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変形性股関節症の人工股関節全置換術後のリハビリ〜症例レポート風に勉強〜
【はじめに】
はじめまして。この記事にお越しいただき、ありがとうございます。
本記事では、変形性股関節症に対する人工股関節全置換術後のリハビリテーションの一症例を取り上げ、術後初期評価と最終評価の結果、さらにはThomas testやOber testといった整形外科的検査の所見も踏まえた考察を行っております。60歳代の女性患者を対象に、可動域の改善や筋力回復の経過、そして残存する軟部組織の拘縮や歩行時の課題について、実践的なリハビリテーションの取り組みとその効果を記録しました。
この症例レポートが、同様の状況にある方々やリハビリテーションに携わる皆様の参考になれば幸いです。どうぞ最後までお付き合いください。
【患者情報】
一般的情報
・患者情報:67歳、女性
・主訴:右股関節の痛み、長距離を歩けなくなり、スーパーに行けなくなった。
・診断名:右変形性股関節症
・手術名:OCMアプローチ
現病歴
約5年ほど前から歩行時に右股関節痛を自覚するようになっていた。近医を受診した際に右変形性股関節症と診断され鎮痛薬で痛みをコントロールしていた。ここ1ヶ月ほど前から歩行時の疼痛が徐々に強くなり、2週間ほど前から普段の日常生活動作でも疼痛が生じるようになり手術目的に当院へ紹介された。術前評価として、手術前日から主治医よりリハビリ依頼があり理学療法の開始となった。術後は当院の人工股関節術後プラグラムに沿って、術後1日目から理学療法開始予定である。
既往歴
・高血圧
・糖尿病
・転倒歴:なし
・手術歴:なし
経過
入院日 術前評価
入院日+1日目 術前評価・リハビリ・指導
入院日+2日目 右人工股関節全置換術(THA)を施行
術後1日目 初回離床
術後2日目 初期理学療法評価・歩行練習開始
術後4日目 病棟内歩行器歩行自立
術後5日目 院内歩行器歩行自立
術後7日目 杖歩行練習開始
術後10日目 病棟内杖歩行自立
術後13日目 院内杖歩行自立
術後14日目 独歩での歩行練習開始
術後16日目 自宅退院
【術前理学療法評価】
疼痛評価(NRS: 0–10)
• 安静時:2/10
• 歩行時:7/10
• 階段昇降時:8/10
関節可動域測定
股関節屈曲 右 75° 左 95°
股関節伸展 右 -10° 左 0°
股関節伸展(膝屈曲位) 右 −15° 左 −5°
股関節内転 右 5° 左 10°
股関節外転 右 25° 左 40°
股関節内旋 右 20° 左 30°
股関節外旋 右 10° 左 30°
膝関節屈曲 右 130° 左 140°
膝関節伸展 右 −5° 左 0°
徒手筋力検査(MMT)
股関節屈曲 右 4 左 5
股関節伸展 右 4 左 4
股関節外転 右 3 左 2 3以上は測定未
股関節内転 右 3 3以上は測定未 左 4
股関節外旋 右 4 左 4
股関節内旋 右 4 左 4
膝関節伸展 右 5 左 5
膝関節屈曲 右 4 左 5
整形外科的検査
右股関節
Thomas test +
Ely test +
Ober test +
歩行観察所見
補助具は杖を使用
全体像
・左上肢で杖を把持した2動作揃え型の歩容である。
・歩幅は狭く歩隔やや広い状態。
・右立脚期が短縮し、体幹は右へ側屈している。
・右遊脚期にて股関節前面部で疼痛を認める。
10m歩行テスト 26秒 33歩
TUG 24秒
【術後初期評価】
疼痛評価(NRS: 0–10)
• 安静時:5/10
• 歩行時:7/10
• 階段昇降時:未評価
関節可動域測定
股関節屈曲 右 55° 左 95°
股関節伸展 右 -15° 左 測定未
股関節伸展(膝屈曲位) 右 −20° 左 測定未
股関節内転 右 0° 左 10°
股関節外転 右 20° 左 40°
股関節内旋 右 15° 左 30°
股関節外旋 右 15° 左 30°
膝関節屈曲 右 130° 左 140°
膝関節伸展 右 −5° 左 0°
徒手筋力検査(MMT)
股関節屈曲 右 2 左 5
