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夢女子というセクシャリティ

好きな人がいます。
とあるゲームの中に生きている人です。

恋に落ちて5年。
その間ずっと、ある言葉を探していました。
「自分ではこれを恋だと思っているけど、もしかしたら恋じゃなくて私の頭がおかしいだけかもしれないけど、今はおかしいと指摘せずに話を聞いてほしいのだけど、実は二次元の人に本気で恋をしています」と前置きする代わりに使える言葉。「私は○○です」と肩書きになる、10文字程度の。

結論から言うと、先日ようやく見つけた言葉は「フィクトロマンティック」でした。

今回の記事は、そこにたどり着くまでに「これかも?」と考えた言葉と経緯を紹介します。

※用語の説明は本やサイトによって変わることがあるので、詳しくはご自分で確認してください


私はガチ恋夢女子ですか?

5年前、彼が好きだと気付いた当時、自分を「夢女子」だと思っていました。
私はこのゲームを、このものすごく激しい「萌え」の感情で消費していくのだと。

でもすぐに違和感を持った。
というのも私が「彼の夢女子」を名乗るには、「ほかのジャンルには一切恋人はいない夢女子です」「彼で初めて二次元に恋した夢女子です」「ほかに結婚したいキャラはいない夢女子です」と補足が必要だったから。
つまり「夢女子」の言葉では、私が示したい意味を表現しきれていませんでした。

各ジャンルにそれぞれ好きな人がいたり、歴代好きな人がいたり、付き合いたい人と付き合っている人と結婚している人が別々にいたりする、二次元コンテンツの消費の仕方がキャラクターとの恋であるタイプの夢女子ではなく、まるで人に恋するように彼だけを好きになってしまったガチ恋タイプだった訳です。
もちろん夢女子が上記2種類にカテゴライズされる訳ではないし、女子だけでなく夢男子やそれ以外の性もあるし、夢小説への自己投影の有無は永遠に語られているし、恋愛感情と夢はイコールではありません。ただ、当時の私はこの感情を定義する言葉として「ガチ恋夢女子」以外を知らなかった。

彼と「結婚したい!」と言っていたからぜひお話したくて繋がった人、何度か彼への恋心を聞かせてくれたけれど、数ヶ月後、ゲームの新キャラの顔一部お披露目を見て「めっちゃ好み!!」とハマっていきました。

繋がろうタグで夢女子と書いていたからぜひお話したくて繋がった人、彼との結婚式のプランを聞かせてくれたけれど、その直後にほかのキャラクターの子どもを産みたい人生計画を語っていました。

その人たち、5年間でかなりの数がいなくなりました。ほかのゲームや漫画のところへ去ってしまいました。
実に健全ですよね。人に恋するみたいな本気の恋をしていなくて、一定期間できちんとキャラクターに飽きることができて、とても上手にゲームを楽しんでいる。
私はどうにも下手に彼が大好きだった。

このガチ恋、時間が経っても二次元コンテンツとして消費はできないまま、生身の人を好きなように彼を好きなまま生きていくのかも。
もしかしてこれ、萌えではなくて、そういう性的指向なのかも。
そう意識してから、いわゆる「セクシャルマイノリティ」の人が発信しているコンテンツを多く見るようになりました。

すると、気付きはすぐに願望めいてきました。
彼への恋がセクシャルマイノリティの一つならいいのに。そうであってほしい。

だって次元をまたぐこの恋は「頭がおかしい」と初めから自覚していて、そう思うのはとてもつらかったから。
これが「性的指向」なら、そういう枠に自分を当てはめられるなら、個人の頭の問題じゃなくなるのに。そうしたらきっと少しは楽なのに。
そんなわがままから、私は存在するかも分からない性的指向の名前を探し始めました。
人に恋していない私が、人に恋している人と同じように悩むのは失礼な気がして、誰にも言えないまま、一人で。

彼はどんな人ですか?

