シングルマザーの困窮を住まいから支える ~NPO法人 LivEQuality HUB 岡本拓也さんインタビュー~
はじめに
2020年から始まったコロナ禍も3年が過ぎました。コロナ禍は様々な人々に影響を与えましたが、特にシングルマザーへの影響が大きいことについて、パブリックマインドとして以前、NPO法人 しんぐるまざあず・ふぉーらむの赤石さんへのインタビューを通じてお伝えしました。
シングルマザー支援には様々なアプローチがありますが、中でも「住まい」に焦点を当てて活動を進めているのが、NPO法人 LivEQuality HUBさんです。
代表理事の岡本拓也 さんに「ソーシャルビジネスに取り組みを始めたきっかけは何か?」「いま進めている事業でどんなストーリーが生まれているのか?」お話を伺いました。
1.世界を旅する過程で出会ったグラミン銀行
――岡本さんは女性の貧困問題を住まいから解決する社会的な事業に取組まれています。きっかけとなるストーリーについて、教えていただけますか。
学生時代にバックパッカーとして世界を旅しました。シリアで体調を崩して寝込んだ時に、隣のベッドの人が貸してくれたのが「目指せ 世界のフィールドを」という本でした。JICA(国際協力機構)からFAO(国際連合食料農業機関)に入り、当時バングラデシュの所長として貧困撲滅などに取り組んでいた方が書かれた本です。
その後たまたまバングラデシュに入り、オーストラリア人、オランダ人、アイルランド人と宿をシェアしたとき、近くにFAOのバングラデシュ事務所があることに気づきました。中に入ると、本で見た著者の顔写真が飾られています。受付の人に「この人、日本人ですよね?」と聞いたら、「そう、あなたも日本人ね。連絡をとってあげるよ」と言われ、 ランチをご一緒することになりました。
――著者の方にお会いできたなんて、すごい偶然ですね。
はい。その方から「援助をするだけじゃなくて、自立を促すことが大事なんだ。君はマイクロファイナンスを知っているか?」と聞かれました。興味を持ったので、お願いして連れて行ってもらいました。それがグラミン銀行した。
――モハマド・ユヌスさんとグラミン銀行は2006年にノーベル平和賞を受賞して今でこそよく知られるようになしました。しかし当時は知っている人も少なかったと思います。
当時はあまり知られていなかったと思います。実際に現場を見て「金融というビジネスを通じて貧困を解決していること」そして「ビジネスでも社会にいい影響を与えられること」に衝撃を受けました。
もうひとつ世界を旅する過程で気づいたことがあります。インドのマザーテレサの家でボランティアをしたとき、ルームシェアしていた人に「あなたは何ができるの」と聞かれたことがありました。私は「何でもできるとは言いませんが、何でもやります 」と答えました。 すると、「それは何もできないのと同じ」と言われました。とてもきつい言い方だと思いましたが、確かにその通りだなとも思いました。
社会に出たときに「力になれる人」になろう、ちゃんと「自分の武器になるもの」を持とうと考えるきっかけになりました。マイクロファイナンスとの出会いもあったので、マネジメントや金融のプロフェッショナルである公認会計士を目指すことになりました。
2.事業再生のビジネスと自分の目指す生き方とのギャップ
――実際に公認会計士になられたのですね。
はい。世界4大会計事務所に入り企業再生コンサルタントとして働き始めました。バリバリ仕事をしてとても充実していました。しかし、ふとした瞬間にバングラデシュの光景が思い浮かぶことがありました。「自分はどう生きたかったのだろう」と。
そんな時に出会ったのが、SVP東京でした。
――ソーシャルベンチャーに対して資金提供だけでなく、経営をはじめとした協働を行う団体ですね。
私もプロボノ(職業上のスキルや専門知識を活かして取り組むボランティア活動)として、活動に参加するようになりました。そこで出会ったのが、訪問型病児保育をはじめとした子育て周りの社会課題に取り組むフローレンス、キャリア学習プログラムをはじめ子どもたちの学びの機会をつくる教育NPOのカタリバといった日本のソーシャルビジネスです。
――日本を代表するソーシャルベンチャーの方々ですね。
私はカタリバの支援をしました。カタリバへのSVP東京による支援期間は2年ですが、1年目が終わったタイミングでカタリバの理事になり、同時にSVP東京のディレクターになりました。
――本業も続けながらですか?