股関節伸展 右 2 左 4
股関節外転 右 2 左 2 3以上は測定未
股関節内転 右 2 3以上は測定未 左 4
股関節外旋 右 2 左 4
股関節内旋 右 2 左 4
膝関節伸展 右 3 左 5
膝関節屈曲 右 4 左 5
整形外科的検査
右股関節
Thomas test +
Ely test +
Ober test +
歩行観察と分析(歩行周期に沿って)
本症例の歩行は、疼痛回避による荷重制限、Trendelenburg徴候、歩幅短縮が特徴的である。以下に、歩行周期に基づいた観察結果をまとめる。
2.1 立脚期(Stance Phase)
① 初期接地(Initial Contact)
観察
• 右足の踵接地が不十分で、足底全体または前足部から接地する傾向がある。
• 疼痛回避のため、非患側(左)への重心移動が早まる。
• 歩行補助具(杖・歩行器)への依存が強い。
分析
• 荷重時痛のため、踵接地が不安定。
• 早期に健側へ体重を移動させることで、右股関節への負担を軽減しようとする。
対応策
• 体重移動訓練を行い、患側への荷重を徐々に増やす。
• 踵接地を意識した歩行トレーニング(平行棒内での歩行練習)を実施。
② 荷重応答期(Loading Response)
観察
• 右脚での支持時に骨盤が左側へ過度に傾く(Trendelenburg徴候)。
• 骨盤の前傾が強く、股関節伸展が不十分。
分析
• 中殿筋の筋力低下により、患側の支持が不安定。
• 股関節伸展制限の影響で骨盤が前傾し、代償的にバランスを取る動きがみられる。
対応策
• 中殿筋を強化するため、ヒップアブダクションやクラムシェルエクササイズを実施。
• 骨盤安定性向上のため、片脚立位訓練を導入。
③ 立脚中期(Midstance)
観察
• 右脚の支持が不安定で、早期に健側へ重心移動する。
• Trendelenburg徴候が顕著で、左右のバランスが崩れる。
分析
• 右股関節外転筋の筋力不足により、骨盤の安定性が低下。
• 右脚の支持時間が短縮し、非対称的な歩行となる。
対応策
• 股関節周囲筋(中殿筋・大殿筋)の強化。
• 片脚立位訓練(バランスボール活用)を行い、患側支持力の向上を図る。
④ 立脚後期(Terminal Stance)
観察
• 右股関節の伸展が制限され、歩幅が短縮。
• プッシュオフ(蹴り出し)が不十分で、歩行速度が低下。
分析
• 股関節伸展不足により、歩幅が狭くなり、歩行の効率が低下。
• プッシュオフの低下が歩行速度に影響を与えている。
対応策
• ヒップフレクサーのストレッチを行い、股関節伸展可動域を改善。
• 歩幅を意識したトレッドミル歩行練習を実施。
2.2 遊脚期(Swing Phase)
① 初期遊脚期(Pre-swing)
観察
• 股関節屈曲筋力が低下し、患側の振り出しが遅れる。
• つま先のクリアランスが低下し、つまずきやすい。
分析
• 股関節屈曲筋力不足により、スムーズな振り出しが困難。
• 足関節背屈筋の筋力低下が、つま先の引き上げ不足に影響。
対応策
• レッグレイズやステップアップ運動で股関節屈曲筋を強化。
• 足関節背屈筋トレーニング(セラバンドを用いた運動)を実施。
② 遊脚中期(Mid-swing)
観察
• 膝関節屈曲が不足し、振り出しがスムーズでない。
• つま先が床に接触しやすく、転倒リスクが高い。
分析
• 膝屈曲の不足により、スイングの効率が低下。
対応策
• ヒールタッチ運動やスリング運動で膝屈曲を促す。
③ 遊脚終期(Terminal Swing)
観察
• 前脛骨筋の筋力低下により、つま先の引き上げが不十分。
• 膝伸展が不十分で、接地が不安定。
分析
• 足関節背屈筋の筋力不足が、つまずきのリスクを高めている。
対応策
• チューブを使った足関節背屈強化エクササイズを実施。
3. まとめ
本症例の歩行には、疼痛・股関節可動域制限・筋力低下を背景にしたTrendelenburg徴候や短縮歩行が顕著に見られた。
術後早期の歩行訓練では、以下の点に重点を置く必要がある。
1. 適切な荷重指導(痛みをコントロールしながら荷重を徐々に増加)