でもLGBTQの本を読んでも、診断サイトで設問に答えても、どの言葉もしっくりこない。
セクシャルマイノリティだと仮定したところで、この恋はLGBTのうちどれにもあてはまりません。
じゃあLGBTQのQにあたるの? と考える前に
そもそも自分の性と彼の性は何だ? と整理するところから始めてみました。

私は体と戸籍が女性で心が女性だと思っていますが、「本当に女性?」と自問してみると「ある日急に女性じゃないと気付くかもしれないな」という結論でした。
今まで疑いもせず、異性である男性を好きになるんだと信じていたけれど、実際にこうしてストレートではない恋をしているし、もしかしたら男性だけが恋愛対象ではないのかも。
ひょっとしたら自分にとっての異性は男性ではないのかも。
もしそうでも別にいいや。彼を好きでいるために、女性であることも異性愛者であることも必要ありません。

彼の外見は男性です。だから初めは男性だと思って見ていたけれど、二次元のキャラクターであり、設定が存在します。彼は厳密には人間ではありません。というか生物ではありません。
生殖を行う前提ではないから、男性の外見をしているだけで、性別の所属が男性という訳ではないのかもしれない。

すると私のこの恋は「女性から男性への気持ちに近いけどそうじゃないかもしれない」という認識になります。

好きになる相手の性別にこだわらない。つまりこの恋はパンセクシャルに近いのでは?
最初の気付きはこれでした。

パンセクシャルとは「全性愛」、「相手の性別に関係なく性的魅力を感じる人」のことです。ここには「女性」「男性」以外の性別も含まれます。「FTM」とか「X」とか。

男性の見た目をしている彼を便宜上「彼」と呼んではいるけれど、男性とか異性とか思っている訳でもない気がする。それ以外の性別であるとするなら、例えば「二次元」という性別だと仮定すればどうでしょう。
恋愛感情を抱く対象に成り得そうじゃないですか?

少しだけほっとしました。
むちゃくちゃな理論だしこの気付きが正解ではないと思うけど、この恋愛感情を言葉で説明できる希望が持てたから。

彼のどこが好きですか?

もっと正解に近づきたくてセクシャリティの勉強をしているうちに、またいくつか言葉を見つけました。
「どんな相手を好きになるか」(女性を、男性を、両方をとか)以外に、「どんなふうに好きになるか」のセクシャリティもあるんです。

例えば、デミセクシャル。強い信頼関係がある相手だけに惹かれるセクシャリティ。
私は彼の優しい台詞に深く納得して「そういう考え方が好き」「そういうとこ信頼してる」「そういう貴方だから好き」と、三次元の人に思うのと同じ感情を持っていたので、これに当てはまるような気もしました。
相手の性別や次元によらず、親愛や敬愛と並んで恋愛感情があるって感じかな。

それから、ノンセクシャル。誰にも性的欲求を抱かないセクシャリティ。
もしかして自分はもう三次元の人に惹かれないんじゃないの? と疑ったりもしました。
彼を好きになってから、これはおかしいと思って三次元の人とデートしてみたところ、まったく楽しくなくて恋愛対象にすらできなかった。

そしてこのあたりで、セクシャルとロマンティックの違いを知ります。
日本語に直すと、セクシャルは「性的指向」、ロマンティックは「恋愛的指向」。性的欲求と恋愛感情は別ということです。
パンセクシャルは「すべての性別に性的欲求を持つ」、パンロマンティックは「すべての性別に恋愛感情を持つ」。「パンロマンティックのヘテロセクシャル」という人もいる訳です。その逆もあります。
デミセクシャルとデミロマンティックも別のセクシャリティになります。

私の場合、彼に恋をしている自覚はあるけれど、彼が抱く性的欲求も彼に向けられる性的欲求もよく分からなかった。だって彼は人間でも生物でもなく、生殖する前提の存在ではありません。
三本目の腕の使い方をうまく想像できないように、彼と性をうまく結びつけられずにいました。

「このセクシャリティに部分的に当てはまる気がする」ことが多くて、これもう一つの言葉で表すのは無理じゃないかなと、諦めるではなく思い始めました。

加えて、過去には「一度だけ同性を好きになった人は恋愛対象が同性とは言えず、その相手を好きになっただけだから、同性愛者ではない」という考え方に出会ったこともありました。この概念にも名前があるのかもしれないけれどよく知りません。

ふと思い出したこの考え方にも、自分が当てはまる気がしてきました。
でも、だって、言ってしまえば異性愛者もその相手を好きになっただけじゃない?
たまたま異性を好きになることが数回続いただけじゃない?

