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旬杯リレー小説[起B]→みすてぃさんの[承]→ちよさんの[転]→からのPJ[結]

みんなで繋げる物語「旬杯リレー小説」
いよいよ「平和を願った」物語のフィナーレです。


◎起【B】

作者:PJ

風が吹き抜け、太陽が肌にじりじりと照り付ける。
今年は猛暑になるらしい。
海に行きたいと思った。
輝く海と、その水平線に浮かぶ白く大きな入道雲。
夏がやってくる。
生涯忘れることのない夏が。


◎承

作者:見据茶(みすてぃ)さん

そうあの日、山の向こうにピカッと閃光を見た。
あの人の居る街の方向だ。
海に行くはずだった。
瞬く間に、入道雲より大きい赤くて黒いきのこ雲。
夏がやって来る。
生涯忘れることのない夏が。


◎転

作者:大橋ちよさん

僕は山の向こうの巨大なきのこ雲を見上げた。
あまりの恐ろしい情景に思考が停止する。

火山か?

いや、あっちに火山なんてないはずだ。

僕はポケットからスマホを取り出して、ニュースを調べようとした。
ところが、携帯電話は圏外になっていて一切の通信ができなかった。

しかたないので、海へ行く道から引き返し、僕は民家のある方へと歩いて行った。

家が点在する場所まで来ると、僕は信じがたい光景を目の当たりにした。

山の向こう、広島の市街地の方角にはさっき見た巨大なきのこ雲どんどん大きくなっているところだった。
それはまるで…教科書でみたアレみたいだった。

道に人が出て来て、みんなきのこ雲を見ていた。
人々の服装が何とも奇妙だった。

女性はみなモンペ姿で、男たちもどこか古臭い服装だった。
それに、男はみんな年寄りばかりだ。

「あれは、何です?」

私はすぐ近くにいた女性に話しかけた。

女性は僕の姿を見ると少し驚いたような顔をした。

「さあ…さっき空襲警報が鳴りよったけぇ…」

言いながら女性はあからさまに嫌そうな顔をして僕から離れて行った。

…空襲警報??

嫌な予感がした。僕はスマホを取り出してもう一度確認した。
やはり圏外のままで使えなかった。

「あの…」

僕は別の女性に声をかけた。

「…つかぬことを聞きますが、今日は何年何月何日ですか?」

こちらの女性も怪訝そうな表情をしながらも答えてくれた。

「昭和20年8月6日じゃ。あんた大丈夫かい?」

8月6日…。

その日付を聞いて体中の血液が地面に吸い込まれるような感覚がして、寒気に襲われた。

「顔が真っ青じゃ。頭でも打ったのかい?」

話しかけた女の人が心配して近寄って来た。
その間にも雨雲が頭上に迫って来ているのを僕は見ていた。

その時だった。

突然空から真っ黒な雨が降り注ぎ始めた。

僕は考えるよりも先に叫んでいた。

「みんな!この雨に当たってはいけない!屋内に逃げろ!」

僕の声に反応して、外にいた人々は一斉に走り出した。

自分もどこかに隠れなければと慌てている僕の手を、さっき日付を教えてくれた女性ががっしりとつかんで走り始めた。

「あんた行くとこ無いんじゃろ?」

これが彼女と僕の出会いだった。

◎結

作者:PJ

「あんた行くとこ無いんじゃろ?」
 そう声をかけられた。
 何も考えるタイミングではなかった。とにかく屋根のある場所へ行かなければならなかった。
「こっちじゃ!」
 そう言って女性は僕の手を引いた。
 彼女の進む先には、瓦の上にかやぶきが乗った家があった。
 彼女は木でできた引き戸を力に任せて開けると、そのまま僕を家に引き込んだ。
 呼吸が苦しい。
 走った疲れと、恐怖、驚愕で息が荒れ、僕は膝の上に両手を置いて何度も肩を揺らした。
 隣を見ると、女性は片手で膝に手を付き、もう片方の手で胸を押さえていた。その肩は僕と同じように大きく上下していた。
 地面をたたく雨の音は、きっと雨だけではない何かだ。
 当面の危機を脱出したのかもしれなかったが、問題はこの先にあるのだろう。
「ワシの家じゃけえ」
 女性は、荒い息でそう言った。
 改めて女性を見る。10代後半であろうか? 上半身はえんじ色と白を主体にしたストライプ柄のような着物、下はの縞の入った紺のモンペ。眉毛の手入れもしていない化粧気のない顔に、頭は手ぬぐいのようなもので髪を抑えていた。
 明らかに令和の時代の女性ではなかった。
 息が上がっていて何も答えられない僕に「ああ。ワシはトヨじゃ」と女性は言った。
「トヨさん! ってことは、ひいおば……あ、いや。なんでもない」
「ありゃ一体なんじゃ。今日は家族みんな街の方に行ってるけぇ」
「街って」
「広島の方じゃ」
 ……広島……8月6日……キノコ雲。
 あれが原爆か……。
「ひいお……いやトヨさん。聞きたいことがあるんだ」
「こんな時になんなんじゃ」
「たぶん、これから僕たちは、地獄のような光景を見ることになる」
……
……