2. 股関節周囲筋の強化(特に中殿筋・大殿筋・股関節屈曲筋)
3. バランス能力の向上(片脚立位訓練・骨盤安定化エクササイズ)
4. 歩幅拡大と歩行速度向上の訓練(トレッドミル歩行練習)
【統合と解釈】
67歳女性は、右股関節の痛みにより長距離歩行や日常生活動作に支障をきたしており、約5年前から歩行時の痛みが出現、その後1ヶ月前からは日常動作にも痛みが広がった結果、右変形性股関節症と診断され、OCMアプローチによる人工股関節置換術の適応となりました。術前評価では、右股関節の可動域が著しく低下しており、例えば屈曲は55°に留まり、伸展(膝屈曲位)では-15°~-20°といった数値から、関節面の変形や軟部組織の拘縮が影響していると考えられます。また、徒手筋力検査においては、右側の股関節屈曲、伸展、内旋、外旋および外転の各動作がグレード2と明らかに低下しており、対側に比べて著しい筋力低下が認められます。さらに、Thomas test、Ely test、Ober testがいずれも陽性であったことから、股関節周囲の主要な筋群(腸腰筋、大腿直筋、中殿筋およびITバンド周囲)が短縮・拘縮していることが示唆され、これが関節可動域制限および機能障害に寄与していると解釈されます。
これらの評価所見は、長期間の痛みによる活動制限や不使用による筋萎縮、さらに関節面の変形および軟部組織の短縮が複合的に作用し、右股関節の機能低下をもたらしていると考えられます。痛みがあるために患者は安静を余儀なくされ、これに伴う筋力低下や柔軟性の低下が悪循環を引き起こし、歩行やその他の日常動作に大きな障害をもたらしている状態です。
このため、理学療法士としては、術前からのプレハビリ介入を通じて、既存の筋力低下や柔軟性の制限を改善し、術後の早期回復や脱臼予防につなげることが求められます。具体的には、以下の点に重点を置いたリハビリテーションプログラムの策定が考えられます。
1. 柔軟性の向上
• 股関節屈筋(腸腰筋、大腿直筋)やITバンド周囲のストレッチを実施し、拘縮の改善を図る。
2. 筋力強化
• 特に股関節周囲の中殿筋、大殿筋、腸腰筋などの筋群を段階的に強化し、対側とのバランスを回復することで、安定した歩行や日常動作の獲得を目指す。
3. 機能的動作訓練
• 術前および術後の歩行訓練、車椅子移乗、平行棒内歩行、歩行器や杖を利用した段階的な歩行練習を通じ、機能的自立を促す。
4. 痛み管理とセルフケア指導
• 物理療法や温熱療法などを用いて痛みを軽減し、患者自身が安全に自宅で実施できるセルフストレッチやエクササイズも指導する。
以上の介入を通じ、患者の右股関節における可動域制限、筋力低下、軟部組織の拘縮を改善し、術後の脱臼リスクの低減と機能回復を促進することが期待されます。統合的に見れば、痛みと機能障害の悪循環を断ち切るための包括的なリハビリテーションが、術前から術後まで一貫して行われることが、この症例にとって望ましいと考えられる。
【問題点の抽出】
1. 健康状態
• 痛み(感覚機能)
・右股関節の激しい疼痛があり、これにより運動時や安静時にも不快感を感じている。
2.心身機能・身体構造
• 関節可動域の制限(関節構造および可動性)
・右股関節の屈曲角度が55°と著しく低下し、伸展(膝屈曲位で-15°~-20°)もマイナス値である。
• 筋力低下(筋力機能)
・徒手筋力検査で、右側の股関節周囲の筋力がグレード2と、対側(グレード4~5)に比べ大幅に低下している。
• 軟部組織の拘縮(筋・腱・靭帯の柔軟性)
・Thomas test、Ely test、Ober testが陽性であり、腸腰筋、大腿直筋、及びITバンド周囲の短縮・硬直が認められる。
3. 活動(Activities)
• 歩行・移動能力の制限
・長距離歩行が困難であり、スーパーなどへの外出ができなくなっている。
• 日常生活動作(ADL)の障害
・階段昇降、立ち上がり、座位からの移乗動作など、日常の基本動作に制限が見られる。
4. 参加(Participation)
• 社会的参加および生活の質の低下
・外出や買い物、趣味活動など、社会参加に必要な活動が制限され、生活の質(Quality of Life)が低下している。
