【#19】Dr.タカバタケと『彼女』の惑星移民【創作大賞2024参加作品】
【本編連載】#19
【6章 マリーゴールド】
SIDE(視点):ヤマバ・ムラ
西暦3223年 地球 ヤマバの回想
1
3220年2月1日。その日の朝、俺は人事部長に呼び出された。
部長は椅子に重そうな体をうずめたまま、いつもの作り物の笑顔ではない本物の笑顔を向け「ヤマバ君。君にAC.TOKYOの学位研究員への招集があったよ」と言った。
「それも首相からの直々のご指名だ」
部長は上機嫌で、「さっそく来月のAC.TOKYO入所式に向けて、今の仕事の引継ぎをして欲しい」と言った。
嬉しそうな笑顔だった。いつも現場の意見を通そうとする俺は、上から見れば厄介者だったのだろう。
あまりにも突然のことで引継ぎに懸念を感じたが、召集の内容を聞く限り俺の夢の一歩であると思った。
俺は部長に召集を全面的に受ける旨を伝え、部屋を出た。膨大な量の引継ぎはあるが、為せば成る。
「ならぬは人の弱さなり」ひとりで呟きながらも、嬉しさがこみあげてきた。
いよいよ俺の使命が始まるんだな。そんな思いが俺の中にあふれていた。
その日のうちに、俺は自らに祝杯を挙げるため、行きつけの店に行き、年代物のワインを開けた。俺はカウンターで1人飲みながら、気持ちのいい酔いに身を任せていた。
「マスター、俺来月からAC.TOKYOの学位研究員になるんだぜー」
「あらー、よかったじゃないー。おめでとう!」
「いよいよ俺が地球を救うときが来た!」
大男のマスターは無精髭の顔をこちらに向け、唇をなめてからこう言った。
「そうねぇ、いつも言ってたわね。でも、そう言えば、いつごろからの夢なの?」
いつ頃? いつだったっけなあ? あれはいくつの時の誓いだったかなあ?
チルドレン時代。
当時の俺は、劣等感の塊だった。
両親のデータのない俺は、周りからは格好の冷やかしの対象だった。くやしさしかなかった。周りの奴らにもムカついていたし、データを残さずチルドレンに入れた両親に対してもムカついていた。
親なんてほとんど会うこともないし、親なんかいなくても人は問題なく育つ。なのに何故こんなつまらないことに振り回されるのか……悔しくて仕方がなかった。
βチルドレンでは、友達を作ることなく、勉強ばかりしていた。その結果、俺はβチルドレンで首席まで上り詰めた。首席になったころには俺をからかう奴は1人もいなくなり、腹が立つこともほとんどなくなっていた。
それでも目の上のタンコブ的な存在、αチルドレンにはムカついていた。それは劣等感からくるものだ。……いや、もしかしたらあこがれているのだろうか?
αの人間には会ったことはない。αチルドレンはごく少数のみで、本物の天才の卵か要人の子供しかいない。政府直下の施設である。もちろん、親のデータがない人間は入ることは不可能だ。そのうえで、要人の子供が多いので、親のデータは開示されていないと聞く。特別の教育と、恵まれた施設で過ごす。両親に愛され、将来を約束された人たちはどんな奴らなのだろうか……
「ねえねえ、いったい何の話なのよー」
マスターの不満そうな声が聞こえた。
どうやら俺の話は、かなり脱線していたようだ。
マスターのリクエストは地球を救う話だったな。
強烈な酔いのせいか、急に体の力が抜け、俺はカウンターに突っ伏した。「ちょっと、ちょっと! お店で寝てもらっては困るわよー。あ、それともお店に泊まっていく♪」
顔をあげると、胸の筋肉ピクピクと動かすマスターが唇を舐める姿が目に入った。
いかんいかん、早く帰らないと。
「大丈夫、大丈夫。マリーンがいるから」
「あら、いっちゃうの? 結局、夢の話、最後まで聞けなかったわね。今度教えてねー!」
「了解。了解」
俺はおぼつかない足で店を出て、上空に待機させていた愛機マリーンを下し、そのままシートに横たわった。
「ヤマバ、帰宅ですね?」
マリーンの優しい声が聞こえる。
「ヤマバ、めでたいことがあったとはいえ、飲みすぎはよくありません。脈拍も多く、呼吸におけるアルコール値も非常に高くなっています。地球を救う方が、自分の身体をいたわらなくてどうするんですか?」
「まあまあ、マリーン。今日くらい許してよ……」
俺はそのまま、マリーンの柔らかいシートと声に包まれながら、自らの記憶の中に入っていった。
#20 👇
6月11日17:00投稿
【語句解説】
(別途記事にしていますが、初回登場語句は本文に注釈してあります)
【1章まとめ読み記事】
【4つのマガジン】
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?