエンス(CS in English)」を始めました。
――シアトルのNPO法人に声を掛けられるってすごいですね!
2016年に熊本地震がありましたが、SIJPにいる熊本出身の方が「シアトルから熊本の子どもたちに何かしたい」と動かれたときに、九州で活動をしている私たちにつながったんです。
教える側はシアトルにいて、教わる子どもたちは福岡県内の市役所などに集まってオンラインで学ぶ。今でこそオンライン学習は一般的になりましたが、当時は先進的な取組として注目を集め、同時にKids Code Clubの知名度も高まっていきました。
■コロナ禍で始まったオンラインで子ども同士が学び・教え合える場
英語で学ぶコンピュータ・サイエンスは集合形式で毎年約6回行っていましたが、コロナ禍で対面での活動ができなくなりました。そこでオンラインで開催するようにしました。場所の制約がなくなったので、福岡だけでなく日本全国、時にはアメリカやアジアの国々から参加してもらえるようになってきました。
イベントはたくさん開けるわけではないので、休校が続いて家に閉じこもりがちな子供たちに何かできないかと考えてつくったのが、30分でつくれる子どもプログラミングのレシピサイト「キッズコードレシピ」です。
見ながら進めていくとプログラムを完成できるという、わかりやすい教科書です。2020年4月に公開しました。
――これならプログラミングが初めての私でも十分に楽しめそうです。何より、とってもタイムリーに公開されていますね!
そうなんです。ところが利用者はなかなか増えませんでした。どうして使ってもらえないのか理由を探りました。
「もしかしたら教材を無料で配るだけでは子どもたちは学べないのではないか」と考え、これまでのイベントのように「他の人と一緒にできる場」をつくることにしました。それが、子どもたちがオンラインで一緒に学べる場「放課後プログラミングクラブ(以下、放プロ)」です。
平日の放課後、アバターで交流できるバーチャル空間に、オンラインで各地の子どもたちが集まり、こんな感じで進めています。
――放プロの実際の様子を拝見するとすごいですね。子どもたちが教え合っていますね!
はい、子ども同士で教え合う、お互いの学びをシェアし合うことを大切にしています。わからないことがあったら、わかっているほかの子が教える。友達の発表を見て「そういうやり方があるんだな」と参考にする。大人は教えるのではなく、子どもたちが学び合える、教え合える環境づくりに専念しています。
こちらが実際に子どもたちが作ったプログラミング作品です。
――みんなプログラミングで作品を作っているんですね!
放プロでは事前に設定したキッズコードレシピを進める子もいれば、他のことをしたい子、静かに過ごしたい子もいます。空間をいくつかのエリアに分け、誰もが自分のペースで快適に過ごせる環境を作るようにしています。
毎週火曜・金曜の17時から18時。これまで230回開催して、約6,800人を超える子どもたちが参加しました。
キッズコードレシピを放プロで使ってもらい、子どもたちの反響を見ながらレシピのバリエーションを増やしていきました。いまキッズコードレシピは小中学校のプログラミングの授業でも使われており、利用者数は50万人を超えました。
前編まとめ(後編に続きます!)
ご自身の原体験に基づいて「子どもたちが無料でプログラミングを学び教え合える場」をつくろうと構想し、カタチにしていく過程。私たち自身とってもワクワクしながらお聞かせいただきました。後編では、プログラミングに不可欠なパソコンやWi-Fiなどの環境が整っていない貧困家庭の子どもたちへの支援の実際の様子、そしてこれから目指すことについてお伝えします。