【#10】Dr.タカバタケと『彼女』の惑星移民【創作大賞2024参加作品】
【本編連載】#10
そのあとはすぐに解散となった。初日は顔合わせだけで終了のようだ。口を利くこともなく、それぞれが帰宅の準備をし研究室を出た。
僕が構内を歩いていると、後ろからヤマバさんが声をかけてきた。
「さ! ノボー君。一緒に帰ろう!」
「え!? 僕はこのあと予定が……」
「予定って何?」
「パスタを作る……」
「君、パスタが好きなのか?」
「まあ……」
「俺、ここらでパスタが一番うまい店知ってるぜ?」
「……そうなんですか?」
「お!? 行く?」
「……行きましょう」
「いいねえー」
「酒はいけるの?」
「チルドレンを終了したばかりなので、錠剤だけなら先日やってみましたが……」
「無粋だねえ、あんなものアルコール成分であって酒ではない。よし、俺がうまいワインとうまいパスタを教えてやろう」
「興味があります」
「自動運転で来たのか?」
「いえ、部屋は歩ける場所にしたので」
「よし、じゃあ俺のマリーンにのせてやる」
「マリーンですか?」
「俺が設計したリコウ社唯一の自動運転装置。どんな惑星に行っても絶対適応できるってのがコンセプトさ」
「聞いたことあります、リコウ社最強の頭脳は『ネジの外れた鬼才』だって。ヤマバさんのことだったんですね」
「まあ、みんな好きに言えばいい。俺は好きに生きるから。それより早くいこう」
「……ちょっと、ワクワクしてきました」
ヤマバさんが言う、スーパーマシーン・マリーンの乗り心地は、厳(いか)ついその見た目とは違い、優雅そのものだった。
「ヤマバさん天才ですね」
「ヤマバでいいさ。でも天才と言われるαチルドレンもこうしてみると普通の青年だな」
「αのみんなはずいぶんと偏っているんです。βやγの人たちのほうが、よっぽど人の役に立っているように思いますが」
「天才は理解されないもの。俺のようにな?」
「そうかもですね」
そう言ってから、2人で笑った。
その夜、2人で食べたパスタはとびっきり美味しく、初めて飲んだワインは最高だった。
2人で明け方まで話し続けた。僕はこれまでにない楽しさを感じていた。αチルドレンではこんなことはなかった。
友人になるのには時間も年齢も関係ないのだと思った。他の人とは分け合えないような何かを、この夜、お互いに受け渡しあったように思った。
翌日、僕はアルコールの抜けない、重たい頭を抱えたまま、朝の研究室に向かった。
研究室の前までたどり着くと、やはり昨日と同じように、時空の歪みが感じ取られた。
僕が研究室の扉を開けると、そこにはS・H・Eがいた。どうやら研究室内には『彼女』しかいないようだ。
『彼女』を見ると、なぜだか呼吸が苦しくなった。僕はできるだけ『彼女』から離れて、目を合わせないように椅子に腰かけた。
ウインドスクリーンを透過にし、呼吸を落ち着けるため、深呼吸しながら外の景色を眺めていると「あの」と、突然『彼女』が僕に声をかけてきた。
僕はびっくりして立ち上がり、その勢いで椅子に足を強くぶつけた。膝裏に鈍い痛みを感じながら、僕は声を絞り出した。
「あ、はい……」
「タカバタケさん、大丈夫ですか?」
「あ、はい……たぶん」
『彼女』は柔らかく微笑んでから、「おはようございます」ときれいなジャパニーズで挨拶をした。
その虹色の瞳は、真っすぐと僕の目を見ている。
「お、おはようございます!」
そう言ったとき、僕は限界を感じ、研究室を飛び出て施設Lの外まで走った。
時空の歪みが強すぎたんだろうか、意識が飛んでしまいそうだった。心臓はバクバク脈打っていた。
いったい何なんだ?
指先が震えている。
『彼女』が近くにいる時に、時空の歪みを感じるようだった。
……この不思議な感覚の原因は、やはり『彼女』なのかもしれない……
そう思うと僕は『彼女』に会うのが怖くなった。
研究室に戻ろうか、どうしようかと悩んでいたら、「よう! おはよう!」と、ヤマバの声が聞こえた。
「ヤマバ! おはようございます!」
「きのーは楽しかったなあ」
「はい! 最高でした!」
「また行こう!」
「はい!」
「ところでオタクこんなところで何してんの?」
「あ、いや、ちょっと……」
「?……変な奴」
ヤマバに引きずられるように僕は研究室に戻った。
研究室にはすでにアンジョーも来ていた。アンジョーはオンラインで何かを調べているようだった。
#11 👇
6月2日17:00投稿
【登場人物】
【語句解説】
(別途記事にしていますが、初回登場語句は本文に注釈してあります)
【4つのマガジン】
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