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意外と少ない“再開”の形
私の初めて管理職としての仕事は、法人が新たに立ち上げた通所リハビリのリハ部門の責任者だった。
それまで病院の循環器病棟の配属であった私は、心不全で何度も入院してくる高齢の患者さんを見て、高齢者の在宅生活をマネジメントすることに興味を持つようになった。
それを上司との面談で伝えると、
「ちょうど来年から通所リハビリを立ち上げるから、そこでリーダーとしてやってみないか?」
と、言われた。
そして立ち上げプロジェクトのために、事務員さんや相談員さんらと話し合い、事業の形はできてきたのだが、肝心の“利用者集め”が詰めきれていなかった。
3月。
オープンまで1か月を切ったが、利用申し込みは伸び悩んでいた。
居宅の事業所などにチラシを配ったり、病院のモニターに映し出したりと、広報はしていたが、やはり“営業回り”は必要なようだ。
この頃から私と相談員さんの小菅さんは、市内の居宅事業所を片っ端から回ることにした。
通所サービスなので、送迎のことを考えると、遠方過ぎる事業所は、その付近の利用者を申し込まれた時に厄介だったのだが、とにかく利用者を増やしたい私たちはそのような事業所にも営業をかけるしかなかった。
ある日、私たちの職場から市内では最も遠い居宅支援事業所に営業で行くことになっていた。
車で30分ほど山手に走ったところにその事業所はあるのだが、その周辺はスーパーや病院はなく、買い物にはバスや車で駅前まで出るしかないようなところだ。
「ここはねぇ、利用者のニーズ高いと思うんですけど、なんせ遠いんですよね」
小菅さんがそう言う。
それは私も感じた。送迎のために片道30分はその周囲に他の利用者がいなければ時間がもったいないだけである。
「ただ、事業所がここだからと言っても、この辺の利用者だけではないですから、いい人を持ってること祈って行きましょう!」
私はずっと病院で勤務していたので、介護保険分野やこの街のことは知識不足であった。
だから、こうして小菅さんにいろいろ教えてもらえるのは、本当にありがたかった。
「でも、岡さんも営業うまいですよね!やっぱPTさんは普段患者さんと接してるから、コミュニケーションが抜群やなと思います」
「笑顔で共感する、と言うのは身についてますから」
私たちはそんな談笑をしながら、居宅の事業所が入る施設へと入った。
入り口に受付があり、そこで要点を伝えるとスタッフを呼び出してくれるシステムになっていた。
小菅さんは慣れた感じで受付のスタッフに話しかける。
「すいません、今度オープンする通所リハビリのご挨拶にうかがいました。居宅の事業所のケアマネさんはいらっしゃいますか?」
受付スタッフは、お待ちくださいと答えて、ケアマネさんに内線をかける。
「1人参りますのでこちらでお待ちください」
すぐに受付スタッフは小菅さんに返した。
お礼を言い、1分もしないうちに1人の女性が現れた。
「お待たせしました。ケアマネジャーの向(むかい)です」
向さんというケアマネさんは、慣れた様子で名刺を私たちに差し出してくれた。
歳は私よりも少し上ぐらいか?なんとなくその人には見覚えがあった。
「初めまして。理学療法士の岡と申します。よろしくお願いします」
私は不慣れな手つきで名刺を取り出し、向さんへ渡す。
名刺を見て、向さんが「んっ?」という顔をした。
「岡さん…◯◯病院の?ひょっとして、“川畑さん”のリハビリをしてた方?」
「“川畑さん”!そうです。担当してました!」
「やっぱり?どこかでお会いしたなぁと思ってて。お名前で思い出しました!」
「失礼ながら、僕もどこかで見たなぁとは思ってたんですよ!」
私たちが知り合いのことに小菅さんは驚いていた。
「知り合いなんですか?」
「そうなんです!私がここのケアマネで初めて担当したケースのリハビリをしてたのが岡さんで。カンファレンスや家屋調査にも全部出て下さって、本当に助かりました」
