母のカレーライス
友達以上恋人未満……そのくらいの仲の子が家にいる。二人で一緒に、コンビニで買って来た缶ビールを飲みながら、いつものように話している。彼女は半年前から、別れた元彼との恋愛を引き摺っている。僕は正直、あまりそのことに興味がない。どのような男と付き合おうが、どのような感情で僕に接していようが、知ったことではないからだ。ただ、彼女が僕と一緒に過ごしてくれたらそれでいいと思っている。ただ、ここ半年、彼女と共に過ごしていると、元彼に対する愚痴が多くなったな、と感じるだけだった。与太話を聞きながらでも、愚痴を聞きながらでも、なんなら半年以上前のように惚気話を聞きながらでも、酒の味は変わらない。それならば問題は全くないと思っている。
三本目だったか、四本目だったか……テレビのバラエティ番組を見ながら、そのくらいの本数のビールを飲み干した彼女がふと言った。
「死にたいな」と。
僕はテレビに目を向けたまま、片手にビールの缶を持ったままで
「ふうん」
と相槌を打った。
すると彼女は急に怒り出した。「真剣に死にたい、って言っているのに、その態度はなんなの!? おかしくない!?」と、怒鳴った。僕は、何故そんなに怒るのか不思議で仕方がないと感じた。彼女はさらに「何その顔……何か言ってよ」と続けた。だから僕は答えた。
「死にたいと思う時間と、死のうと思う瞬間は違うし……死にたいと言ってはいても、今死にそうになったら嫌だろ? だから君は死なない。だから安心しているし、ビールの味は変わらない。だからテレビを見ながら聞いていられる」
その言葉を聞くと二秒か三秒ほど呆然とした。しかし、すぐに激昂した。どうしてわかってくれないのか、僕にはわからなかった。しかし、僕は彼女を理解したいと思っていたし、理解して欲しいとも思っていた。このまま誤解されて疎遠になるのは避けたかった。
言いたいことをしっかりと伝えなければならないと思ったので、「ちょっとこっち来てくれる?」と彼女をすぐ隣へ呼び寄せた。不承不承に彼女は来てくれた。なので、すぐさま僕は彼女の首を、力の限り締めた。本当に殺すつもりでいた。たまたま死んでしまったなら、それはそれで良いと思って。しかし、そうはならなかった。彼女が抵抗したからだ。手を離すと彼女は咳き込みながら怒鳴った。
「何するの、いきなり!」
僕は「ほらね」といった顔で答える。
「抵抗しただろ。なら、今はやっぱり死のうと思った瞬間じゃあないんだよ。死にたい死にたいと思っている時はさ、死なないんだよ。多分ね。死にたいと思っている時は、いざ死を前にすると、死ねないんだよ。本当に死ぬのは、今が死ぬ時だ、ってふと感じる時だと思うよ。それ以外は、死なない。だから安心してる。君はまだ死なない。だからさっきテレビとビールを優先した。それだけ」
彼女は泣き出した。どうして泣いているのか、よくわからなかったが、とにかく彼女が泣いているのを見るのは嫌だった。悲しんでいる姿を見ていたくないくらいには、僕は彼女のことが好きだった。自分自身、どうしてさっきのように思ったことをはっきり言ったのかは定かではなかった。しかし、きっとこうだろうという心当たりはあった。
僕は、彼女に、死をしっかりと味わって欲しかったのだと思う。インスタントではなく、久しぶりに食べる母の作ったカレーライスのように。そうしてくれたら、僕はきっと彼女にキスをする。