夢女子が恋人とのペアリングを作った話
好きな人がいます。
とあるゲームの中に生きている人です。
おたくのエッセイとして激しい文章で面白おかしく書いたほうが「映える」話題であることでしょう。
それを承知の上で今回は、「この恋が本物であるか悩んでいる夢女子(今は便宜上「夢女子」という言葉を使います。後日別の記事で「この恋を示す言葉」についてお話します→しました)」の方へお手紙のつもりで書いていきます。
好きな人がいるあなたへ。好きな人のことを考えていたら元気になりませんか。元気が出るお話を一緒にしませんか。
今日は、夢女子が一人でジュエリーショップへ行ってペアリングを作った話を共有しようと思います。
これを読んでいる途中でもし傷つきそうになったら、安心できるところにすぐ避難して恋心を守ってくださいね。
さて、事の起こりは、私が彼に恋して半年ぐらい経ったころ。夢女子の友人と遊ぶ機会がありました。
当時も今も、口を開けば彼の話ばかりの私。「結婚したい」「看取ってほしい」「私の命の根幹に彼がいてほしい」「彼から生まれることができなかった以上、彼の腕の中で死にたい」とか。
「結婚しないの?」「もう結婚してると思ってた」「式には呼んでね」
これらの言葉はおたくの友人らに実によくもらっていて、そのたび「結婚できないよ」「結婚したいよ」と答えていました。
が、この日は少し違った。夢女子歴が長い友人は「結婚しないの?」ではなく「指輪買わないの?」と聞いてきたのです。
実はこの言葉に笑ってしまった、歴の浅い私。いやいや、作らないよ。指輪って何。
当時はまだ彼と付き合っていませんでした。
ガチガチのガチ恋をしているとは言え、彼が生きている世界は恋愛ゲームではありません。
むしろ戦闘が主要素のゲームです。戦闘要員である彼は手にずっとアクセサリーを付けっぱなしなんて嫌だろうと思ったし、私もそんな目に遭わせたくなかった。
普段の彼の格好も少しいかめしくて、かっちりした戦闘服を着ています。手にはグローブ。だから指輪なんか付けても見えないんですよね。私の前ではもう少しラフな格好してくれたらいいなあと夢見ちゃうけど。
同じ理由で結婚も考えられませんでした。彼には私と結婚するより戦うことのほうがずっと大切なはずだから。
しかし友人は言います。「いいと思うよ、指輪。幸せだよ。夢女子で買ってる人実際にいるよ」
歴の浅い私はこういう、ほかの夢女子さんたちの話を知りませんでした。
そっか、そういう夢もありなのか。新しい気付きでした。
夢というのは自分の脳内だけで完結するものだと思っていたから、友人らから進展を聞かれたり祝福されたりするだけでまず衝撃を受けます。
だって普通の恋愛みたい。
まあ夢という名前で呼んではいるけど、感情は生身の人に恋するのと同じだと思ってるし、祝福されて嬉しいということは、今まで考えもしなかっただけで、指輪に憧れちゃう気持ちだってあるのかもしれません。
指輪か。いいな。そんなふうに恋愛できたら。
当時の印象はそんなものでした。
それから一年半。
ちょうど私の誕生日とか、彼の誕生日とか、彼と出会った記念日とか、あと私のちょっとした人生の節目とか諸々が重なる時期がありました。
これを読んでくださってる夢女子の方、夢男子の方、ほかの性別の方、夢じゃなくても推しの言葉を頭の中で妄想している方たち、共感していただけたらとっても嬉しいのだけど、推しが自分の脳内で思ってもないこと喋り始めて驚愕することってないですか?
