【#27】Dr.タカバタケと『彼女』の惑星移民【創作大賞2024参加作品】
【本編連載】#27
乾杯をした後、僕たちは、日々のことや地球での話をした。3人でマスターの料理を食べながらお酒を飲んでいたら、地球のマスターの店にいるような錯覚に陥った。
研究で遅れていたシーが、今にも扉を開けて入ってくるような気がした。
少しビールのペースが速いのかもしれない。
ヤマバが、ビールを飲みながら「しかし、大統領もワインファンなんだし、もっとワインを優遇すればよかったんだよ」と言った。
「え、そうなの? 私、大統領に会ったことない」とアンジョーが黒オリーブの実を口に放り込みながら返事をした。
「あのおっさんは、ずいぶん変わっているぞ」
ヤマバのその言葉に「あらー、ヤマバ。どんな風なのよ?」と、厨房の中からマスターも話に参加してきた。
「うーん、変としか言えないなあ。しゃべることもマニアックだし。でも俺は好きだな。理由はわかんないけど。なんとなくコシーロ教授やユミさんとも似ている気がする」
ヤマバがそう言うと、「へーそうなんだ」とアンジョーは相槌を打ちながらビールを飲んだ。
お酒の力もあったのかもしれない。僕は思い切ってヤマバに聞いた。
「ヤマバ、僕と大統領と、会うことはできないかなあ」
ヤマバは僕のその突然の言葉に、表情を硬くした。
「ノボー、どうしたんだ急に」
「いや、どうしても大統領と話したいことがあって」
「繋げないこともないが、内容いかんによっては、俺は繋がない」
ヤマバは、ビールを飲みほし、容器を『ドンッ』と置いた。
「だってお前、政府に思うところがあるんだろ?」
「いやそれは……」
「いまさらシーの話をして、恨みごと言ってみろ。お前にとって得することなんかまったくない。ましてやこの星のトップに食って掛かったら……あのおっさんは許してくれるかもしれないけど、周りは黙ってないぞ?」
アンジョーもビールを飲みほして容器を『ドンッ』と置いた。
「ノボー! 駄目よ。駄目よ絶対! そんなことしてもシーは喜ばないわ!」
「ハイお待ち!」
そのタイミングで、マスターがこの店定番の『なすのカプレーゼ』を出してくれた。
みんな黙ってそれを口に運んだ。その味は地球にいるころと変わらず美味しかった。
アンジョー違うんだ。僕は後ろ向きな話をしに行くんじゃない。そろそろ地球に戻るための具体的な話し合いをしないといけないんだ。シーと約束したんだ。必ず帰るって。
2人にそう言いたかった。でもこの話は秘密にしなければならなかった。聞いてしまえば、この星で生きていく2人には重荷にしかならない。
「……まあ」とヤマバが口を開いた。
「まあ、とりあえず会えるかどうかは聞いておく。でも、俺が納得できる理由を聞くまでは話は前に進めないからな」
「……うん」
その重い空気を打ち破るように、マスターが明るい声をあげた。
「ところで、意外と美味しいワイン見つけたんだけど、白と赤どっち開ける?」
「おお!」と言うヤマバの声は、ちょっとだけわざとらしく聞こえた。
僕が「やっぱり赤ワインを飲みたいですね。若い赤も悪くないですし……」とそう言っている最中に「絶対白!」と、アンジョーは僕の声にかぶせるように言った。
マスターはウーンと考えるように腕を組んでから、「よーし、じゃあ両方開けてしまいましょ!」と笑顔を作った。
3人の歓声が重なった。
8つのグラスが4人の前に並ぶ。
まず僕は、白に口をつけた。すっきりとしているけど、コクも酸味もあった。体にしみいるような美味しさだった。
続けて飲んだ赤は、若くてさわやかで、それでいてブドウの果実味が力強く美味しかった。
ヤマバも、アンジョーも「美味い!」「おいしー!」と嬉しそうに声をあげた。
マスターは赤ワインを一口飲み、ワイングラスを持ったまま、静かに口を開いた。
「ノボーさん。エリンセはエリンセで新しく歴史を作り始めているのよ。こうやって作り手も頑張って、一からだけれど美味しいワインづくりに情熱をかけているわ。
私ももちろん、シーさんのこと覚えている。すごくすごく残念よ。でもね、世の中にはどうしようもないこともあるの。
過去は変えることはできない。私も地球は懐かしい。でも、私たちは前に向かって進むしかないの。
もちろん思い出は大切よ。でも今と未来を大切にしないと、シーさんにも失礼よ」
横でヤマバが「そうだ、その通りだ!」とうなずきながら言った。
アンジョーは、少し暗い顔をしていた。シーのこと思い出しているのかもしれない。
マスターの言いたいことは僕にも十分理解できた。
でも……。
#28👇
6月19日17:00投稿
【語句解説】
(別途記事にしていますが、初回登場語句は本文に注釈してあります)
【1章まとめ読み記事】
【4つのマガジン】
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