もしもこの世に言葉がなければ
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奇崎「もうわれわれはおたがいにうたぐりあって、とりかえしのつかない心になってしまったじゃないですか」―火の鳥 宇宙編
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遠くで犬が吠えて、
新聞配達のバイクがブレーキをかける。
カーテン越しにはオレンジ色の光。
石油ストーブで暖かくなった部屋。
知らない町で知らない彼女と出会った。
喋らない2人。
声を漏らさない様に。
彼女の身体の温み。
彼女が言う様に、
もしもこの世に言葉がなければ。
こんな経験出来ただろうか?
某日
火の鳥は多趣味だ。
飽きやすいとも言える。
そんな中ずっと続けているのが海釣り。
仲間もいる。楽しいから。
だけど1人で行く事もある。
「釣れない時の釣りはまるで哲学の様だ。」
誰かがそんな言葉を残している。
解る。
最中のどうすれば釣れる?という思考は、
とても深い所まで潜る。
また釣りをしながら色々な事を考える。
自問自答。
1人で来ている釣り人は、時にまるで修行僧の様に見える。
極寒の中なら尚更そうだ。
この日、火の鳥は1人の時間が欲しかったんだと思う。
もちろん1匹も釣れていない。
敢えて難しい釣り方をしているという言い訳はやめておこう。
早朝からこの土地に来ていた。
初めて訪れる港町。
始めの疲れが訪れてくるのがこの時間帯。
天気は良好。
火の鳥はコンビニで買ったオニギリを食べ終えると、釣竿を放ったらかし横になる。
自然と目を閉じる。
どれくらい眠っただろう。
とりあえずタバコを1服。
ホットコーヒーでも飲もう。
さっきのコンビニへ向かう。
この釣り場は近くにコンビニがあって良い。
あまり知られていない穴場だ。
缶コーヒーを買う。レジへ。
「108円になります。」
「あっはい、、ちょっと待ってください。あれ財布........」
釣り用の服は無駄にポケットが多い。
いつも何をどこに入れたか、わからなくなってしまう。
必死で各ポケットの中を確かめる。
「ふふふっ笑 急がないでいいですよ。」
笑う彼女。
照れ笑いする火の鳥。
気付かなかった。
コンビニレジにいる店員は若い女性。
そして優しい表情の彼女は素敵だった。
一瞬で魅了された。
「あ、ありました財布。はい110円で。」
「はい笑 」
店の外へ。
戻るか?釣竿も置いたままだ。
いや、行ってみよう。
ダメ元。
いつだってチャンスがあれば行くべきだ。
深呼吸。
店員は彼女1人。
チャンスだ。
「す、すみません。やっぱりさっきのレシート貰っても良いですか?あとボールペン借りたいです。」
「えっ?あっはい。」
その場でLINEのIDを書く。
ぽかんとする彼女。
「あの、今日は釣りしにここに来たんですけど、もし良かったら受け取ってもらえませんか?」
「えっ?」
「急にすみません。。タイプだったので。嫌だったら捨ててくれていいので‼︎」
「えっーと、、わかりました笑」
「じ、じゃあ僕は釣りに戻ります。」
「はい、行ってらっしゃい笑」
店を後にする。
何故か小走りで釣り場に戻る。
ドキドキした。
竿は置いたまま。
一度仕掛けを回収する。
すると知らないお爺さんが話しかけてくる。
「今日は釣れてるかー?」
火の鳥は答える。
「釣れてないけど、なんかいい感じだわ。」
笑うお爺さんと火の鳥。
やっぱり男は阿保で単純だ。
さっきまでの修行の様な釣りは終わり、ニコニコしながら海を見つめる。
「返事返ってきたらいいなー。」
独り言すらつぶやいてしまう始末。
ほら、そしてそんな時に限って釣れるよな。
昼からは爆釣。
本当に釣りは深い。
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「さっきの◯◯です( ^ω^ )釣れてますか?」
もしかしたらガッツポーズをしたかもしれない。
周りから見れば完全にお調子者の釣り師だ。
「釣れたよ^ ^こんなに」
写真付きで返信。
彼女からは2時間後くらいに連絡があった。
いつかU街でやった店員ブーメラン。
その時は10個渡して1つしか返ってこなかった。
今日は運が良い。
「すごいですね≧∇≦」
「釣りだけは自信あるんです‼︎」
釣りそっちのけでLINEのやりとり。
近くで一人暮らしをしている学生。
この土地にしかない特別な学校に通っている。
彼女はアルバイトが終わった後、連絡してきてくれた。
いくつかLINEのやりとりをする。
この後会う事は難しいだろうか?
そう考えていた。
もちろん何度も来れる場所ではないし、彼女が大阪に来るのもいつかわからない。
「この後の予定は^ ^?」
「駅前の本屋に行きます(^O^)/参考書を買いに。」
「俺も釣り終えようと思ってた所^ ^もしその後用事なかったらカフェでも行きませんか?」
既読。そこから返事がない。
ああやっぱり駄目だよなと思い、付け替えるルアーを探していた時にLINEが鳴る。
「お茶くらいなら良いですよ(^^)でもカフェ無いですよ田舎なので笑」
急いで釣り具を片付ける。
隣のお爺さんが「これから時合だそ。」と言うも「用事できたから。」と返す。
車に向かう。
クーラーボックスが重い。
急ぐ。
カーナビで駅までの道を確認。
結構遠い。
彼女はどうやって駅前まで?
