2. 統合失調症または他の一次性精神症群(Schizophrenia or other primary psychotic disorders)

この note では ICD-11 の精神科領域の解説を行っています。
本日は 統合失調症または他の一次性精神症群(Schizophrenia or other primary psychotic disorders)を扱います。

2. 統合失調症または他の一次性精神症群(Schizophrenia or other primary psychotic disorders)

①統合失調症および他の一次性精神症群は、持続する幻覚、持続する妄想などの陽性症状、解体した思考(典型的には解体した発話として現れる)、ひどく解体した行動、被影響体験、させられ体験、陰性症状(感情鈍麻や無為)、精神運動性の障害などを呈する、現実検討能力の重大な欠如および行動の変化で特徴付けられる。②これらの症状は文化的に許容される程度を逸脱している。③これらの症状は他の精神および行動の障害(気分症群、せん妄、物質使用による精神症など)によるものではない。④このグループの病名は、文化的に許容されている考えや振舞いを分類するのに用いるべきではない。

補足:①原文は陽性症状に disorganized thinking などを含めるようにも読める。② frequency and intensity は無視した。精神症症状の frequency というのは我々の感覚に馴染まない。④は、内容的には②の裏のようなことを述べている。expression まで訳すと「考えや振舞いの表現」などになりかねないが、重たい。ideas と beliefs について、前者はいわゆるイデア(哲学的、抽象的な観念)で後者はより具体的な思考内容という意味合いがあるが、ここで訳し分ける意味はない。

この群には、主に以下のものが含まれる。

・6A20 統合失調症(Schizophrenia)
・6A21 統合失調感情症(Schizoaffective disorder)
・6A22 統合失調型症(Schizotypal disorder)
・6A23 急性一過性精神症(Acute and transient psychotic disorder)
・6A24 妄想症(Delusional disorder)


6A20 統合失調症(Schizophrenia)

①統合失調症は、思考(妄想、解体した思考)、知覚(幻覚)、自我の体験の障害(させられ体験)、認知(注意の障害、言語記憶、社会認知)、自発性(意欲の低下)、感情(感情表出の平板化)、行動(奇異あるいは無目的で突飛なものや、感情的に不適切なもの。これらによって行動のまとまりが損なわれる)など多数の症状によって特徴付けられる。②緊張病を含む精神運動性の障害もみられることがある。③中核症状と見做されるのは、持続する妄想、持続する幻覚、解体した思考、自我の体験の障害である。④症状は少なくとも 1 ヶ月間持続している。⑤症状は、脳腫瘍などの身体疾患や、ステロイドなどの精神作用物質や、アルコールなどの離脱によるものではない。

補足:① disorganisation in the form of thought を「思考の形式のまとまりのなさ」と訳すのは気が引ける。解体した思考とした。させられ体験も同様。social cognition は意味がはっきりしない。inappropriate emotional responses は不適切な感情的な応答とも読めるが、ここでは「行動」の例として括弧に含められているため、上記のように訳した。disturbances in multiple mental modalities もそのまま訳すと重たくなる。③ thought disorder を「思考の障害」などと直訳してしまえば、思考形式の障害と妄想との区別がなくなる。ここは解体した思考と訳すべきである。⑤ manifestation(表現)もいちいち訳さなかった。


6A21 統合失調感情症(Schizoaffective disorder)

①統合失調感情症は統合失調症と気分エピソード(躁、混合、中等度あるいは重度の抑うつエピソード)の両方の診断が同時期に満たされるエピソード性の疾患である。両者の症状は同時あるいは数日以内のずれで認められる。②統合失調症に際立った症状(妄想、幻覚、解体した思考、自我の体験の障害)が、典型的な中等症あるいは重症の抑うつエピソードや躁病エピソード、混合エピソードに付随する。③緊張病を含む精神運動性の障害もみられることがある。④症状は1ヶ月以上持続する。⑤症状は、脳腫瘍などの身体疾患や、ステロイドなどの精神作用物質や、アルコールなどの離脱によるものではない。

