上下顎骨切り術
◆上下顎骨切り術◆
美しい咬合と顔面輪郭の調和に加えて、発音や呼吸の問題まで踏み込んだ顔面骨の手術です。咬合異常を含む顔全体のバランスの異常の改善が可能です。咬合の状態や顔全体のバランスをみつつ上顎骨骨切り及び下顎骨骨切りとオトガイ形成術を行います。
◆手術適応◆
・咬み合わせが悪い方
・骨格性の咬合異常(上顎前突または後退、下顎前突または後退など)
・下顎前突、反対咬合(受け口、しゃくれ、下顎が大きいなど)
・上顎前突(出っ歯、口元の突出、Gummy Smileなど)
・上顎低形成(上顎が小さい)
・小顎症(下顎が小さい)
・口元が突出しているから(bi-maxillary protrusion)
・鼻と唇の部分の形態(Nasolabial-angle)が気になる
・前歯の露出が気になる(Gummy smile)
・前歯が隠れて老けて見える(teethless)
・上顎の陥凹感がある
・上顎、下顎が長い
・下顎が後退している
・顔が非対称な方
・顔が長い(Long face)、顔が短い(Short Face)
・歯ぐきから見える歯の角度が斜めになっている
・睡眠時無呼吸(別の項目で詳細を説明しております)
◆睡眠時無呼吸症候群SAS(Sleep Apnea Syndrome)◆
・SASとは大きないびきとともに、何度も呼吸がとまる病気です
・SASには脳の問題による中枢性SASと鼻や口などの空気の通り道の問題による閉塞性のSASがあります。
・無呼吸発作、眠気、頭痛など様々な症状があります。
・その原因として、肥満、小さな下顎骨、鼻腔や咽頭部の変形や狭小化があります。
・食事療法や運動療法、CPAP(睡眠時に装着する呼吸補助の器具)、マウスピースの装着、
耳鼻科手術(鼻中隔矯正や下鼻甲介の切除等)などがあります。治療の一環として、顎矯正手術により呼吸の状態を改善させることがあります。
・具体的には、狭い空気の通り道を広くするために上顎及び下顎を前方に移動させます。
◆入院期間◆
・入院は術後5日~2週間程度です。
・術後の経過や患者さんの体調により異なります。
◆手術◆
・麻酔は全身麻酔で行います。
・経鼻挿管(手術の際の人工呼吸のチューブは鼻から挿入します)
・手術時間は4時間程度(麻酔を入れて5時間程度)です。
◆骨の移動と顔面形態の変化◆
上下顎骨切術では上顎及び下顎とオトガイを全体的に移動させることができるため、より良い咬合と顔面の審美性を追求することができます。
・上顎骨時計回転移動➡小顔効果
・上顎骨上方移動➡Gummy smileの改善(歯茎がたくさん見える)
・上顎骨後方移動➡出歯の改善
・上顎骨下方移動➡teethless、invisible teethの改善(前歯が見えない、老けて見える)
上記は例ですが、咬合の状態や顔全体のバランスをみて骨の移動方向を決定します。上顎及び下顎骨切りをおこなうとプロファイル(横顔のバランス)が変化するため、オトガイ形成術を同時に行うことがあります。
◆術式の選択◆
顔貌に加えて、咬合の状態や口腔内容積、呼吸の状態、手術の際の移動距離などを考慮しつつ術式を決定します。咬合の状態や顔貌の状態のみにフォーカスが当たることが多いですが、呼吸の状態や口腔内容積は術後の安定性や後戻りの予防のために非常に重要です。どのような術式が最も適切なのかは、患者さんの希望を聞いた上で、術者と矯正歯科が十分に相談をして決めます。
◆手術(上顎骨骨切術)◆
①口腔内の切開と展開
・上口腔前庭部(上唇と上歯茎の間)を切開して上顎骨を露出させます。
・骨切り術を行うのに必要な範囲の骨膜を剥離展開します。
・LeFortⅠ型骨切りを行うには鼻腔内及び鼻翼の付け根の部分を剥離する必要があります。そのため、術後は鼻詰まりが生じます。また、鼻の形態の変化が生じます。
・どうして、上記の部分を剥離する必要があるかというと、鼻の付け根の部分より下で骨を切ると骨の中に埋まっている歯の根元の損傷を来してしまうからです。