• 自立生活の維持の困難
・痛みと機能制限により、自己管理や社会的役割の遂行に支障がある可能性がある。
5. 環境因子(Environmental Factors)
• 支援・補助具の必要性
・歩行や移乗時の安全確保のために、歩行器や杖などの補助具の利用が必要とされる可能性がある。
• 医療・リハビリ環境
・専門の理学療法士によるリハビリテーションプログラムの提供、疼痛管理や動作指導、脱臼予防のための指導が環境因子として挙げられる。
• 家庭環境・社会的サポート
・家族や介護者の理解と協力が、日常生活や自宅での自主トレーニングの遂行において重要となる。
6. 個人因子(Personal Factors)
• 年齢・性別
・67歳の女性であり、加齢による筋力低下や柔軟性の低下が背景にある。
• 生活歴・活動歴
・約5年前から歩行時の痛みを自覚しており、痛みにより活動量が低下しているため、筋力低下や柔軟性の喪失が進行している可能性がある。
• 心理的要因
・長期間の痛みと活動制限によるストレスや、社会参加への不安が影響している可能性がある。
【総合的な問題点の抽出】
本症例は、右股関節の痛みと可動域の著しい低下、そして周囲の筋力低下・軟部組織の拘縮が主たる身体的問題として認められる一方、これらが歩行や基本的な日常動作に支障を来し、社会参加や自立生活の質を低下させています。さらに、補助具や専門のリハビリテーション環境の提供が必要であり、患者自身の加齢や生活歴、心理的負担も問題の背景にあると考えられます。これらの要素を総合的に把握することで、リハビリテーションプランを立案していく。
【治療プログラムの立案】
【目的】
1. 術前に:
• 痛みや可動域制限、筋力低下の程度を評価。術後の早期回復のための基礎体力と柔軟性を向上する。
• 脱臼予防のための正しい動作パターンと、術後のリハビリの流れや概要を説明する。
2. 術後に:
• 早期離床および安全な歩行の獲得。
• 関節可動域、筋力、バランスの回復を段階的に促進し、日常生活動作への復帰を目指す。
• 脱臼リスクのある動作(深屈曲、内転・内旋)を避けた安全な動作習得。
【プログラム期間】
• 術前:手術予定日までの日程
• 術後急性期:手術翌日~術後2週間(入院中)
→急性期病院では概ねこの期間内で介入。
• 術後回復期:退院後~術後3~6週間
• 自宅自主トレ:術後6週間以降、継続的なリハビリ指導(外来や自宅トレーニング)
【全体プログラム概要】
目的
1. 術前
• 現状の痛み、可動域制限、筋力低下、軟部組織の拘縮を改善または維持し、術後早期回復のための基礎体力と柔軟性を確保する。
• 正しい動作パターンと脱臼予防のための教育を行う。
2. 術後急性期(入院中:手術翌日~1週間)
• 早期離床を促し、血行改善・筋萎縮防止、深部静脈血栓症の予防。
• 軽い関節可動域訓練と呼吸、末梢血行促進運動を実施。
3. 術後回復期(退院後~3~6週間)
• 筋力、柔軟性、バランス、神経筋協調の再構築を図る。
• 日常動作(移乗、立位、歩行)の再獲得。
• 脱臼リスクのある動作を避けながら安全な動作パターンを習得。
4. 自宅自主トレ(術後6週間以降)
• 継続的な筋力強化、柔軟性維持、バランス訓練。
• 日常生活動作のさらなる安定化と職場・趣味活動への復帰を目指す。
【具体的なプログラム例】
Ⅰ.術前リハビリ(プレハビリ)【期間:手術予定の2〜4週間前】
頻度:週3回(1回あたり60分程度)
1. ウォームアップ(10分)
• 軽い有酸素運動(室内ウォーキング、エアロバイク、または軽いストレッチング)
• 目的:血流促進、筋肉の温度上昇
2. 柔軟性向上ストレッチ(15分)
• 仰向けでの両膝抱え込みストレッチ(腸腰筋、大腿直筋の緩和)
• サイドレッグストレッチ(中殿筋、外転筋の伸展)
• ITバンドストレッチ(Oberテスト陽性に対応)
• 各ストレッチは5~10秒×各3セット(無理なく行う)
3. 筋力強化(20分)
• 等尺性収縮運動:痛みの出ない範囲で、股関節周囲(中殿筋、大殿筋、腸腰筋)の収縮を数秒間維持(10回×2セット)
