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町の子、山の子
カラスって、どこででも会う。日々日常では近所で会う。そんな時は気持ちも「ご近所さん」に会ったような感覚でいる。どこの誰かは知らないけど近所のカラス、多分。くらいの認識。
夕方に山に向かうカラスの群れを見る日もある。どこから来たかは知らないけれど、方々から山の方角へ各々向かってゆくやつだ。そんな時は「山で行われるイベントに参加するんだな」って感覚で見ている。色んな町から代表で或いは有志で。完全にお前さん遅れてるよ、ってカラスを見てると、「気が進まないのかな」と心配にもなる。
先日山の中で会ったカラスは、反対車線側に突如現れた。想像力をお借りすれば、私の左側は道が途切れ、覗き込めば川があるような道、右側は斜面となっておりいわゆる山だ。松の樹がよく伸びた森が広がっている。そしてこの車線と反対車線があり、その反対車線側、こちらを背にするようにして斜面をじっと眺めていた。心なしか重心は背中側。その姿はさながら「美術館で絵を眺めるお父さん」だった。さすがに羽根を後ろで組んだりはしていなかったけれど。
* * * * *
今日はふもとの町から友達が来る。町での暮らしが合わなくて、山で静かに暮らそうと決めた時、一つも咎めもせず応援してくれた古い友人だ。
彼と過ごした町の生活が嫌になったわけじゃない、ただ疲れてしまったんだ、ぼくはあの頃逃げだしたくて彼にひどい言葉をたくさん投げつけた。まるで全てを否定するみたいに。過去も未来も、自分もそれ以外もだ。それは勿論彼を否定することでもあったし、ぼくと彼とのつながりすら否定することだったよね、なのに彼は何も言わずに聞いていてくれたんだ。
山に来てから、それらの言葉を全部拾い集めて押し入れにしまっておきたいほど、ぼくは考え方が変わった。世の中のすべてが美しく、自分や自分に関わってくれたものすべてが震えるほど大切だと感じられるようになったんだ。伝えたい気持ちがある一方、このままそっと生きていこうという気持ちが大きくて、町の皆の記憶から自分から消えていこうと思ってた。
そんな矢先、彼から「久々に会わないか」と連絡がくる。ぼくは心臓がこぼれ落ちそうだった、なんで今更ぼくに会おうと思うんだろうと。その気持ちを探っていても仕方がない、断る理由がどこにあるだろう。すぐに身の周りを整え始めたよ、誰だってそこがどこだろうと、充実して暮らしていることを見せたいものだろう?ぼくにもその気持ちが働いたんだ。
だからね、ぼくがこの森で一番すきな場所を案内しようと思って、その場所に立ってみたんだ。彼を案内する時は「ここに」立って見てもらおうと、その時彼がなんて言うのかも含めて想像しながら。
ひとりになったつもりなのに、ぼくにはまだ友達がいた。彼はぼくの場所にやって来てこの景色を見る。その奇跡がもうすぐ起こる。