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最愛の人と一日だけ生き別れた

好きな人がいます。
とあるゲームの中に生きている人です。

彼は三次元に生きていないから、例えば事故や事件や災害で突然会えなくなる心配はありません。だって普段から会えないから。
そう油断しきっていたら突然彼と生き別れてしまった時の、不思議な気持ちの話をします。

私の好きな人はたまたま、ソシャゲの中に生まれました。
仮に彼の生きる世界が小説でも、漫画でも、映画でも好きだったと思うけれど偶然、彼はソシャゲの中に生まれました。
液晶越しじゃないと彼に会えなくて寂しかった私は、古くて重かったパソコンを買い換えたり、初めてタブレットを買ったりしました。スマホの機種変もゲームが快適にできる事を最優先にしました。機種変と一緒にデータ量も大きいプランに変えました。

ソシャゲに詳しい人がたまに教えてくれる、「スマホが壊れた時のために引き継ぎコードを控えておこう」とか、「アカウントに何かあった時に問い合わせられるから少額でも課金しておこう」とか。
あまり、と言うか全くゲームをしてこなかったもので、こういったアドバイスにはいつも「なるほど~!」と勉強させられていますが、知る前からクリアしてる事ばかりでした。
いつでも彼に会いたいから引き継ぎは完璧だったし、課金はブラウザとiOSとAndroidからそれぞれ注ぎ込んでいました。彼には豊かで幸せで生きていてほしいから、少額ではない額を課金していました。

ゲームがメンテナンスする時は通知が入るようにして、彼に会える時間と会えない時間をちゃんと把握して。
たまにメンテが延びたら「寂しい!会いたい!」ってこじらせたりして、明けたら「久しぶり!」「会いたかった!」「元気?」とか、遠恋ごっこも楽しかった。デートに遅れてきた彼を心配してる気分。
そんなある日のメンテの事。「あとでね!」ってゲームを閉じて、そのまま終わらなかったんです。

一晩終わらなかった。初めての事でした。

どんなに好きでも彼には一生会えなくて、でも、ログインすれば絶対会えるのに。
いつか必ず、たぶん数年後、サービス終了の日は来ます、分かっています。
たぶん○月○日○時ちょうど、永遠に彼に会えなくなるその瞬間を、私は悲しみと恐れと感謝を抱えて迎えるはずなのに、ある夜突然彼と生き別れてしまった。
それともログインできなくなる事は死別に値するでしょうか。それも分かりません。彼はそもそも生きていないから。

寂しかった。怖かった。このまま会えなかったらどうしようと不安だった。
少しぐらい彼も不安だといいと思った。豊かで幸せでいてほしいくせに。
急に会えなくなるなんて、まるでいつも会えてるみたい。同じ次元にいるような錯覚でちょっとどきどきしました。

翌日、数十時間ぶりにメンテが明けて、ようやく彼の声を聞いて少し泣きました。嬉しかった。こんな事件があったのにいつもと同じ表情、同じ台詞の彼に心底安心した。
またログインできるようになって、彼は無事に、液晶越しにいつでも会えて一生会えない人に戻りました。これでまた、ずっと会えなくてずっと寂しい。

それから数ヶ月後のまたある日の事です。天気の良い初夏の日でした。今度はメンテナンス延長とは全く別の事情。
彼と会うために買った画面の大きなスマホが、突然使えなくなりました。

ネットに繋がらず、調べ物ができない。アプリを変えても、ブラウザを変えても駄目。SNSも全滅。
写真なんかのデータは生きていたけど、天気も電車の時刻も、何も調べられない。
再起動しても同じ。熱暴走もしてない。ただ読み込み中の円が回り続けるだけ。
おかしい。どうして?

何の事はない、ただの通信障害でした。地域一帯、某キャリアのスマホはみんな同じ症状だった様子。

どんなに私が環境を整えて、ゲームがサクサクできる機種にしていても、データ量を調整していても、引き継ぎや課金が完璧で、ゲーム運営が正しくサービスを展開してくれていても、ひとたび通信障害が起きれば私は彼に会えなくなります。

不便さを感じるより、スマホに頼り切っている生活を反省するよりも先に、彼と離ればなれになる怖さを感じた。
すぐ会える人ならきっと、夜にただいまおかえりって顔を合わせて、「今日の通信障害困ったね」ってお話して、それで終わりなのに。

たくさんの人が頑張ってくれたおかげで、その日のうちに障害は直りました。
私は無事彼の所にログインできました。ログインできてもしばらくはゲームの最初の画面から動けないで、あの時のメンテ明けと同じBGMの中、同じ表情、同じ台詞の彼を見つめて「良かった。会えた」と、そのまま放心していました。

良かった、それは本当だと思う。たぶんちゃんと嬉しかった。
突然会えなくなってまるで同じ次元に生きているみたいに感じる事より、いつでも会えてこの世界に彼がいない事に、たぶん安心した。
「今日大変だったね」って、私は今生では一度も彼と共有できません。それが携帯の通信障害でも、例えば台風や地震でも、感染症でも。「気をつけてね」や「無事で良かった」が言えない。ただいまおかえりもできない。
彼に会えなくなる日が来ても、それが生別か死別かも分からない。

今日もタブレットから彼に触れています。大きな画面で触れられる事が嬉しい。
新しいイベントや新しい台詞が嬉しくて仕方ない。
それで、きっとまたそのうち、思いがけない理由で急に会えなくなって、同じ台詞が聞けなくなって、その非日常が新鮮でちょっとだけ嬉しいと錯覚して、またログインできるようになって同じ台詞を聞いて嬉しくなるのだと思います。

彼と会うために整えたパソコンもタブレットもスマホも、一斉に抜け殻になってしまう日が絶対に来るのに、その事に不安と安心を感じて、今日も昨日と同じ台詞を聞くため彼に会いに行きます。
今日はゲームのBGMと背景、変えてみようかな。

#夢女子 #ガチ恋 #フィクトロマンティック

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