旬杯リレー小説[起B]→みすてぃさんの[承]→ちよさんの[転]→からのPJ[結]
みんなで繋げる物語「旬杯リレー小説」
いよいよ「平和を願った」物語のフィナーレです。
◎起【B】
作者:PJ
◎承
作者:見据茶(みすてぃ)さん
◎転
作者:大橋ちよさん
◎結
作者:PJ
「あんた行くとこ無いんじゃろ?」
そう声をかけられた。
何も考えるタイミングではなかった。とにかく屋根のある場所へ行かなければならなかった。
「こっちじゃ!」
そう言って女性は僕の手を引いた。
彼女の進む先には、瓦の上にかやぶきが乗った家があった。
彼女は木でできた引き戸を力に任せて開けると、そのまま僕を家に引き込んだ。
呼吸が苦しい。
走った疲れと、恐怖、驚愕で息が荒れ、僕は膝の上に両手を置いて何度も肩を揺らした。
隣を見ると、女性は片手で膝に手を付き、もう片方の手で胸を押さえていた。その肩は僕と同じように大きく上下していた。
地面をたたく雨の音は、きっと雨だけではない何かだ。
当面の危機を脱出したのかもしれなかったが、問題はこの先にあるのだろう。
「ワシの家じゃけえ」
女性は、荒い息でそう言った。
改めて女性を見る。10代後半であろうか? 上半身はえんじ色と白を主体にしたストライプ柄のような着物、下はの縞の入った紺のモンペ。眉毛の手入れもしていない化粧気のない顔に、頭は手ぬぐいのようなもので髪を抑えていた。
明らかに令和の時代の女性ではなかった。
息が上がっていて何も答えられない僕に「ああ。ワシはトヨじゃ」と女性は言った。
「トヨさん! ってことは、ひいおば……あ、いや。なんでもない」
「ありゃ一体なんじゃ。今日は家族みんな街の方に行ってるけぇ」
「街って」
「広島の方じゃ」
……広島……8月6日……キノコ雲。
あれが原爆か……。
「ひいお……いやトヨさん。聞きたいことがあるんだ」
「こんな時になんなんじゃ」
「たぶん、これから僕たちは、地獄のような光景を見ることになる」
……
……
2027年。ムスラ社が開発した、脳のデータ処理。人間の脳のデータを、コンピュータに移す技術。
その技術を日本も取り入れ、研究を進めていた。民間での使用の前に、政府は法整備と実際の臨床を必要としていた。
その研究員の僕は「戦争の記憶を忘れていかん」と言う、ひいおばあちゃんの言葉を思い出した。
ひいおばあちゃんは「それで戦争の悲惨さを伝えられるなら、ええんじゃないかの」と笑顔で協力を承諾してくれた。
親父は「本当に害はないんだろうな」と僕に何度も確認した。
「百パーセントとは言えない。そしてアメリカでは、記憶の混濁などの症例も出ている」
僕が正直に告げると「そんなことには承諾できん」と声を荒げた。
その声を聞いて、ひいおばあちゃんは「みんな先に逝っちまった。息子もなぁ。この老い先短い人生をただ過ごすより、戦争の記憶を残すことが大切じゃ。ワシはそのためなら命をささげても構わん。そうやってワシらは命を繋いできたんじゃ」と95歳とは思えない強い口調で親父をたしなめた。
そんなふうにして、ひいおばあちゃんは実験に参加してくれた。
実験はデータ移行自体は無事に終了した。しかし、ひいおばあちゃんは体こそは元気だったが、その記憶は穴抜けのように曖昧になっていた。
その事実をひいおばあちゃんに告げると「なんかわからんけど、それでええ、それでええ」と嬉しそうな笑顔で僕の手を取った。
たくさんの苦労を重ねてきたであろうその手は、皮がふわふわでとても温かかった。
『ひいおばあちゃん、僕がひいおばあちゃんの記憶を受け取るから』
気が付いた時、僕は研究所に被体験者の申し出していた。
脳内データバーチャル受容。これもデータ移行と同様に、アメリカでは記憶の混濁などの症例が出ていた。
それでも僕がそれを受けるべきだと思った。ひいおばあちゃんの記憶とその意志。それを受け取るべきだと思った。
それは先人たちが引き継いできた命を受け取ることだと思った。
脳内データバーチャル受容実験の日。
注射器から特殊なナノ受信機が体内に入れられる。実験装置に入るのは受信機を30分ほど体に馴らしてからだ。受信機は脳内の海馬と連結する設計になっている。
研究室に、この日だけは家族の訪問が許可された。
もしかしたら、この人格を持った僕との最後の別れになるかもしれなった。
待合室の中「なんで、あなたがやらなきゃいけなかったのよ」と母さんは泣きながら僕の腕をつかんだ。
「お前に後悔がないのならワシは何も言わん。が、無事に帰ってこい」親父はそう言って、僕の肩を叩いた。
ひいおばあちゃんが僕の前にやってきて。
「誰だか知らんが、親を泣かせてはいかんぞ」と目を細めた。
「ああ、トヨさん。僕は戦争に行ってくるんだ」
僕がそう言うと「そうか、そうか。お国のためじゃな。でもな若いの、絶対かえって来るんじゃぞ。親を泣かせちゃなんねぇ」と親父と母さんの背中をさすった。
僕の目頭に熱いものがこみ上げた。
「うん、ちゃんと帰ってくる。ずっと、みんな一緒だよ」
そう言って僕たちは4人で抱き合った。
「時間です」という研究員の声に、僕は部屋の出口に向かう。
部屋を出る前に振り返ると、親父が真っ赤な目で敬礼の格好をしていた。
僕は笑って、同じように敬礼した。
最新の機器に囲まれたデータ受容装置。それはMRIのような形だ。
すべてのメディカルチェックを受け、僕は装置のベッドに横たわった。
「おい、絶対無事に戻って来いよ」と同僚の小池が僕にそう声をかけた。
僕は「任せろ」と言って、横になったまま敬礼をした。
部屋のスタッフ全員が、敬礼で僕を見送った。
夏の強い日差しに目がくらみそうになる。
耳に刺さる蝉の大合唱。
柔らかい風が頬を撫で通り抜けていく。
美しい日本の美しい風景。
その時『山の向こうにピカッと閃光を見た』
《了》
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
見据茶(みすてぃ)さんの【平和への想いのタスキ】を最後までつなげられていたなら嬉しいです。
そして大橋ちよさん、物語を繋いでいただいてありがとうございました。
ちなみに【8月9日】【長崎】にしてもこの物語はつながります。方言の調整は必要ですが。
今日も平和な日本に【感謝】🙏
【宣伝】
久々に40000字の中編クラスの小説を書いたので宣伝。
これも戦争とリンクする部分があるかな。
創作大賞2023に出品しました。
お時間が許す人は、読んで感想をお願いします~
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