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飯田有抄のショパコン日記39〜コンクールに求められる演奏とは?

ファイナリストの発表から一夜明けました。ここまでの演奏や審査結果を聴き続けてきた中で、わたしたち聴衆の中にも、さまざまな発見や学び、さらには落胆や驚きも起こります。

このコンクールを聴き始める前、私はある意味でナイーヴでした。(この言葉、よく「繊細」といった意味で使われるけど、ここでは「単純」という意味、もっと言うならちょっと「世間知らず」的なニュアンス)。
ショパンコンクールなんだから、だれが一番ショパンの作品を誠実に解釈し、忠実に再現するのかが審査されるのだよね、と。そう思ってました。

ところが、繰り出されるコンテスタントたちの演奏からは、驚くような独自路線、新解釈と言っていいものや、少なくとも私の描いていたショパン像からは遥かに遠い演奏が(むしろそちらのほうが)多くて、とても興味深い反面、すこしショックも受けました。

もちろん、ショパンはサロン文化の華やかなりし19世紀のパリで、プレイエルやエラールといった楽器を演奏し、演奏する場所の規模も、楽器そのものの性能も、現代のそれとはまったく異なる状況の中で音楽を生み出していました。当然、演奏習慣も様式感も異なります。伝統的・歴史的な面を追求するコンクールとしては、2018年に第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクールが開催されたことは皆さんもよくご存知と思います。

こちらのショパン国際コンクールは、100年近い歴史の中で、ショパンの音楽の伝統を継承することを一つの軸としながら、もう一方の軸として、時代に即した形で運営を進め、時代時代を彩るスターピアニストたちも輩出してきました。

伝統の継承とは、決して何かを冷凍保存するように、息の通わないものとすることではなく、絶えず変化をも取り入れながら、人々の営みの中で命あるものとして伝えていくことであるのだと、こうしたコンクールに触れることであらためて実感します。

・・・とはいえ、という驚きがあったんですね。「ショパンなのに、それでいいの・・・?」と。でも、その観点に囚われすぎてしまうと、最終的には何が「正しい/正しくない」と評価・判断する耳でしか、演奏を捉えられなくなってしまいます。

三次予選でノクターンの後半を、猛烈な熱量で高めていったホジャイノフさんの演奏を聴きながら、じゃあそれがもしも、「ノクターンなのに、正しくない」というだけのこととしたら、この目の前で起こっている出来事の凄まじさを、どうするのか。人が、たった一人で、大勢の前で、自分の思うところを曝け出し、全身全霊で表現をしている。その事実をどう捉え、人としてどういった反応をするべきなのか。

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(残念ながらファイナル進出とならなかたホジャイノフさんですが、果敢に独自の解釈を聴かせてくれました)


審査員たちも一人一人がアーティストです。表現者としてステージに立つことを知っている人たち。目の前の奏者のプレゼンテーションに対して、多様な姿勢で共感を寄せたり、是正を願ったりするのだと思います。

これだけのコンクールの中で求められる奏者の力とは、自分のプレゼンテーション力を貫き通せるだけの信念や勇気をいかに強靭に鍛えているか、そしてそれが聴衆とのコミュニケーションとして成立させられるだけのアイディアや工夫が練れているのか、そういったところもあるのかもしれない。たんにショパンの解釈がどうこう、というだけでなくて。そんなことが、じわじわと(ナイーヴだった)私にもわかってきた気がしました。

スペインのガルシア・ガルシアさんの演奏についても同様で、ちょっと驚くようなプレゼンだけれども、彼がどういう信念のもとに音楽しているのか、ショパンの音楽を通じて、どれだけ人に明るい心や楽しさを感じてもらいたいと真剣なのか。そのことを思うと、もはや「正しい/正しくない」的な判断の耳は、持っていていいけど、それだけでもいけない、観点の一つとなっていきます。

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(そのハッピーオーラにはもう負けた!としか言いようのない、ガルシアさん。多くの聴衆を魅了しています)

コンクールはしかし、(反田さんに伺ったお話でも出てきましたが)コンサートではありません。自分全開ファンのため!みたいなステージではもちろんないわけです。一方で、「まちがったらダメ」みたいな学科試験でもない。
全コンテスタントが、審査の目を意識する部分と、自分プレゼン力との、ギリギリの線を真剣に攻めていった結果が、あのステージで展開されている。それが通るか通らないかは、もう審査次第。そんな真剣勝負を、私たちは目の当たりにするからこそ、感動が起こるのですよね。

「コンクールに求められる演奏って何なのだろう」
この答えもまた、決して固定化されるものでなく、おそらく自然と時代とともに変遷していくのでしょう。少なくとも、この2021年の奏者たちの演奏を聴いて気が付くことができたことを、ここに書いてみました。みなさんはどう思いますか?

突き抜けたプレゼン力をもった奏者たちのファイナルステージ、明日からです!


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