• ゴムバンドを用いたレジスタンス運動:
• 股関節の外転、内転(各10回×2セット)
• 屈曲、伸展運動(軽負荷で10回×2セット)
• 目的:筋力の維持・向上
4. 神経筋協調訓練・姿勢指導(15分)
• 座位または立位での体幹の安定性訓練(バランスボードや安定した椅子を利用)
• 正しい立位姿勢、歩行動作の模倣とフィードバック(鏡を利用すると効果的)
• 脱臼予防のため、避けるべき動作(深屈曲、内転、内旋)の注意指導
Ⅱ.術後急性期リハビリ(入院中)【期間:手術翌日~術後1週間】
主な目標:早期離床・血流促進・疼痛管理
1. 早期モビライゼーション(手術翌日~2日目)
• 椅子や車椅子を利用して、端末動作(手首、足首の屈伸運動)を実施
• 軽い呼吸体操、全身の血行促進運動
2. 関節可動域訓練(術後2〜3日目)
• 無理のない範囲で、受動的な股関節の伸展・屈曲訓練
• 患側を固定しながら対側の動作を促す、非負荷でのストレッチング
• 注意:脱臼リスクを避けるため、90度以上の深い屈曲、内転、内旋は控える
3. 歩行訓練(術後3〜7日目)
• 補助具(歩行器、杖)を使用し、院内での短距離歩行練習
• 正しい歩行パターンの確認(ゆっくりとしたペース、均等な体重移動)
• 必要に応じた疼痛管理(鎮痛剤、アイシング)
Ⅲ.術後回復期リハビリ(退院後~3〜6週間)
主な目標:筋力、柔軟性、バランス、神経筋協調の再構築
1. ウォームアップ(10分)
• 軽い有酸素運動
2. 関節可動域訓練(15分)
• 受動的・能動的ストレッチング:痛みのない範囲で股関節の屈曲、伸展、外旋、内旋を段階的に広げる
• 注意:脱臼リスクのある動作(過屈曲、内転・内旋)は制限し、段階的に伸展範囲を広げる
3. 筋力強化訓練(20分)
• ゴムバンドや軽いダンベルを用いたレジスタンストレーニング
• 股関節外転、内転、屈曲、伸展各種(各10〜15回×2〜3セット)
• 対側とのバランスを考慮しながら、体幹トレーニング(プランク、バランスボードを利用した訓練)
4. バランス訓練(10分)
• 立位での片足立ち、体重移動訓練
• 膝歩行や、四つ這いからの立ち上がり練習
• 安定性向上を目的とした、視覚・触覚を利用したバランス訓練
5. 歩行訓練・機能的動作訓練(10分)
• 補助具を徐々に外しての平地歩行練習
• 階段昇降の模擬訓練(安全確保のため手すり使用)
• 日常生活動作(椅子への座り、立ち上がり、ベッドからの移乗)の動作練習
Ⅳ.自宅自主トレーニング(術後6週間以降)
目標:
• 継続的な筋力・柔軟性・バランスの向上
• 日常生活動作の安定化
• 長期的な再発予防と脱臼リスクの管理
内容:
• 毎日10〜20分のストレッチと軽い筋力トレーニング(前記のエクササイズの自宅版)
• 定期的な外来での評価と指導(2〜4週間に1回)
• 歩行や日常動作の自己評価と、痛み・疲労感のモニタリング
【補足・指導ポイント】
• 疼痛管理:各フェーズで痛みの程度に応じた休息と、温熱療法・冷却療法を適宜併用。
• 脱臼予防指導:特に術後初期は、深屈曲、内転、内旋など脱臼リスクの高い動作の回避を徹底。
• 個別調整:進行度、体力、疼痛レベルに合わせた運動強度やセット数の調整を随時行い、患者本人とのコミュニケーションを密にする。
• セルフケア教育:正しい姿勢、歩行、起き上がり動作の家庭内での反復練習を指導し、家族や介護者への説明も実施する。
まとめ
この治療プログラムは、術前のプレハビリで基礎体力・柔軟性を向上させ、術後急性期には早期離床と軽度の可動域訓練で血流促進・筋萎縮防止、回復期には筋力、柔軟性、バランス、神経筋協調を段階的に再構築し、自宅での自主トレーニングを継続することにより、最終的に安全かつ効率的に日常生活動作への復帰と、脱臼リスクの低減を目指すものです。
以上が、具体的な治療プログラムの一例となります。患者さんの状態や経過に応じ、プログラム内容や進度を柔軟に調整することが重要です。
【退院前最終評価】
疼痛評価(NRS: 0–10)
• 安静時:0/10
