【#8】Dr.タカバタケと『彼女』の惑星移民【創作大賞2024参加作品】
【本編連載】#8
【3章-2 コシーロ研究室】
SIDE(視点):ノボー・タカバタケ)
西暦3220年3月28日 入所式の日 地球
入所式は、昨日読んだテキストの内容と同じだった。
入所式の後、僕はコシーロ研究室への召集を受けていた。
僕はできることなら、今日は早く帰って、パスタの研究をしたかった。チルドレンを出て一番に思ったことは、好きなものを好きな時に食べられるということだ。
昨日の調べものもパスタのことだった。今日はフレッシュトマトのパスタにしようと考えていた。隠し味に少量のパンを溶かすことで、深みが増すらしい。
コシーロ研究室のある施設Lに踏み込んだ時、僕は違和感を覚えた。
それは朝に感じた不思議な感覚に似ていた。
その違和感は研究室に近づくにつれ、大きくなっていくようだった。
コシーロ研究室に、先ほど感じた奇妙な感覚の原因となる装置があるんだろうか?
角を曲がり、研究室が見えるところまで来ると、長身の男が研究室に入っていくのが見えた。僕は小走りになり、彼に続いた。
部屋の中に入ったときに、僕の中で再び時間の流れが変わった。
そこには、先ほどの白衣の『女性』がいた。
またもや、先ほどの不思議な感覚におちいった。
世界がぐにゃぐりと歪んだ。
誰かが何かを話しているようだったが、言葉は頭に入ってこなかった。
僕の足は今、地面についているのだろうか?
ぐにゃぐにゃと波打つ視界の中、長身の青年が僕に近づいてきているようだった。
僕は突然引っ張られバランスを崩した。視界が戻ると部屋の外にいた。彼に部屋の外に連れ出されたようだった
「君、大丈夫かい? えーっと?」
「あ、ノボーです。ノボー・タカバタケ。αチルドレンから来ました」
小さくはあったけど、声を発することはできるようだ。
「αチルドレンか優秀だな。俺はヤマバだ、ヤマバ・ムラ。学位研究員といっても年齢は28だけど」
「ヤマバさんありがとうございます。すいません装置に慣れてなくて」
「装置? 何のことだ?」
「え、だって研究室の装置で時空が歪んでいるんですよね?」
「ハハハハハ、ノボー君、君は面白いことを言うね。天才なりのジョークかい?」
「え、そうじゃなくて、本当に時空が歪んでいますよ。つまり……」
「まあまあ、ノボー君、落ち着いて。君の天才ぶりは研究室の中で聞かせてもらおう。αチルドレン君」
失礼な人だ。確かにボクの行っていたαチルドレンは、特化した能力を持つ者が多かった。が、それは優秀と言うより、変人たちの集まりだった。
腹を立てる僕を、ヤマバさんは研究室に押し込んだ。
そのとき僕は改めて確信した……装置は作動している。違和感が間違いなく存在する。
でも、装置が動いていると思いさえすれば、そんなものだと腹に落ちた。わかってしまえばなんとかなりそうだった。
研究室の中には僕を除いて5人いた。
教壇の前にいる男性は、ブラウンのくせっ毛と、顔を覆うような髭を蓄えていた。
50歳前半だろうか。筋肉質な長身で、思慮深い青い目が印象的だった。彼がコシーロ教授なのだろう。
うわさでは聞いていたし、ヴィジョンで少しだけ見たことがあった。
その隣にいる女性は助手だろうか。
肩まで届かない艶のある黒い髪と、吸い込まれるような黒い瞳を持つ小柄な女性が、男性の隣でニコニコと柔らかな笑顔で立っていた。
そして先ほど、僕を引っ張ってから押し込んだ、ヤマバ・ムラ氏。長身の逞しい青年。黒くて柔らかそうな髪の下に見える、自信に満ちた目。
ネオジャパニーズらしからぬ堂々としたその風貌。
メカニカルスーツを着るその姿は、研究員と言うよりも、腕利きのエンジニアのように見える。
入口の反対側にある、ウインドスクリーン(※)の近くには、未成年とおぼしき少女が座っている。
そこには美しいブロンドの髪と、珍しい金色の目が見えた。
そして、白衣の女性……。
僕は息が詰まった。
青色と黒色の混ざった、シルクのような長い髪。創造主が与えた、目と鼻と口のバランス。すらりと伸びた手と足。黄金律の背格好。
そして固有の特徴、虹色のガラスの瞳……。
その瞳の色で僕は気が付いた、『彼女』は研究者の間で噂になっている、最新のスーパーAIだ。
各国の政府指導の共同開発により、これまでの規格を超えた一体の人型のスーパーAIが誕生したと聞いていた。それは女性の姿をして虹色の瞳を持っていると。
いずれかの研究機関で活躍すると聞いていたが……まさかこの研究室だったとは……。
「……君! ノボー君!」
ヤマバさんが横から肘で突いてきた。
「おたく、本当に大丈夫?」
「あ、すみません大丈夫です」
「それでは……」と教壇の前の男性が、落ち着いた低い声でしゃべり始めた。
「改めてお互いの共有をしよう。それぞれ『テキスト』を開いてくれ」
#9 👇
5月31日17:00投稿
【語句解説】
(別途記事にしていますが、初回登場語句は本文に注釈してあります)
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