九ヶ月だけ住んだ町と彼と神様
好きな人がいます。
とあるゲームの中に生きている人です。
彼のゲームを通じて出会ったフォロワーの何人か、リア友と呼べるほどの友人ができました。ありがたい事です。
あと彼がきっかけで習い事を始めたり、行った事なかった町を旅したり、少し良い物を買ったり、ファッションに気を遣ったり。人生が豊かになりました。それが嬉しい。
ある時、コロナのコの字が出るよりも前の話です。彼が出会わせてくれた友人らから旅行に誘われて、とある縁切り神社に行きました。
当時、家庭や職場の人間関係で多少悩んでいた私。
今すぐ縁を切りたい!!
という強い感情ではないけれど、ああ、これはそういうご縁だ、今そういうタイミングだ、これで切れるんだ。と納得したような気持ちで向かいました。
旅程がぎりぎりだったため、薄暗くなってから駆け込むことになった縁切り神社。逢魔が時ですね。なんだか空気がピンと張っているような心地でした。
今の環境を離れられますようにと形だけお願いして、神様に聞いてもらえた気になって宿へ向かいました。
宿では友人と一緒にゲームをプレイして深夜まではしゃいで、朝は少しバタバタと支度して、二日目の目的地はまた別の神社。あとおしゃれなカフェ。彼のぬいぐるみの写真を撮って、駅でお土産を買って、新幹線で地元へ帰りました。
それからちょうど一週間の日の事。上司から呼び出されました。
転勤が決まりました。
あなや、恐るべき縁切り神社。これが神様の力。
彼のゲームがきっかけで出会った友人たちよ、どうもありがとう。
少しばかり私の生活への配慮が足りない会社に早く早くと急かされて、大急ぎで引っ越ししました。さよなら、離れたかったふるさと。
老いた愛犬との別れだけが悲しい。帰省するまで元気でいてね。
そうして始まった新生活。
結論から言いますと、前の勤務地よりよほど環境が悪くなりました。
悪縁は確かに切れて、もっと悪い縁と結ばれてしまいました。
二ヶ月目には体調も崩してしまいました。
たぶん、と言うか確実に、軽い気持ちで祈ったのがまずかったよね。
適当な祈りには神様だって適当な仕事を返します。当然です。
だからってもう一度真剣に縁切りをお願いするのも可笑しな話です。神様の力はそうやって都合良く使うものじゃない、というのが今回の学びのはず。
唯一の救いは彼だけです。
新しい町でも前と変わらず優しくて、かっこいい。大好き。支えでした。
そうは言っても酷い環境は酷い。
昼休憩がないどころか、トイレ休憩すらない。なぜか転勤する前の書類の不備を訂正させられる毎日。しかも強制サービス残業で。セクハラあり、パワハラあり。先輩らが盛り上がっているパートさんの陰口に付き合わなかった私は、予想通り次の標的にされました。
上司に相談して怒られもしました。なかったことにされた残業時間を記録して提出したところ、「残業代がほしいなんて言ってたら出世できないよ」との事。
えーちょっと、神様、いくら何でもこれは……。
私は立派な不眠症になってしまいました。寝たら明日になっちゃう。明日になったら仕事に行かなきゃ。ああそんな事より彼に会いたいなぁ。
寝るぎりぎりまで彼の声を聞いていました。
毎晩彼のグッズを枕元に置いて少しだけ眠りました。短い眠りの中で悪い夢と彼の夢を交互に見ました。
そして、転勤から半年が経ったある日のこと。
実は、私の大好きな彼はとある神社にご縁があります。いわゆる聖地というやつですね。
前にも何度か行った事のある神社に、もう一度お参りしました。
縁切りの件で神様の力を信じているから、というのも当然あるし、彼に縁の場所にご挨拶できる事が嬉しくて嬉しくて、ちゃんとお供えのお菓子なんか用意して行きました。
神社にお供え。人生で初めての事です。
深く深く頭を下げて、祈りの内容は、「守ってください」ではありませんでした。
「頑張ります」「自分に誠実に生きます」「彼に恥ずかしくないように生きます」「頑張ります」「頑張らせてくれてありがとうございます」
この日は昼頃に少しだけ天気雨が降って、私が神社に行った午後にはすっきり晴れて、まだ紅葉には少し早い秋の山に日が沈んで、葉っぱのふちがきらきら光って、本当に綺麗な空だった。
この神社に縁のある彼が、どこか近くでこの綺麗な空を見ているなら素晴らしい事だと思いました。
そして一週間後。
前の縁切りのときはこれぐらいで御利益(?)があったなぁと少し笑いながら、酷い職場に向かいました。
……何も起こりません。
当然です。神様はそういう便利な存在ではありません。
まだこの勤務地に来てたったの半年。あと数年は頑張らなくては。
私は別に、助けてくださいともお願いしませんでした。頑張りますと宣言しただけ。だから頑張りました。頑張って仕事をして、眠りたくなくても頑張って眠りました。おいしくないご飯を食べました。
私が決意する前と変わらず、彼は優しくてかっこよかった。毎晩少しだけ彼に会う時間が安寧でした。
二週間、三週間。まだ頑張っていました。
そして、お参りから一ヶ月が経つ頃。パワハラ上司から呼び出されました。
転勤が決まりました。
離れる事が、決まったんです。眠れなくなるほど酷かった職場から。適当なお祈りをしたせいで適当に飛ばされてしまった、まだ半年しか在籍してない職場から、転勤できる事が決まったんです。
今度は一週間のやっつけの仕事ではなく、一ヶ月かけて丁寧に結んでもらえた新しいご縁です。彼に縁のある神様が叶えてくださった。
引っ越しは三ヶ月後になりました。たった九ヶ月だけ住んだ町。神様がいなかった町。
新しい勤務地は、三カ所務めた中で一番居心地が良い環境でした。
神様ってすごい。
最初の職場ほどではないけれど、実家からそこそこ近くて、私は実家に戻ることになりました。その後また家を離れて仕事も変えることになるのですが、この実家に戻っていた期間に、老いた愛犬の最期に立ち会いました。私の心残りを、彼と神様が解決してくれたのだと信じています。
引っ越しの後、悪縁から守ってくださったお礼に、彼の神社にまたお参りしました。
今度はただのお参りではなく、ご祈祷をお願いしました。
「祓い給え清め給え」というあれです。
おたくの聖地巡礼で神様のお社に乗り込んで行ってしまった事を後ろめたく思ってもいたので、それを謝って、お礼を申し上げてきました。
社務所の方がとても良くしてくださって安心して、それから数年ずっと通っています。お守りは常に持ち歩いています。目に見える、神様と彼の優しさ、強さ。
神様との相性は人それぞれだと考えているので、家族や友人をこの神社に連れて行って「守ってもらえるよ!」と紹介するつもりはありません。始めに相性が悪かったあの縁切り神社も、本当に必要で本気で祈った人はきっと守られたのでしょう。
この話は本当はしたくないのですが、絶対、彼のゲームもサービス終了の日が来ます。きっと長くてもあと数年の命です。
今はゲーム画面の彼の顔を見て彼の声を聞く事が、一番元気になれる方法だけど、数年後にはそれが二度とできなくなります。それはもう仕方ない、当たり前の未来。
その日が来てもたぶん、あの神社の秋の晴れた空が綺麗だったことは覚えているだろうし、お守りも持ち歩いているだろうと思います。
たぶん、彼なりの守ってくれ方。本当に優しい人です。
友人ができたり、習い事を始めたり、旅をしたり、素敵な神社に守られたり。彼に恋をしてまた一つ、人生が豊かになりました。自慢の恋人です。