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夜道

道端に生えている草が、どうしてもほうれん草に見える。「ほうれん草だ」彼はそう呟くなりその草に駆け寄ると脇目も振らずそれを頬張り始めた。シャクシャクと瑞々しい咀嚼音が鳴り響き、度々うんうんと小さく頷いている。私は声をかけることができずに側に立ち尽くしていたが、その小刻みに揺れるまるまった背中を見つめ続けることに耐えられず、とうとうその場を後にした。この後のことはよく覚えていないのだが、彼とはそれきりだった。今でも、たまに、ほうれん草を目にするとこの夜を思い出してしまう。

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