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旬杯リレー小説【起C】→riraさん【承】海砂糖→しろくまきりんさん【転】float-glass→PJ【結】海涙

起ストーリー【C】/PJ 約1700文字

 遠く立ち昇る真っ白な入道雲。
 7月の太陽をはじくようにきらめく海面。
 白い砂浜にさらさらと静かに打ち寄せる透明な波。
 その波打ち際に、素足のままのキミの後ろ姿が見えた。
 浜辺でボクはキミの名を呼んだが、キミは微動だにせず、その眩い水平線に顔を向けていた。
 波の手前まで行き、ボクもキミと同じように水平線に目を向けた。
 昔、先生が言っていた。
『夏にくっきりと輪郭を持った積乱雲が立ち上るのは、海面が熱され、たくさんの水蒸気を含んだ空気が上昇するからだ』
 あれはもうどれぐらい前のことなのだろう。
 高校生になって短くなったキミのセーラー服のスカートを風が揺らした。キミの白いままの足が見え、ボクはとっさに目をそらす。何か言われるかと思ったけど、キミはさっきまでと同じ姿勢で、背中をピンと伸ばし、真っ直ぐと前を向いたままだった。
 キミの小さな白い素足に、さざ波がささやかに打ち寄せていた。
 かもめの泣き声と、頬を撫でる湿った風、小さく静かな波の音。
 瀬戸内海に浮かぶたくさんの島の中。小さな島の小さな海岸。
 その海辺のひそやかな音の隙間で、キミがボクに何かを言ったような気がした。
 動くことなく真っすぐに地平線に顔を向けているキミを見て、ボクは自分がカモメの鳴き声か何かをキミの声と聞き間違いしただけなのだろうと思った。
 波が少しだけ強くなる。ボクは靴に波がかからないように、そのまま2歩後ろに下がった。
「ねえ、こっちに来てよ」と、波音の隙間に今度は確かにキミの声が聞こえた。
 ボクは慌てて靴と靴下を脱いで、キミの横に向かう。焼けた砂浜から濡れた砂を踏んだ瞬間に「つめた!」と声を出してしまった。キミは一瞬振り向いて、目を細め小さく笑った。
 その寂し気な笑顔に、ボクはキミと一緒に過ごしてきた日々のことを思い出す。いくつものシーンが、フラッシュバックのように脳裏に浮かぶ。
 ボクはキミの横に行きその横顔を盗み見る。その瞳は真っすぐと地平線を見つめていた。
 ボクもキミと同じように真っすぐ水平線を見た。
 ボク達はこれまで何度、こうやって2人何もしゃべらずに、水平線を見つめただろう。
 友達が引っ越しでこの島から出て行った時も、大好きだった先生が転任になった時も、台風でボクの家が半壊になった時も、キミのお父さんが漁で行方不明になった時も。
 ボク達は、その翌日にはこうやって海を見つめた。
 どんな日の後でも、小さなさざ波を立てるだけの穏やかな海は、まるで何もなかったかのように、静かに波を打ち寄せては引いた。
 そして、キミのお母さんがキミを連れて、ここから遠く離れた実家に帰ると決めた今も……。
「ねえ、いま何考えているかあててあげようか?」
 キミはそう言って、ボクの返事を聞かないまま続ける。
「昔の事。それから、私のこと」
 キミはそうやって、いつもボクの考えていることを言い当てる。
「うん」
 ボクがそう返事しても、キミは相変わらずただ真っすぐと水平線を見つめていた。
「ねえ」とキミは右手でまっすぐと水平線を指し「明日の方向ってこっちでいいのかな?」とボクに聞いた。
 キミの横顔は輝く海に照らされ、輪郭が大気に溶けるように白く光っていた。 
 その瞳は指の先にある水平線の、そのまだ先に見ているようだった。
「ああ、うん。たぶん、きっとそうだね」
 ボクは本当はその言葉を否定したかったけど、君の空っぽな目を見ていると、結局そうとしか答えられなかった。
 風が吹きぬけて、キミの肩までの柔らかい髪を揺らす。
 『夏の季節風は南から吹いてくる。冬の北寄りの季節風よりも弱いが、これを南風と言う』
 ボクは先生の言葉を思い出す。キミの髪を揺らすこの風も、遠い南の果てから吹いてきているのだろうか?
 キミはくるりとスカートをひるがえし、ボクの方を向いた。
「ほら、なんて顔してるのよ。ちゃんと見送りには来てよね!」
 そう言って、自分の靴をつかむとそのまま港のほうに走っていった。
 キミの顔にはいつもの笑顔があった。キミの後ろ姿を見送る。その笑顔が強がりなんだとボクは知っていた。
 ボクは再び水平線に目を向ける。あの大きな積乱雲の下では、きっと強烈なスコールが降っているはずだ。
 ボクは7月の目のくらむような太陽の下、キミの笑顔を思い出しながら、ひとり雨に打たれているような気持で立ち尽くしていた。

