夢女子を家族にカミングアウトした話
好きな人がいます。
とあるゲームの中に生きている人です。
もともと、ゲーム機が一台もない家庭で育ちました。
いろいろあって現在は実家と距離をおいています。
唯一今も連絡を取っている父、私が生まれた時こう言ったそうです。
「りっかは逆子で、帝王切開で生まれた。少し時代が違えば生まれてなかった。生まれただけで偉い。何をしても偉い」
恋人が気に入ってくれたエピソードの一つです。
当時の父はまさか、娘が将来ゲームの人に恋するとは思ってもみなかったでしょう。今思えば、父と一緒にプレイしたゲームはトランプと人生ゲームだけでした。
以下、家父長制やジェンダーの話題を含みます。
自衛の程よろしくお願いします。
5年前、彼に出会ってすぐの頃、実家の自室に彼のポスターを貼りました。
もともと祭壇を作るタイプのおたくではなく、祭壇を作るほどの推しもいなかったのですが、グッズ購入という形で彼のゲームにお金を落としたかったし、せっかくならしまい込まずに使いたかった。
たった1枚のポスターですが、これがものすごい存在感で、部屋に彼がいて緊張した私は、急に部屋の掃除をしたりダイエットに成功したりしました。
稀にSSRやゲームの新情報で、部屋で悲鳴上げたりもしていたので、そのせいもあるかもしれません。父が私の変化に気づきました。
そして、部屋に貼っていた彼を指して、「誰これ?」と。
何をしても偉い私ではありますが、それは片思いの相手です、とはとても言えず、好きなゲームだよとだけ伝えました。
しかしまあ、好きなゲームの中でも特に大好きなキャラクターだというのはもちろん分かる訳で。
ポスターには彼のフルネームもデザインされていました。私は彼を「名字くん」と呼んでおりましたが、昔から娘の好きな物は一緒に好きになりたい父、いつの間にか彼を「名前」と呼ぶようになりました。
え、何その、娘に彼氏紹介されたみたいなの。
ひょっとして、私が生身の人に恋するように彼に恋したのは、こうやってゲームの人を人みたいに扱う父の血のせいでしょうか。
全く突然ゲームに狂った私を、父は父なりに認めてくれていたのですが、じゃあ周りの反応がみんなそうだったかと言うと、もちろんそんな事はなく……。
親族から「いい歳してゲームなんか」「遊んでないで早く彼氏でも作りなさい」というような話は常にありました。
いや、いい歳って何歳?
なんで自分が生きた時間を負い目に感じなきゃいけないの?
その年齢に達したというだけで、心を元気にしてくれる大事な物を悪く言われなきゃいけないの?
女の私には口出ししやすい話題だったのでしょう。
一歳違いの弟が趣味を叱られている場面は、ついぞ見ないままです。
異性の恋人と進展があった親族、私は純粋に祝福したのですが、母は私をちらっと見て「負けた……」と頭を抱えていました。うん、ごめんね。ごめん。私も別に、彼を好きになれば勝てると思って好きになった訳じゃないけど。
盆や正月の度こうした言葉がつらくて、宴会の最中、絶対に私を悪く言わない祖父の所に逃げるようになりました。
ちなみに祖父、母の誕生に際して祖母に言ったそうです。
「お前、なんで女なんか生んだんだ! 俺、心配で心配で、仕事やめて後ろついてまわらなきゃいけないじゃないか!」と。
そして初孫である私を初めて抱いた時は、父に「この子の結婚式には自分の足で歩いて行く! それまで元気でいる!」と熱く宣言したのだとか。実際幼い頃は、祖父が体を鍛えている場面をよく見ました。