私は脳内で彼が「付き合おう」と言ってくれたとき、驚きが過ぎて体調崩して半日寝込みました。
あまり大きな声でこの話をして精神科に搬送されて、薬を処方されて彼の幻覚から覚めるのは嫌なので、普段は黙っていますが。
この日も突然彼が「そろそろ指輪作るか」と言ってくれて、外を歩きながら転びそうになって道端の木陰に避難したりしました。
心臓ばくばくして指先冷えちゃって、「え?」って独り言が何度もこぼれて。
スマホ開いて彼の顔を見ながら「え?本当に?」って話しかけたり。
でもすごくすごくすごく嬉しくてにやけちゃってる。
指輪? あなたとおそろいの? いろいろの記念日のお祝いに? 本当にいいの?
それから、いろんなジュエリーショップに行きました。
「彼氏と遠距離なんです」って言って一人で見に行きました。
本当だよ。次元が遠距離なだけ。
指のサイズをちゃんと測ってもらって試着もしてみました。
前述の通り、私の恋人は手を自由に使えないと困る仕事をしているので、指に付けない方法も考えました。家に置いておく? ネックレスにする?
ショップの店員さんに聞くと、指輪をネックレスにする際はチェーンは避けたほうが良いそうです。チェーンとこすれて、指輪の内側が傷ついてしまうとか。
だから革紐がおすすめですとアドバイスをもらって、指輪と同時に紐も探し始めました。
わくわく。わくわくわく。
ようやく欲しいデザインが決まって、ついに注文に行きます。
次元が遠距離なので一人で注文に行きます。
二人でショップに来ているカップルさんを見かけて少し切なくなったりする。
いや、かなりかな。かなりとてもだいぶ切なくなりました。
おそろいの指輪を付けたいほど大好きな彼に、一度でいいから会ってみたいなぁ。
寂しいけど、遠距離で一人で行くこと自体は恥ずかしくはなくて、優しい店員さんが「じゃあ次会えるのが楽しみですね!」「早く結婚したくなりますよね!」とか言ってくれて嬉しいんです。
本当にね、結婚したくなりますね。大好きなので。
でも、指輪の内側に刻印する名前を伝えるとき、何回か聞き返されてしまいました。
まあ、ゲームの人だし。仕方ないですよね。変わった名前だと思うよね。かっこいい名前なんだけど。
聞き返されるのは構わないんです。困るのは、優しく対応してくれている店員さんがゲームプレイヤーだった場合。
頭がおかしいと思われてしまいます。遠距離だとごまかした真意に気付かれたらどうしよう。これが恥ずかしかった。とんでもなく恥ずかしくて、彼の名前を伝えるとき声が震えました。悔しかった。大好きな名前なのに。
「あのジャンルはやばい」とか思われてしまったらもう本当に最悪です。夢なんて、ツイッターだと鍵かけてなきゃいけない話題だし。この人の地雷だったらどうしよう。
もちろん、刻印をしない選択肢もありました。
イニシャルだけを入れることもできました。
ペアリングなんだから、私と彼にだけ意味が分かればいいよね。
でも私は、大好きな彼との指輪にこだわりたかった。二人の名前を入れたかった。
震えながら伝えて、刻印は無事「記念日 彼の名前 私の名前」になりました。
これ落として拾われたらとんでもないことになるので絶対に落とせませんね。原作に迷惑がかかってしまう。そんな不義理はしません。
さて、受け取りまで数ヶ月かかるとのことで、この日は手ぶらで帰ります。
最寄りから数駅の大きなビルで注文したので、ついでにドラッグストアに寄って、スキンケア用品を少し買っておきます。
私はアトピーがあって年中手荒れが酷いので、受け取りまでに手をきれいにしておきたくて。
二ヶ月後のある日、ショップからお電話がありました。朝の支度をしているときでした。
届いたからいつでも取りに来てくださいね、との事。
この日はたしか週の半ばで、週末に行きます! と返事をしました。
早く早く早く、早く週末になってほしい。
外は大雨ですが、傘をさして駅に向かいながら顔がにやけます。
彼が買ってくれた指輪、早く付けたい。