補足:①軽躁エピソードを除く他、軽度の抑うつエピソードも含めない考えがはっきり読み取れる原文であるので、それを尊重している。② prominent は「際立った」と訳すしかなかった。原文では、気分エピソードの症状について括弧をつけて列挙しているが、気分症群の内容と重複するので無視した。DSM-5 では統合失調感情障害はエピソード性の疾患ではない(一度統合失調感情障害と診断されたら、統合失調症には戻らない)ので、その違いが①で強調されている。


6A22 統合失調型症(Schizotypal disorder)

①統合失調型症は行動、外見、発話の異質さの、少なくとも数年間持続するパターンにより特徴付けられるものである。これに認知あるいは知覚の変容、通常でない考え方、人間関係(大抵、少ないが)における不快感を伴うものである。②症状には喜びまたは快楽の欠如や、制限され不適切な感情もありうる。③妄想様観念、関係念慮、幻覚など他の精神症症状を認めることもあるが、強度および持続期間の点で統合失調症、統合失調感情症、妄想症の診断には十分ではない。④症状は個人、家庭、社会、学業、職業、あるいは他の重要な領域での機能障害を引き起こす。

補足:① distortions は「ねじれ」が原義だが、文脈から「変容」と訳した。錯覚や幻覚ではないが、意味付けが奇異であることが統合失調型症の知覚異常の特徴である。妄想知覚に近いが、完全には現実検討を損なってはおらず、やはり統合失調症とは区別される。③ intensity は強度と訳すしかなかった。ICD-10 や DSM-5 での Schizotypal personality disorder に該当する概念ではあるが、personality は名称から落ちている。ICD-11 はパーソナリティ障害を分類していない。


6A23 急性一過性精神症(Acute and transient psychotic disorder)

①急性一過性精神症は精神症症状の急速な出現(前駆症状を伴わず、発症から最重度の状態に至るまでが 2 週間以内)によって特徴付けられる。②症状には幻覚、妄想、解体した思考、錯乱、感情の動揺も含む。③緊張病様の精神運動性の障害もありうる。④典型的には症状の性質も強度も素早く変動し、日毎、あるいは日内で変動する。⑤この疾患は定義上 3 ヶ月以上は続かないが、多くは数日から1ヶ月で終息する。⑥症状は、脳腫瘍などの身体疾患や、ステロイドなどの精神作用物質や、アルコールなどの離脱によるものではない。

補足:② perplexity「当惑」、confusion「錯乱」、disturbances「動揺」とした。精神症候学の用語として頻用されるとは言い難い。(confusion はかつて頻用され過ぎて意味が定まらなくなったという歴史がある。)③ psychomotor disturbances こちらは「動揺」とするとおかしい。⑤「定義上」の語は強調のため筆者が加えた。これを超えれば統合失調症と診断し、再発予防のための治療方針などを変えなければならないからである。


6A24 妄想症(Delusional disorder)

①妄想症は単一の、あるいは複数の妄想が出現し、典型的には 3 ヶ月以上持続することによって特徴付けられる。気分エピソードは伴っておらず、②妄想は大抵固定した内容である。しかし、妄想は経過中に発展することがある。③他の統合失調症の症状(明瞭で持続する幻聴、陰性症状、解体した思考、自我の体験の障害)は認められないが、内容的に妄想に関連した種々の知覚異常(幻覚や錯覚、人物に関する失見当識)などがあっても妄想症の診断は許容される。④妄想と直接に関連した活動や態度を除けば、感情、発話、行動は普通は影響されない。⑤症状は、脳腫瘍などの身体疾患や、ステロイドなどの精神作用物質や、アルコールなどの離脱によるものではない。

解説:① at least とか and often much longer は飛ばしても意味が通じる。気分エピソードについても個別に記載はしなかった。②妄想の evolve(発展)とは、妄想の内容が徐々に拡がっていくことで、例えば最初は「暴力団に狙われる」だったのが、「すれ違う人達に狙われる」となり、「この世全員に狙われる」と対象を拡大していく様子を指す。③ disturbances はここでは「異常」と訳した。もちろん disturbance の辞書的な意味は「妨害」だが、それで済む箇所は一つもない。④ unaffected は「障害されない」とか「正常に保たれる」の方が日本語としては美しい。

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