はい、企業再生コンサルタントとして働きながらプロボノとして並行して活動しました。とても多忙でしたから何度もカラダを壊すような状況でした。
――そこからソーシャルビジネスに大きくシフトをされたのですね。
フローレンスの駒崎弘樹さんやカタリバの今村久美さん、ソーシャルセクターで活躍する皆さんは人生を賭け、社会課題を解決するビジネスを創っています。そんな姿に心を揺さぶられ、「一度きりの人生、やりたいことをやろう」と会社を辞めました。それが2011年の2月末。3月からソーシャルの世界に振り切ることにしたのです。
――2011年の3月からということは、岡本さんにとって重要なタイミングですが、世の中でも大きな出来事がありましたよね。
そうです。当初は独立して公認会計士として仕事をしながら徐々にソーシャルに関わろうと思っていましたが、11日後に東日本大震災が起こりました。震災直後の混乱の中でカタリバのオフィスに詰め、4月にはSVP東京の代表にも選ばれました。そのままソーシャルに100%シフトすることになりました。
―― 一気にソーシャルビジネスに関わられたのですね。その後はSVP東京の2代目代表として第2創業期の成長を担い、カタリバでは常任理事として10年間で8倍に事業を成長されたとお聞きしています。素晴らしいご活躍です。
3.突然の事業承継とソーシャルへの新たなスイッチ
――ソーシャルビジネスで活躍されていた岡本さんですが、いまは建設会社の代表をされていらっしゃいますね。
父は名古屋で千年建設株式会社を創業し経営していましたが、2018年に急逝 しました。まさに青天の霹靂で、跡を継いでほしいと言われたのですが、 はじめは断りました。中途半端な気持ちで引き受けることは、誰のためにもならないと思ったらです。しかし「ソーシャルの現場で困っている人を助けているのに、困っている社員を助けないのはどうなのだろう」と考え、悩みぬいた末に、事業を承継し社長を引き受けることにしました。
その後の2年間は、郷に入っては郷に従えで建設会社の社長業にまい進していましたが、2020年からコロナ禍が始まります。「こういう状況だからこそ自分でできることは何か」「建設会社にできることは何だろうか」とソーシャルビジネスに対するスイッチが再び入りました。
――それが、いま進めている母子家庭への住宅供給と生活再建支援の事業ですね。
はい。「建設×ソーシャル」の取組として新規事業を立ち上げました。
コロナ禍で失業者が増え、住まいをなくす人がいました。調べてみると女性、中でもシングルマザーへの影響が大きい事がわかりました。シングルマザーは世帯収入が他の世帯と比べて低く、また貯蓄のない比率も高いので困窮しやすいのです。
こうしたシングルマザーに起こる負のスパイラルがあります。
仕事がないと収入が低くなり、働いていないと住まいを貸してもらえない
住まいがないと住所が書けない
住所が書けないと行政サービスを受けられず、子どもを預けられず生活保護も受けられない
――たしかに一度このスパイラルに入ると抜け出しにくそうです。
この図には「仕事」「住まい」「行政」の3つがあります。負のスパイラルを解決するために、「仕事」に焦点を当てて就業支援をすることもできますし、「行政」に焦点を当て行政サービスの拡充をすることもできます。
私たちは建設会社で建物の修繕は得意ですから「住まい」に着目して活動を始めました。しかし、住まいを提供するだけで負のスパイラルは解決しません。住まいを確保した後に、仕事探しをはじめとした生活基盤をつくることも大切。この伴走支援が不可欠なんです。しかし、伴走支援をできる外部のNPOなどの団体も近くにありません。そこで私たちが立ち上げたのがNPO法人 LivEQuality HUB です。
住まい確保、住まい探し、連携して見守る伴走支援を千年建設、LivEQuality HUB、LivEQuality 大家さんの3つの組織で実現しています。
4.支援を受けて自立の一歩を踏み出した実際のケース
――支援されて自立に向けて大きく一歩を踏み出された方もいらっしゃるそうですね。
外国籍のシングルマザーのケースです。夫からDVを受けて県外から生活保護受給世帯である親族の家に避難をされています。 小さな子どもがいて、日本語は片言、日本で仕事をしたことが無い。 貯金が無く、母国に帰りたいけど子どもは日本国籍で母国語が話せないから日本で育てるしかない、という状態です。
――とても厳しい状況です。まずは行政で支援ができないかと考えませんか。
しかし彼女が滞在する自治体としては住所がないから支援ができません。新聞記事で私たちLivEQuality HUB のことを知った区役所の担当者が相談してきました。
そこで次のように柔軟な対応で住まいを提供しました。
・家賃を支払い可能なレベルに減額する
・入居時に必要な敷金は、退去時 に実費精算とする
・契約時の家賃支払い(前家賃)は実施せず、生活保護受給開始後の支払いとする
――彼女はLivEQuality HUB のおかげで住まいを確保できたんですね。
最初にお会いした時は笑顔もなく意気消沈された様子でした。しかし住まいを確保してから仕事を見つけ、徐々に笑顔を取り戻されました。自分と子供たちの可能性を信じられるようになり次の一歩を踏み出されています。
その後、彼女から手紙をいただきました。最後の一文にはこう書かれています。
「Being a single parent is not a life full of struggles but a journey for the strong.