『海砂糖』【承】riraさん

「海砂糖みたい」

海を見つめながら、彼女がぽつりといった。


白いセーラー服が反射して眩しい。靴も靴下もいつのまにか脱ぎ捨てられていて、透き通る波が白い素足にまとわりついては戻っていくのをぼくはじっと見ていた。

ぼくは黙ったままで、彼女の言葉の続きを促す。


「いつだって海がとなりにいた。
楽しいこともたくさんあった。

悔しい時も、悲しい時も、
誰かを好きになった時も、
いつもこの海だった。
いつも、海が話を聞いてくれた。

この海には私たちや、私たちの知らない誰かの
思い出がたくさん沈んでいるの」


彼女はひたすら砂を蹴りながら、
黙って聞いてるぼくをチラリと見た。
ぼくは手に持っていた飲みかけのサイダーを一口飲む。あっというまに夏の熱を吸い取った生温い気泡が、喉を虚しく流れていった。


「そう考えると、思い出がサラサラと砂糖のように沈んで、溶けているように見えない?

塩は溶け込んでしまうけど、砂糖は混ぜれば混ぜるほどとろみを帯びて重くなっていく。

どんな思い出もね、たくさん混ぜてしまえば、
最後には甘くなるのよ」




「なるほど、ね」

やや強引な彼女の説に、実のところ納得はしてしないのだけれど(だってこの海の塩の量にどれだけの砂糖を投げ込めば甘くなるのか、ぼくには見当もつかない)、彼女が思い出に浸っているその真剣な姿に水を差す気にはなれなかった。きっとぼくも彼女の思い出の一部になるだろうから。




「あった!海砂糖」


彼女は何かを拾うと、小走りでぼくに駆け寄った。手のひらには、半透明のシーグラスが光っている。それは本当に砂糖の塊のようだった。


「ひとつ、あげるね」

そっと差し出された、小さな小さな海砂糖。握れば壊れてしまいそうだ。この中にはぼくの知らない誰かの、大切な思い出が詰まっているのだろうか。


すべすべと心地よい触り心地に、ぼくはこれまで彼女と、そして仲間たちと過ごした時間を思い起こした。空に透かせば向こうに光が見えた。


「これ、舐めたらどうなるかな?」

彼女はクスッと笑った。

「きっと甘いわ」

ぼくはその海砂糖を少しなめてみた。

「あっ、甘い!」

「えっ、ホント⁉︎」

彼女は大きく目を見開いてぼくと海砂糖を交互に見ると、手のひらに持っていた海砂糖をそっとなめる。

「もうっ、ちっとも甘くないじゃない!」

彼女は舌を出して「しょっぱい!」と言いながらぼくの背中を叩く。こうやって笑い合える時間が永遠に続くものだと思っていた。少なくとも昨日までは。

「まだ思い出が足りないんじゃない?」

「そうかもね」


この夏が終われば、
彼女は遠い場所へ引っ越してしまう。

もちろんそれくらいで繋がりが絶たれるとは思わない。だけど、一度日常の延長線から外れてしまえば、ぼくたちがふざけあった日々は置き去りにされ、別々の日常が始まってしまうことくらい、中学生のぼくにもわかることだ。


「海砂糖が甘くなったら、また会おうね」


「そうだね」


果たされない約束などいらない。
曖昧で予測できないくらいが、ぼくらにちょうど良い。こんななんでもない会話さえ、サラサラと海に溶けていく。

この夏、少しでもこの海砂糖が甘くなるように、たくさんの思い出を作ろう。ぼくは手の中の海砂糖にそう決意した。


『float_glass』【転】しろくまきりんさん

「ふっ、」
彼女がちょっと怒ってしょっぱい顔をみせた時のことを思い出して、僕は笑った。

「なんだ?」
「あ、ごめん、なんでもないよ」


彼女が引っ越してしまってから僕の中の思い出のページは進んでいない。
「甘くなるほどの思い出つくれなかったな」

父の営むサーフショップの一角に僕の作品を並べてもらっている。

海砂糖float_glassと作品に名前をつけた。

彼女がくれたシーグラスは、麻の紐で編んだネックレスのペンダントヘッドにして首にかけている。


これを作ったことがきっかけで僕はシーグラスを集めだし、そしてアクセサリーを作り始めた。店の常連さんはよく買ってくれる。最近では父がネット販売もしてくれているおかげで人気も出てきた。

ただ。

この僕のシーグラスはしょっぱいままだ。

「甘くなったらまた会おう」

彼女の持って行ったあのシーグラスは甘くなっただろうか。







「いらっしゃいませ」

店に小さな女の子を連れた若い女性が入ってきた。

「すみません、あの石のアクセサリーを」
「はい、こちらにあります」
「この前、ネットでみて娘がどうしても欲しいっていうもので。ちょっと近くについでがあったので寄ってみました」
「ありがとうございます」