 2027年。ムスラ社が開発した、脳のデータ処理。人間の脳のデータを、コンピュータに移す技術。
 その技術を日本も取り入れ、研究を進めていた。民間での使用の前に、政府は法整備と実際の臨床を必要としていた。
 その研究員の僕は「戦争の記憶を忘れていかん」と言う、ひいおばあちゃんの言葉を思い出した。
 ひいおばあちゃんは「それで戦争の悲惨さを伝えられるなら、ええんじゃないかの」と笑顔で協力を承諾してくれた。
 親父は「本当に害はないんだろうな」と僕に何度も確認した。
「百パーセントとは言えない。そしてアメリカでは、記憶の混濁などの症例も出ている」
 僕が正直に告げると「そんなことには承諾できん」と声を荒げた。
 その声を聞いて、ひいおばあちゃんは「みんな先に逝っちまった。息子もなぁ。この老い先短い人生をただ過ごすより、戦争の記憶を残すことが大切じゃ。ワシはそのためなら命をささげても構わん。そうやってワシらは命を繋いできたんじゃ」と95歳とは思えない強い口調で親父をたしなめた。
 そんなふうにして、ひいおばあちゃんは実験に参加してくれた。
 実験はデータ移行自体は無事に終了した。しかし、ひいおばあちゃんは体こそは元気だったが、その記憶は穴抜けのように曖昧になっていた。
 その事実をひいおばあちゃんに告げると「なんかわからんけど、それでええ、それでええ」と嬉しそうな笑顔で僕の手を取った。
 たくさんの苦労を重ねてきたであろうその手は、皮がふわふわでとても温かかった。

『ひいおばあちゃん、僕がひいおばあちゃんの記憶を受け取るから』
 気が付いた時、僕は研究所に被体験者の申し出していた。
 脳内データバーチャル受容。これもデータ移行と同様に、アメリカでは記憶の混濁などの症例が出ていた。
 それでも僕がそれを受けるべきだと思った。ひいおばあちゃんの記憶とその意志。それを受け取るべきだと思った。
 それは先人たちが引き継いできた命を受け取ることだと思った。

 脳内データバーチャル受容実験の日。
 注射器から特殊なナノ受信機が体内に入れられる。実験装置に入るのは受信機を30分ほど体に馴らしてからだ。受信機は脳内の海馬と連結する設計になっている。
 研究室に、この日だけは家族の訪問が許可された。
 もしかしたら、この人格を持った僕との最後の別れになるかもしれなった。

 待合室の中「なんで、あなたがやらなきゃいけなかったのよ」と母さんは泣きながら僕の腕をつかんだ。
「お前に後悔がないのならワシは何も言わん。が、無事に帰ってこい」親父はそう言って、僕の肩を叩いた。
 ひいおばあちゃんが僕の前にやってきて。
「誰だか知らんが、親を泣かせてはいかんぞ」と目を細めた。
「ああ、トヨさん。僕は戦争に行ってくるんだ」
 僕がそう言うと「そうか、そうか。お国のためじゃな。でもな若いの、絶対かえって来るんじゃぞ。親を泣かせちゃなんねぇ」と親父と母さんの背中をさすった。
 僕の目頭に熱いものがこみ上げた。
「うん、ちゃんと帰ってくる。ずっと、みんな一緒だよ」
 そう言って僕たちは4人で抱き合った。
「時間です」という研究員の声に、僕は部屋の出口に向かう。
 部屋を出る前に振り返ると、親父が真っ赤な目で敬礼の格好をしていた。
 僕は笑って、同じように敬礼した。

 最新の機器に囲まれたデータ受容装置。それはMRIのような形だ。
 すべてのメディカルチェックを受け、僕は装置のベッドに横たわった。
「おい、絶対無事に戻って来いよ」と同僚の小池が僕にそう声をかけた。
 僕は「任せろ」と言って、横になったまま敬礼をした。
 部屋のスタッフ全員が、敬礼で僕を見送った。

 夏の強い日差しに目がくらみそうになる。
 耳に刺さる蝉の大合唱。
 柔らかい風が頬を撫で通り抜けていく。
 美しい日本の美しい風景。
 その時『山の向こうにピカッと閃光を見た』

《了》


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
見据茶(みすてぃ)さんの【平和への想いのタスキ】を最後までつなげられていたなら嬉しいです。
そして大橋ちよさん、物語を繋いでいただいてありがとうございました。
ちなみに【8月9日】【長崎】にしてもこの物語はつながります。方言の調整は必要ですが。

今日も平和な日本に【感謝】🙏



【宣伝】

久々に40000字の中編クラスの小説を書いたので宣伝。
これも戦争とリンクする部分があるかな。
創作大賞2023に出品しました。
お時間が許す人は、読んで感想をお願いします~

 僕の名前は、高畠のぶお
 彼女の名前は、安藤スナー
 二〇一二年。小学六年生の夏に僕と彼女が体験した、とても不思議な『命』と『遠い約束』と『別れ』の物語。

小説『世界の約束』より


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