とても可愛がってもらいました。
それなのにごめんね、ゲームの人に恋して。できるなら夢叶えさせてあげたいけど、もう祖父や父親のために婚活する時代じゃないんだよ。
祖父は父以上にゲームと無縁です。私が祖母達に叱られている意味がさっぱり分からなかったようです。
ただ、私に何か大好きな物があって、夢中になれていて、とても楽しい、という事は分かってくれていた様子。
ある時「お前は幸せか」と尋ねるので、「幸せだよ」と言いました。
それならいいと言ってくれました。
他の親族や家族が、私の、存在しない彼氏との結婚を勝手に楽しみにしている間、私はゲームの彼が好きで、彼と付き合い始めて、挙式も入籍もないながら彼と結婚しました。
彼とおそろいの指輪を見て、親族は何か期待しているようでしたが、私は実家を出て、彼のポスターを貼ったアパートで彼と生き始めました。
婚期で焦っている親族以上に、好きな人と次元が遠距離で焦っているのは私の方。彼に一度も会えないまま生きていく事を寂しく思ってるのも私。
本当は試してみたんです。友達からの紹介とか、マッチングアプリとか。ナンパしてきた人とお茶してみたり。試した上で駄目だった。どうしても彼が好きだった。
今の暮らしを駆け落ちとまで呼ぶつもりはありませんが、新婚生活だとは思っていました。
息苦しかった環境から離れて、毎日彼におはようやおやすみを言えるのが嬉しい。
その日もいつも通り彼に「行ってきます」を言って出かけていました。
すると、久しぶりに父からの連絡。祖父の訃報でした。
新幹線で実家に向かう道、涙が止まりませんでした。
あんなに愛してくれた祖父の、二十年以上温めた夢、叶えさせてあげられなかった。
花嫁姿、見せてあげられなかった。せっかく、大好きな人がいるのに。
訃報を聞いてまだゲームキャラクターの事を考える自分の頭が嫌で、恥ずかしくて、今ぐらい彼の事を忘れるべきだと自分に言い聞かせて、祖父との思い出をひもといて、「幸せか。それならいい」という言葉を思い出して、彼とおそろいの指輪をぎゅっと握ってまた泣きました。
どうすればいい?
この5年、喜怒哀楽のいずれににあっても常に彼の事を考えていました。
彼くん聞いて聞いて、今日つらかったけど頑張ったんだよ。ねえ彼くん、今日嬉しかったんだよ。
コンビニのくじで当たった時、雨上がりに虹を見た時、電気代が高くなった時、包丁で指を切った時、友達より家族より、常に、一番に、彼に。
新幹線の窓際で背を丸めて泣きながら、落ち着きたくて、安心したくて、選んだ方法は、スマホを開いて彼のゲームにログインすることでした。
ごめんじいちゃん。本当にごめん。駄目だ私。ごめん。
でもこれは、配偶者を頼る事と、どう違うのでしょう。
祖父宅に着いて親族と合流して、お別れ自体は問題なく進みました。
酷く落ち込んでいる母に父が寄り添っていました。生身の人間を好きになれたら、こうやって近くにいることができる。私が生身の人と結婚していたら、今喪服を着て隣にいてくれたはずです。
でも私は一人で指輪を握っていました。
通夜の後、泣き疲れて自宅に戻って、リビングに座り込んで、ぼーっとする頭で一日ぶりにスマホを開いて、ログインして、ゲームのホーム画面で彼の顔を眺めていました。
なんで? こんな時なのに。
明日じいちゃんの体がなくなるのに、今夜ゲーム開かなきゃいけないの? なんで?