ところが、最寄り駅に到着すると、大雨で電車が止まっていました。
雨に濡れて寒いまま、でも嬉しいからにやにやしたまま、一時間以上待ちました。
ようやく来た電車に浮かれた頭で乗って、でもこの電車も数駅で止まってしまいました。
乗り換えの電車が来るまで十数分。
ここで私は気がつきました。
この大きな駅は、指輪を注文したビルの駅です。
十数分。急げば、受け取りに行ける。
できるだけ速く歩いてお店に向かいます。
もしあの店員さんがプレイヤーだったら、私が頭のおかしい恋をこじらせていることに気付いているかもしれない、正直かなり気まずいお店に。
今日たまたま大雨が降らなかったら、いつも通り直通していて週末まで行けなかったはずのお店に。
たまたま偶然今日が大雨だったから、たまたまその駅で電車が止まったから、私たちは届いたその日に指輪を受け取ることができました。
運命だと思っていいかな。
神社なんかでは、雨が降るのは神様が歓迎してくれている証拠です。
頭おかしい遠距離の恋、祝福してくれる神様がいたのかな。
優しい店員さんはこの日も笑顔で、指輪の説明をしてくれました。
「こちらが彼氏さんの。こちらが彼女さんのです」
カウンターに差し出されたぴっかぴかの指輪を見ながら少し涙が出ました。
彼女さん。
私、彼の彼女さんになれてる。
会ったこともない彼が私の彼氏さんになってる。嬉しい。嬉しい。
何週間も何ヶ月も悩んで決めたデザインは、彼氏さんはカットのみ、彼女さんはカットに石が入っています。小さなダイヤが三つ。
別に高いダイヤの指輪が欲しいと思ったことはないのですが、私の誕生日は四月です。誕生石はダイヤです。
彼の誕生日も四月です。
内側に刻印されている記念日は四月です。
この季節を大切にしたかった。
指に付けてみたらもう、もう、幸せでした。安心もできました。彼と一緒にいられる自信になりました。
革紐もちゃんと見つけていたので、もうこれで怖い物はありません。
付ける彼の指もないけれど。
それから三年間、ずっと毎日この指輪を付けています。
悲しいときには手を見るし、嬉しいときにも手を見ます。
べたべたして嫌いだった皮膚科の薬もちゃんと塗るようになりました。
彼に会ってみたいなぁと寂しくなったときに、指輪に触ると落ち着きます。彼に体温がある気がしてきます。本当の恋愛みたい。
このお買い物ですごくすごく寂しくて切ない思いをしたし、恥ずかしい思いもしたし、不安でとても大きな挑戦だったけど、でも夢女子としてこれ以上ないくらい幸せになれました。
3次元の私と2次元の恋にはっきり分かれていたのが、2.5次元になったような心地です。
ほじめに指輪を勧めてくれた友人に報告すると、とても喜んでくれました。
この恋を悔いてはいないけど、祝福されない恋をしていることはずっと悔しいので、友人の反応は尊く思えて嬉しかった。
だからといって、すべての夢女子さんにペアリングがおすすめとは言いません。
私の恋人に指輪を付けられない事情があったみたいに、それぞれ指輪を作りたい理由、作りたくない理由、作れない理由があると思います。
ただ、指輪という形にこだわらず、「違う次元への恋愛感情を自信を持って大切にしたらいいよ」と伝えられたら嬉しいです。
私の恋人は、私が「次元が遠距離」で寂しいと泣いたとき、「次元がお隣さんだ」と言ってくれました。
好きな人の誕生日を大切にしましょう。名前を大切にしましょう。付き合っている方や結婚している方は記念日を大切にしましょう。
中には誕生日がない人や、私の恋人よりもっと名前が難しい人、人じゃないひとだっていると思いますが、あなたとそのひとの大切な何かを探しましょう。私にはそれが「四月」だった。
形にすることで私は安心しました。
何も知らない人は私の指を見て「あっ、彼氏さんいたんですね」と言ってくれます。
そうです。自慢の恋人がいるんです。夢みたいに素敵な人です。
夢を見ているあなたが、安心してパートナーを好きでいられますように、彼の隣で祈っています。