【#53】Dr.タカバタケと『彼女』の惑星移民【創作大賞2024参加作品】
【本編連載】#53
【12章 ゼンのご褒美】
SIDE(視点):ノボー・タカバタケ
西暦3231年3月(新星2年2月)地球
西暦3230年12月25日。僕は『3230年内に地球へ帰る』という、シーとの約束を無事に果たすことができた。
地球への帰還後、僕はシーと一緒に地球上での生活の基盤づくりをした。
基盤づくりは、移民前、僕が誰にも告げず、誰にもばれないように、ずっと密かに準備していたことだ。
生活の基盤を整えた後、僕たちは大気圏内用シップに乗り、世界中の文化遺産を回った。
地球にはいろんな遺産があった。これはまだ人の歴史のないエリンセでは、お目にかかれないものだ。
当時の姿を残しているもの、修繕しつくされたもの、打ち捨てられたもの。様々な遺産があったが、その全てに人の歴史が刻まれていた。
遺産を見ることは、人類のこれまでの歩みを見ることだった。そこには人々の営みと、命の痕跡があった。
遺産巡りの最後に、僕たちは『赤い泪』の最後の地を訪れることにした。
シーは「『赤い泪』の遺跡は、物理的に外界と隔離されている」と言った。
彼らの根城は地下に存在していたようだった。
太陽に焼かれることを望んだ人々は、地表の裏側に宗教的巨大帝国を作り上げていた。
シーは、そのエリアに入るには事前準備が必要だと言った。
僕たちは必要なものをすべて揃えてから、そのエリアに向かった。
生物活動不可とされるエリアの手前でシップを止め、積んできた探査用の自動運転装置をシップから降ろした。
そして、2人で特別防護服を着て、地下帝国の入り口を目指した。
しばらく走ると、自動運転装置から警戒音が鳴り始めた。それは生命活動可能領域の外に出たことを示していた。僕たちはその警戒音を無視し、草も生えていない赤い大地の上を進んだ。
自動運転は、プログラムの座標まで進むと、自動的に止まった。扉を開く前に、僕は特殊防護服のチェックをした。問題はなさそうだったが、念のためシーにチェックしてもらった。
赤い土の大地を、太陽がじりじりと焼いていた。地平線の先まで何の生物のいないその地表には、死んだ兵器の類が今でも打ち捨てられていた。
地下への入り口には、誰かが出入りした跡があった。政府諜報員の事後調査だとシーは言った。
シーに中を見るかと聞いてみたが、シーは首を横に振った。
外側から滅ぼされた文明。内側から滅亡した文明。いくつもの遺跡を見てきたが、それはどれもずっと昔のものだった。自分の時代に滅んだ遺跡を見ることは、僕にも出来そうもなかった。
僕たちは無言で大気圏内用シップまで戻り、放射性物質に汚染されたであろう物をすべてそこに置いて、生物の存在しないそのエリアから離れた。
僕は、やっと理解した。
政府が移民後の渡航を完全に遮断したのは、この事実が明るみになるのを防ぐ為だった。
もし、その隠された事実と、実行者を人々が知った時、人々は政府を許すだろうか?
いや、そうじゃない。自分たちが生き残るために、同胞を捨て、屍の上を歩いたことを知った時、人々はそれを受け入れられるのだろうか?
自分たちが選んだ未来のその裏にある、本当の意味を知った時、新しい星に渡った人々は、それを受け止めることができるのだろうか?
人類は新しく動き出したばかりだ。その繊細な歯車は、ほんのちょっとの衝撃でも、バランスを保つことはできないだろう。
新しい星に渡るとき人々は前に進むと決めた。進歩することを受け入れた。大統領はこれからも、人々を前に進ませるそのために、その事実に蓋をして導き続けるのだろう。
……その罪を一身に受けて。
人々を新しい星に導き、そしてその星での歴史を前に動かすには、そのような選択肢しかなかったんだと思う。
大統領が別れ際、僕に向け「事実を見つめ受け止め、自分自身で未来に進め」と言ったのはきっとこの事だったんだろう。
何かを選びとる時は、何かを捨てるときでもある。
かつての先人たち、大人たちが選択肢の中から決断してきたこと。歴史を知った上で遺産を見るという事は、人々のこれまでの歩みと想いを見つめる行為だった。
ゼン大統領は、あの『世界に向けた宣言』の時、嘘をついていた。それは人々を前に進めるためだった。それが僕にもやっとわかった。
『せめて、一人で背負わないでいて欲しい……』
僕はデッキから『赤い泪』の遺跡の方角に見える夕日を見つめた。その太陽が沈む姿を、大人たちも同じように見つめていたであろうと思い、やりきれない気持ちがこみあげた。それでもそれを受け入れることが、今の僕の役割なんだと思った。
#54 👇
7月14日17:00投稿
【語句解説】
(別途記事にしていますが、初回登場語句は本文に注釈してあります)
【1章まとめ読み記事】
【4つのマガジン】
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