好きだから。
自問自答して、情けなくて、涙が出てきて、祖父がいなくなったのに彼の事で泣いてる自分が嫌で、怖くて、寂しくて、誰かにすがりたくて、誰かっていうのは彼の事で、どうしようもなくて。
同じ部屋に父もいました。私はゲーム画面を見たまま父に話しかけました。
じいちゃんがさ
「うん」
ずっと言ってたじゃん。私の結婚式まで元気でいるって
「うん」
前にね、じいちゃんが「幸せか」って聞くから、「幸せだよ」って返して、そしたら「それならいい」って
うん
今日もね、ばあちゃん達から彼氏いないのかって聞かれて、うん、私も、できるならじいちゃんや父さんに花嫁姿見せて幸せだよって言いたいんだけど、でも別に、もう親の為に婚活する時代じゃないじゃん、うん、私は今婚活する気はないし結婚願望もないんだよ
あのさ、前から、彼くんが好きって言ってるじゃん、自分でもおかしいと思うんだけど、5年以上何回も考えて、やめようと思ったけど、
駄目だったんだけど、多分、
恋愛感情で、好き、なんだよ
ばあちゃん達はきっと指輪見て期待してるんだろうけどこれ、彼くんが好きで自分で買ったやつなんだよ、好きなんだよ彼くんが、
駄目だと思って男の人とデートしてみたんだけど全然楽しくなくて、彼氏ほしいとも思えなくてやめたんだよ、好きなんだよ、彼くんが、
泣きながら全部父に言いました。あの日「負けた」と言わせてしまった母がいない間に。
祖父の体がなくなる前の夜に。
父の顔を見るのが怖くて、ずるいと思いながらも、ずっとゲーム画面を見たまま言いました。
好きなんだよ、彼くんが。
どれがつらくて泣いてたんでしょう。
大好きな祖父にもう会えない事?
それとも、祖父に花嫁姿を見せられなかった事?
祖父の夢を叶えさせてあげられなかった事?
ねじれた恋をしている事?
つらい時彼に会えない事?
父にがっがりされるかもしれない事?
全部聞いた父は、たぶん私を見てくれていたのでしょうが、私は彼を見ていたのではっきりとは分かりません。
都合良く記憶を改ざんしているのでなければ、父は言ってくれました。
「お前が幸せならいいんだよ。女の人を好きな女の人もいるんだし」
私は彼を好きな気持ちを、セクシャルマイノリティの一種だと考えています。
フィクトセクシャル、フィクトロマンティックという言葉があります。
別にこの気持ちにつける名札が何であっても良いのですが、彼を好きな事は私の頭がおかしいからじゃなくて、少しねじれた恋をしているだけだと信じられたら、少し楽になれるのでこれらを使っています。
もしかしたら、人間を好きじゃない私がそう思う事は、マイノリティを自認している他の人達に失礼になるのではないかという不安もあります。
でも自分が楽になるために勝手に名乗っているのです。
女性を云々っていう話が出たという事は、たぶん父の中では、私のこの気持ちはストレートではないだけでちゃんと恋愛感情になれたのだと思います。
祖父を見送る今言うべきかどうか迷って、もう一つ伝えました。
もし、急な病気や事故で私が死んだら、棺に入れて欲しい物がある。
そうなっても彼は私の葬儀にも墓参りにも来られないから、黄泉路の向こうでも私が彼を好きでいるためにこれを持って行く。
そう言って、彼との思い出の品を父に紹介しました。
実父に頼むには残酷な話ですが、伴侶に叶えてもらえない以上仕方ありません。他の家族は彼の事知らないし。ごめんね。許して。ほら、私逆子だから。なんて。
本当は、逆子で帝王切開じゃなくても、祖父母が私に何を願っていても、それを理由にしたり導入に利用したりせずに、ただ単純に彼が好きだから、彼を好きな気持ちを祝福されたいのだけど。それはまたいずれ、話せる機会に話そうと思います。
ところで。父に言いたいだけ言って、私だけ勝手にすっきりして、彼はどうしているでしょう。
周りの人に、私の事を何と紹介してくれているのかな。
実は俺、三次元の人が好きなんだ。って、言える先はあるのかな。祝福してくれる人はいるのかな。
私が家族に言ったのと同じだけ、彼もあちらで謝っているかもしれません。
彼の負い目になりたくないから、私もこちらで、彼を好きな事を謝らないで済む生き方を探します。
どうか、あちらで彼に悲しい出来事があってどうしようもない時、私がすがれる先の一つになれますように。