白いサンドレスがよく似合う、色の白い女の子は僕が作ったアクセサリーを嬉しそうに見ていた。

「海砂糖っていうんだよ。海に流れ着いたガラスの破片がね、長い年月を経てこんな風に変わるんだ。」
「かわいい」

「お兄さんの首の、それ、とてもきれい」

「あ、ありがとう、でもこれは売り物じゃないんだ、ごめんね」
「そうなんだ。」

「あ、でも」

そういって僕は僕の首からそれをはずし女の子の首にかけてあげた。

「いいの?」

「うん、気に入ってくれたから、だからあげるよ」

「ありがとう」




女の子は嬉しそうに笑った。
女の子の髪からココナツのような甘い香りがして、

「あ、あの時に似ている」

そう僕は彼女と別れたあの夏の日をまた、思い出していた。


『海涙』【結】PJ


 私が小学生の頃、サーフショップでお兄さんにもらったガラスの付いたネックレス。
 お兄さんは「フロートガラスで作ったペンダント。海砂糖って名前なんだって言っていた。
 私はそのペンダントを家に帰った後、試しにこっそり舐めてみたけど、それは何の味もしなかった。
 高校生になって、それが『float-glass』なんだと知った。

 まさか、夏祭りの日に、ひろきに振られるなんて思ってもみなかった。
「ごめん、今は受験に集中したくって。それに俺東京の大学目指しているんだ。本当に勝手でごめん」
 そう言って私の元を去っていくひろきの後ろ姿を、私はその場に立ち尽くしたままずっと見つめていた。
 お母さんに着せてもらった紺色の浴衣が寂しくて。一人花火を見上げて泣いた。
 その時舐めたfloat-glassはしょっぱかった。多分、私の涙の味だ。これじゃあ『海涙』だなと私は思った。

 花火の日の翌日、私は一人でサーフショップに行った。
 ちゃんと甘い、新しい『海砂糖』が欲しかった。
 店の中で商品を眺めてみたけど、今持っているfloat-glassより気に入るものはなかった。
 店主であろう、アロハを来た白髪のおじいさんに、7年前にここで働いていたお兄さんを知らないか聞いてみたら、「ああ、あいつなら今、海に散歩に行っているよ」と言った。
 私は、お兄さんお礼を言いたいのか、文句を言いたいのかわからなかったけど、もう一度会いたいと思った。新しいfloat-glassを教えてもらうのもいいのかもしれない。

 砂浜に行くと、親子三人連れが歩いていた。おとうさんはあのお兄さんだった。私もいつかあんなふうになれたらいいなあと思った。
 お兄さんに手を振る。
 お兄さんがこっちに気が付いて走ろうとしたら、子供が転んでしまった。
 私は慌てて家族の元に駆け寄った。
 あ兄さんが「お嬢さん、何かあったの」と私に聞いた。
「あ、あの7年前にfloat-glassのネックレスをもらった者です」
 緊張したままそう言うと、お兄さんは腕を組んでしばらく考えてから、思いついたように「ああ、あの時の!」と言って私を指でさし、それから「どいしたの?」と聞いた。
 私はその大げさな動作に少し腹が立った。
「はい、この海砂糖全然甘くないんです」
 私がそう言うと、「そうかぁ。残念だなあ」
 そう言って、ちらりと奥さんの方を見てから「ねぇ、それ貸してもらっていいかな?」と言った。さっきと違って真面目な顔をしていた。
「はい、もともとお兄さんの物ですし」と私がfloat-glassを差し出すと、お兄さんは大切なものを受け取るように両手を出した。私はその真剣な目に緊張して、その手の上に丁寧にfloat-glassを置いた。
 お兄さんはそれを太陽に透かすように空に掲げると、目を細めてゆっくりと光を反射させるように眺めた。その優しい目を見て、太陽がまぶしいのか、それとも懐かしさを感じているのかどっちなんだろう、と私は思った。
 お兄さんは私を方を見ると「変なこと言うけど、これ舐めてみていいかな?」と聞いた。
「いいですよ、なんかしょっぱいですけど」と私は答えた。
「はは、そうかしょっぱかったかあ」とお兄さんは楽しそうに笑った。
 やっぱり少し腹が立った。
 それからお兄さんは奥さんの方を見て、少しだけ躊躇してから、ペロリとfloat-glassを舐めた。
 お兄さんは、かみしめるようなゆっくりとした動作で奥さんの方を向くと「……甘い」とつぶやいた。
 隣で奥さんが「え、私にも貸して!」と言って、float-glassを旦那さんから奪い取り舐めた。
「本当だ、甘い!」
「な!」
 そう言って、二人で笑いあっていた。
「ボクもボクも」と子供が言って、奥さんからfloat-glassを受け取ると、二人の真似をして舐めてから「甘いよ」と言った。
「じゃあ持っててください。もともと貰い物ですし」私がそう言うと。
 あ兄さんと奥さんは二人でありがとうと言った。その顔がとてもうれしそうで、もともとお兄さんの物なのに、なんだかすごくいいことをしたような気分になった。
「その代わり、私に新しいペンダントを選んでください」
 私がそう言うと、お兄さんは「ああ、まだお店に出してない新作があるんだ。一緒に見に行こう!」そう言ってうれしそうに笑った。

《了》



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 僕の名前は、高畠のぶお
 彼女の名前は、安藤スナー
 二〇一二年。小学六年生の夏に僕と彼女が体験した、とても不思議な『命』と『遠い約束』と『別れ』の物語。

小説『世界の約束』より


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