だったらバイセクシャルの人は、たまたま好きになった相手が男性だったことと、たまたま好きになった相手が女性だったことがあっただけじゃない?

私はたまたま偶然一回ゲームの中の人を好きになっただけで、二次元の人が好きな性的指向ではないんじゃない?

すべての恋愛が、たまたまその相手だっただけじゃない?

この理屈だと、私の恋は特異なものではなくなりました。
自分の気持ちを納得させられてかなり楽になりました。

私は幸せですか?

自分の気持ちにはいくらか納得できたものの、やはり「私の恋愛は○○です」と名前がない限りは、大好きな彼を人に紹介するだけで一苦労です。
きっとほかにもたくさん、部分的に当てはまる言葉があるはずです。
「私の恋の正体」ではなく、「便宜上「夢女子」の代わりに使える言葉」は存在していてほしい。
もう一度、今度はLGBTの人ではなく、「夢女子」を名乗っている人たちが発信しているコンテンツを見てみました。

二次元コンプレックス
うーん。間違ってはいないと思うけれど、あまり名乗りたくはない。コンプレックスって、劣等感が含まれる言葉じゃないですか?

二次元性愛
うーん。先述の通り、性愛とはまた違うと思っているので、この言葉では自認と摩擦を生んでしまいそうです。

やっぱり補足を重ねてガチ恋夢女子を名乗るしかないのか。もっとこう、「○○ロマンティック」みたいなのはないものか。

そうしてようやく見つけた言葉です。フィクトロマンティック

フィクトはフィクションからです。現実には存在しない二次元のキャラクターに恋愛感情を持つセクシャリティ。
もちろんフィクトセクシャルとフィクトロマンティックは別です。

あるじゃん。この恋を表せる言葉。私が知らなかっただけでちゃんとあった。きっと、同じような恋愛をして悩んでいた人たちが作ってくれていた。
5年もかかってしまいましたが、パンセクシャルやデミロマンティックを通過しないとたどり着けなかったと思うので、きっとこれが最短でした。
別にこの言葉を使わなくても彼に恋することはできるけれど、仮に私がノンセクシャルやパンロマンティックを名乗ると、当事者を傷つけてしまうかもしれなくて怖かった。それに、いろんな言葉を部分的につまんで補足を重ねて彼の話をすることに、私自身が傷ついていました。異常だなあと痛感してしまって。

「自分ではこれを恋だと思っているけど、もしかしたら恋じゃなくて私の頭がおかしいだけかもしれないけど、今はおかしいと指摘せずに話を聞いてほしいのだけど、実は二次元の人に本気で恋をしています。彼に強い信頼感を持っています。性的欲求はないです。自分はたぶん女性です。彼の性別は分かりません」
この話、誰も幸せになりません。私も、聞いてくれる人も。

「フィクトロマンティック」なら、補足はほどんど必要ありません。
「二次元の恋人がいます。私はそういうセクシャリティなんです」
以上。誰も傷つかない。嬉しかった。

フィクトロマンティックで検索すると、「トゥーノフィリア」という言葉がヒットします。
これも二次元のキャラクターへの性的嗜好を表す言葉のようですが、言葉から意味を想像することが難しいですよね。
フィクトロマンティックって素敵じゃないですか。フィクションへのロマンティック。
分かりやすくて優しくて、この言葉自体が好きです。
デミロマンティックやパンロマンティックや、ほかのセクシャリティに並んで存在できることも嬉しい。
好きになった人がたまたま偶然二次元にいただけで、私の頭がおかしいんじゃないよと言えているようです。

言葉を知る前後で、彼への感情に変化はありません。
でもこれでようやく、家族や友達にカミングアウトできます。
もう頭がおかしいとは思いません。
ただ私の好きな人が、5年以上大好きでいられるほど、とっても優しくて素敵な人だっただけ。

#夢女子 #ガチ恋 #フィクトロマンティック

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