• 歩行時:2/10
• 階段昇降時 : 3/10
関節可動域測定
股関節屈曲 右 90° 左 95°
股関節伸展 右 -5° 左 0°
股関節伸展(膝屈曲位) 右 −10° 左 −5°
股関節内転 右 10° 左 10°
股関節外転 右 35° 左 40°
股関節内旋 右 25° 左 30°
股関節外旋 右 35° 左 30°
膝関節屈曲 右 135° 左 140°
膝関節伸展 右 −5° 左 0°
術後初期評価/術後最終評価
右股関節屈曲 55°/90°
右股関節伸展 −15°/-5°
右股関節伸展(膝屈曲位) −20°/-10°
右股関節内転 0°/10°
右股関節外転 20°/35°
右股関節内旋 15°/25°
右股関節外旋 15°/35°
徒手筋力検査(MMT)
股関節屈曲 右 4 左 5
股関節伸展 右 4 左 4
股関節外転 右 3 左 4
股関節内転 右 3 左 4
股関節外旋 右 4 左 4
股関節内旋 右 4 左 4
膝関節伸展 右 5 左 5
膝関節屈曲 右 4 左 5
術後初期評価/術後最終評価
右股関節屈曲 2/4
右股関節伸展 2/4
右股関節外転 2/3
右股関節内転 2/3
右股関節外旋 2/4
右股関節内旋 2/4
右膝関節伸展 3/5
右膝関節屈曲 4/4
整形外科的検査
右股関節
Thomas test +
Ely test +
Ober test +
歩行観察・検査
【考察】
本症例では、術後のリハビリテーションを通じて股関節の可動域および筋力の改善が認められた。特に、股関節屈曲(55°→90°)、外転(20°→35°)、内旋(15°→25°)、外旋(15°→35°)の向上が確認され、日常生活動作(ADL)や歩行能力の向上に寄与したと考えられる。また、筋力についても、股関節屈曲・伸展・外旋(2→4)、外転・内転(2→3)と全体的に向上し、特に股関節伸展筋群の回復(2→4)は立位や歩行の安定性に貢献したと推察される。
一方で、ThomasテストおよびOberテストは依然として陽性であり、股関節屈曲拘縮や腸腰筋・大腿筋膜張筋の短縮が残存していることが示唆される。これにより、股関節伸展制限が生じ、歩行時の骨盤前傾や代償動作が残る可能性がある。実際に、股関節伸展角度の改善はみられたものの(−15°→−5°)、完全な伸展獲得には至らなかった。このため、引き続き腸腰筋および大腿筋膜張筋のストレッチを重点的に行い、より適切な歩行パターンの獲得を目指す必要がある。
また、膝関節伸展筋力(3/5)の改善が不十分であり、歩行時の膝伸展制御に課題を残している。この点については、大腿四頭筋の強化を進めるとともに、股関節伸展制限の改善が膝伸展の代償動作軽減にもつながる可能性があるため、両者を並行して介入する必要がある。
リハビリテーションの意義と今後の課題
今回のリハビリテーションでは、術前からの可動域制限や筋力低下を考慮しつつ、適切な可動域訓練や筋力強化、歩行練習を進めることで機能回復が得られた。しかし、ThomasテストおよびOberテストの陽性が示すように、股関節周囲の軟部組織の拘縮が依然として残存し、歩行動作や姿勢制御に影響を及ぼしている。
今後の課題として、
1. 腸腰筋・大腿筋膜張筋のストレッチを継続し、股関節伸展可動域をさらに改善する
2. 大腿四頭筋および股関節伸展筋群の筋力強化を継続し、膝伸展・立位安定性を向上させる
3. 歩行動作分析を行い、代償動作の軽減とより適切な歩行パターンの獲得を目指す
といった点が挙げられる。
また、補助具を使用しながらの歩行自立が求められる段階であり、今後は屋外歩行や長距離歩行への適応を目指す必要がある。そのため、バランス訓練や耐久性向上を目的とした有酸素運動の導入も検討すべきである。
総合的に、本症例では術後リハビリテーションにより歩行機能・ADL能力の向上が得られたが、さらなる機能向上を目指すには、軟部組織の柔軟性向上、筋力強化、歩行パターンの最適化を継続的に進めることが重要である。術後リハビリの効果を最大化するためには、自宅での自主トレーニング指導や、日常生活での姿勢・動作の工夫を含めた包括的なアプローチが求められる。