ひとり親になるということは、苦労の多い人生ではなく、強くなるための旅(Journey)です。」
――まるで映画のような素敵なお話ですね。
自立して前向きになったからこそ生まれた言葉だと思います。私たちはこの言葉に感動しましたし、私たち自身も成長につなげていきたいと思っています。
5.今後の展望と応援の仕方
――今後の展望について教えてください。
NPO法人LivEQuality HUBは名古屋を拠点に事業を進めています。これまで名古屋市内で66戸の住まいを提供してきました。これからも毎年10世帯ずつ居住者を増やしていきたいと考えています。そのために必要な住居物件の取得と供給を進めていきます。
伴走支援は、私たちだけでなく地域の方々とのつながりが不可欠です。支援をしてくださる方々向けの勉強会を開催して、つながりをつくり、強くして、一緒に居住者支援を進めていきます。
――家賃の減額、敷金見直しなど通常の不動産賃貸の習慣や条件を見直すことで、厳しい状況にある方々にも住まいを提供できることに驚きました。
普通の不動産会社にとってはあり得ない考え方です。しかし工夫をすればできます。こうした「ソーシャル大家」をやりたいという方々は確実に増えていますし、既にほかの団体からいくつも問い合わせをいただいています。私たちのモデルを全国に広げていきたいも考えています。
――LivEQuality HUB さんをどのように応援したらよいですか。
一つは寄付です。居住者が増えていくにつれて伴走支援の業務も増え、組織の拡大が求められます。先ほどご紹介した事例のように、受益者となる居住者からの負担はあまり求めることができません。寄付ページがあるので、ぜひとも応援をいただきたいです。
寄付はこちらから
例えば月1,000円を3年間続けていただけると、1世帯に1年間食料品をお届けできます。月3,000円を3年間続けていただけると、親子1世帯が住まいを見つけるサポートをできます。 都合のよい時、毎月、個人だけでなく法人から、様々なカタチで寄付を受け付けています。
また入居者の多くは職を失った状態で「荷物はスーツケース一つだけ」とあらゆるものが不足した状態です。入居直後ほどたくさんのモノが必要となります。「Amazon欲しいものリスト」を通じて「おすそわけ」のサポートをお願いしています。おすそわけHUBのページでご紹介していますので、お応えいただけるととても助かります。
おすそわけHUBのページはこちら
――応援する側としては、応援した後にどうなったか結果がわかるとうれしいですよね。
はい、寄付や物品提供など応援してくださった方には、受け取られた入居者のお礼の声などもできる限りお伝えしたいと考えています。 直接会うのは難しいかもしれませんが、お互いにつながりを感じてもらえるように工夫をしています。
私たちとしても「つながり」を大切にしていきたいと考えています。様々なカタチで応援・支援をよろしくお願いします。
取材まとめ
バックパックを背負って世界を旅していた時に出会ったグラミン銀行の衝撃。その時の想いを持ち続け、ソーシャルの世界に飛び込まれた岡本さん。突然の事業承継の後も新しいカタチでソーシャルビジネスを立ち上げるバイタリティにとても感銘を受けました。
新型コロナを取り巻く環境は少しずつ変わりつつあります。しかし、シングルマザーをはじめとして困窮しやすい方々を取り巻く環境、「負のスパイラルの解決」はこれからも求められます。LivEQuality HUBさんが進める「住まいに焦点を当てた支援のモデル」は名古屋地域はもちろん、全国に広がるかもしれません。
LivEQuality HUBさんの活動に共感されたら、「寄付ページ」あるいは「おすそわけHUB」からぜひ応援してみてください。