信号がやたら長い。
駅に到着すると彼女は用事を終えていた。
少し垢抜けていない服装が逆に可愛い。
火の鳥は釣り人の格好だ。
「お待たせ。さっきファミレスあったから行こうよ。」
「はいっあそこですね。でも私自転車なんです。」
「もう置いておこう。乗って乗って。」
「いやでもファミレスから家遠いので、二手にわかれて行きましょう。」
結局別々にファミレスへ向かう。
少し変わった状況。
先に駐車場についた。
彼女を待つ。
ここで火の鳥は思った。
この後の展開は?
勢いでここまで来たけど、何もイメージできていない。
しっかりゴール地点を定めよう。
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彼女は自転車に乗って、
ちゃんと来てくれた。
ドリンクバーを頼み話しをする。
彼女は22歳。学生。
看護ではなく医者を目指している。
学校の話、友達の話、恋愛の話。
彼氏は今いない。
授業や実習、宿題をこなすだけで精一杯との事だった。
「このファミレス学校の友達も良く来るの。見られたら誰って説明したらいい笑?」
「彼氏にしか見えないだろ笑」
「釣り好きの笑?」
話は弾む。
彼女はよく話をする子だった。
火の鳥は常に聞き役となる。
自分の話は基本聞かれた時にしか話さない。
質問が来たら話す。
自己開示。自分のしてきた事。
自分なりに食いつきをあげるエピソードを。
「すごい。そんな挫折があるから、今があるんだね。」
「そうだよ。幼かった。。あの時ちゃんとしていれば、もしかしたら◯◯になっていた可能性だってあったかも。でもそれじゃあ今日会えてないよ俺と笑」
「ああ、じゃあ私ラッキーなんだね今笑」
少しは食いつきがあるのだろうか?
彼女のコミュニケーション能力が高いだけか?
よくわからない。
もっと知りたい彼女を。
そしてもっと彼女のいい所を見つけたい。
火の鳥は人間に興味がある。
彼女は勉強を頑張っている。
頭も良い。
明るくて人付き合いも得意。
とても素敵だと思う。
でももっと表面的でない所を知りたい。
彼女を深く知る。
人として好きになる。
上手く褒める事は上手いネグと同じくらい、
強い力だと火の鳥は信じている。
見つけよう。
彼女自身ですら気づいていない様な、彼女らしさを。
さあゲームの始まりだ。
考えすぎない事が近道な事はよくある。
ノリがとても重要な事も承知してる。
だけど心から彼女を魅了したい。
そしてされたいんだ。
「映画マニアだねもはや。一番好きな映画は?」
「アーティストって映画。最後まで台詞がないまま終わるの。何回も見てる。」
「面白そう‼︎DVD持ってるの?」
「うん。私の家にあるよ。」
超がつくほどの映画通だった彼女。
家にDVDがたくさんあるとの事。
「見に行こうよ今から。君の家に。」
「いきなり家はちょっと笑」
「まあまあまあまあ笑」
ゲームが前進した一言はなんだったんだろう?
まだ確信は持てていない。
火の鳥は別にイケメンではない。
それでも珍しく刺さっただけなのかもしれない。
だけど解った事がある。
彼女は本当はとても繊細だという事。
そして一生懸命良い子を演じながら、人とコミュニケーションしているという事。
親や周りのプレッシャーに負けない様に。
「本当は誰とも話したくない時がよくあるんだ、、全部投げ出したい時も。。」
「言葉って難しいし、めんどくさい、、もう言葉なんかなかったら良いのに。」
彼女がそう話してくれた時の表情は、
しばらく忘れる事ができないだろう。
「わかった。家行くけど何もしないでよ。本当チャラいな笑」
「それは私のセリフよ笑」
またもや二手にわかれて、
相手宅イン。
アーティストを観賞する。
本当にセリフの無い映画だった。
役者の表情の変化が物を言っていた。
「ねえ。今から君と俺とでゲームしない?」
「どんな?」
「今から2人はこの映画の様に喋ってはいけない。良いと言うまで。」
「いいよ笑 面白そう。」
「言葉を使わず君を口説くよ。」
「何それ笑」
しばらく見つめ合う。
笑ってしまういそうになる2人。
一気に距離を縮める。
彼女の手首を掴み脈を取る、次に首筋。
最後に胸のあたり心臓に手をやる。
びっくりして照れ笑いする彼女。
彼女の心臓はドキドキしていた。
キスをする。
遠くで犬が吠えて、
新聞配達のバイクがブレーキをかける。
カーテン越しにはオレンジ色の光。
石油ストーブで暖かくなった部屋。
知らない町で知らない彼女と出会った。
喋らない2人。
声を漏らさない様に。
彼女の身体の温み。
彼女が言う様に、
もしもこの世に言葉がなければ。
こんな経験出来ただろうか?
「もう喋っていいよ。」
「あの....喋れなかったからあれだけど、私バックあんまり好きじゃないんだよね。」
「えっあっそうか、、ごめんごめん。。」
真の理解者になるのは難しい。
ありがとう
ドキドキできたよ。
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