「あ、“川畑さん”が初めてやったんですか?結構ハードな方でしたけどね」
「そうなんです。その時は人がいなかったみたいで。あ、今日金曜日ですよね?“川畑さん”、1階のデイに来てますよ!会ってあげてください」
「いいんですか?是非!」
そんな流れで、私と小菅さんは向さんの後をついて、施設内へと歩みを進めた。
「すいません、付き合わせて…」
謝る私に、小菅さんは、
「全然いいですよ!僕もこうやって他のデイ見る機会ないですし。“川畑さん”に会うのは退院して以来ですか?」
「そうですよ。僕らもなかなか、退院してから会う人って外来で通う人ぐらいで、デイとか訪問に繋いだら後は会わないですね。あとは再入院とかぐらいしか」
実際、10年以上理学療法士をしていて、退院した人と再入院と外来以外でお会いするのは初めてだった。
向さんが振り向きながら言う。
「川畑さん、すごく元気になりましたよ!よく食べますし。奥さんも『入院した時のこと考えたらウソみたい』って、つい先日も喜んでました」
「僕らも最初はどうなるかと思いましたからね。ICUで僕がリハビリしてる時にも奥さんも『もう無理やね』ってその時は言ってましたから。心筋梗塞が重症で、IABPっていう補助循環装置も繋いで…僕もかなり勉強させてもらいました」
私たち理学療法士はさまざまな疾患の患者さんを担当することで、勉強し知識を深めていく。また、主治医や看護師と話すことでその知識は幅を持つので、川畑さんは私の循環器疾患への理解を深めてくれた方となっている。
「私も依頼を受けたころは、『いろいろ危ない時期を乗り越えて生還した人』って説明受けました。それが今ではデイで長いこと座って、自分で食事も摂ってますから…あ、あそこにいます!」
デイサービスフロアの自動ドアが開くと、ちょうど正面に車いすに座った痩せ型の男性がいる。
「私、声をかけてきますね」
小走りで、向さんはその男性の下へ向かった。
そしてゆっくりその男性の車いすをこちらへ押して来た。
その男性は間違いなく、川畑さんだった。
「川畑さん、わかります?入院中、リハビリしてた岡です!」
「あぁ、久しぶり」
川畑さんは認知症の診断も受けており、物忘れがあった。私のこともあまり覚えていない様子だが、話を合わせてくれているようである。
「退院して、半年ぐらいですかね?お元気ですか?」
「まぁまぁやな。食べるのはしっかり食べてるよ」
「マグロは食べてますか?」
「よぉ知ってるな。マグロ好きなん、言うてたか?」
「病院であんまり食が進まん時に奥さんがマグロのお寿司買って来たら食べてましたからね!バッチリ覚えてますよ!」
それを言うとふふっと笑う川畑さん。
入院中もリアクションは基本的に薄いのだが、たまに出る笑顔がかわいらしかった。
「また僕らもここと同じような施設作ったんで遊びに来てください」
川畑さん経由でケアマネの向さんにも伝わるように営業トークで締めくくり、川畑さんとはここでお別れした。
デイサービスを出て、私は向さんにお礼を言った。
「ありがとうございます。わざわざ会わせていただいて。僕らなかなか退院した方の状態を確認することってないので、すごくありがたかったです」
「こちらこそ。あの時があっての今ですから。それを病院の方に見ていただけたのは本当によかったです!」
「来月から、僕病院じゃなくて、通所リハビリ所属になるので、その視点、大事にしていきます!ついでに利用者さんの紹介もお願いしますね」
「あ、そうか!まぁ川畑さんはちょっとここで慣れたので難しいけど、他の方で良い方がいたら是非お願いします」
病院だけで働いていたら、なかなか出会うことの少ない、退院後の暮らしの中の患者さん…いや、患者さんではなく“その人”。
退院後の回復過程や、生活を見ることは理学療法士として得るものが多いので、是非病院で働く療法士にもそのような機会があればリハビリや病棟生活に活かせることが多いだろう。
私は運良く介護分野に籍を移したことで触れることができたが、このような再開がいろんな人、場所で起こればいいなと思った。
おわり。