・鼻の形態の変化についての詳細は「LeFortⅠ型骨切り術により鼻の変化」をご参照ください。
②骨切りラインのデザイン
・術前に行った術前シミュレーションを基にして、骨切りラインの設定を行います。
➂骨切り
・顔面骨骨切り用の専用の機械で、目的部位の骨切りを行います。
④骨の授動と移動
・上顎骨を予定の位置に移動させます。
・骨同士の干渉があり、予定の位置に移動させるには干渉している部分の骨を処理する必要がります。
・この部分が最も重要で、最も技術や経験を要する部位になります。
・十分な処理がなされないと、骨は予定の位置に移動できません。
⑤骨の固定
・骨を予定の位置まで移動させて、生体親和性の高いチタン製のプレートや吸収性プレートで固定します。
⑥鼻の位置の再建
・鼻の位置の再建を行います。
・詳細は「LeFortⅠ型骨切り術により鼻の変化」をご参照ください。
⑦骨移植
・骨の癒合をしっかり得るために、隙間が無いように骨の移植を行います。
・必要な骨は下顎骨切りやオトガイ形成の際に採取します。
⑧縫合
・創部を縫合します。
・溶ける糸で縫合するので抜糸は必要ありません。
◆手術(下顎骨骨切術)◆
①口腔内の切開と展開
・口腔内(頬部)を切開して下顎骨を露出させます。
・骨切り術を行うのに必要な範囲の骨膜を剥離展開します。
②骨切りラインのデザイン
・術前に行った術前シミュレーションを基にして、骨切りラインの設定を行います。
➂骨切り
・顔面骨骨切り用の専用の機械で、目的部位の骨切りを行います。
④骨の授動と移動
・下顎骨を予定の位置に移動させます。
・骨同士の干渉があり、予定の位置に移動させるには干渉している部分の骨を処理する必要がります。
・この部分が最も重要で、最も技術や経験を要する部位になります。
・十分な処理がなされないと、骨は予定の位置に移動できません。
・しっかりと骨干渉が処理されないと、術後の下顎のずれや顎関節の痛みの原因となるため、手術全体で最も重要な部分がこのセクションになります。
⑤骨の固定
・骨を予定の位置まで移動させて、生体親和性の高いチタン製のプレートとスクリューで固定します。
⑥縫合
・創部を縫合します。
・溶ける糸で縫合するので抜糸は必要ありません。
◆手術(オトガイ形成術)◆
・オトガイ形成術の項目をご参照ください
・上下顎骨切り術時に呼吸の問題や審美性の問題から、オトガイ形成が必要と判断された場合は保険診療となり、上下顎骨切り時に同時にオトガイ形成術を施行します。
◆術後の流れ◆
・手術後1日目~5日目:ゴムによる顎間固定を行います
・手術後5日~2週間:全身状態、咬合の状態をみて退院となります
・退院後1週間:通院
・退院後1ヵ月:通院
・退院後3ヵ月:通院
・退院後6か月:通院
・その後は、咬合や顔貌の状態をみつつ術後1~2年程度経過をみていきます。
●抜糸
・創部の状態をみつつ抜糸を行います。口腔内は溶ける糸で縫合するので抜糸は必要ありません。
●ドレーン
・手術部位に血液や浸出液が溜まると腫脹の原因となります。そのため、創部にドレーンと呼ばれる血液排出用のチューブを留置します。手術翌日~数日で抜去します。
●食事
・口の中を切開しますが、しっかりと縫い合わせるため食事は口からの摂取になります。
・食事は最初の3日間程度は流動食(ジュースのような食事)です。その後、徐々に硬い初期時に切り替わります。プリンやヨーグルトであれば手術後翌日から摂取可能です。食事の形態は患者さんの痛みや体の状態に適時対応して調節します。
・通常の食事がとれるようになるのは術後1ヵ月程度です。
・とても硬いもの(硬いおせんべい、筋張った肉)のような、咀嚼に力を要する食事は術後3ヵ月程度控えてください。
●日常生活への復帰
・洗顔及び頭からのシャワー:ドレーンが入っていない場合は手術後翌日から、ドレーンが入っている場合はドレーン抜去後より可能です(手術後翌日~数日から)
・シャワーと入浴:創部を保護して手術翌日から可能です。
・メイク:退院後から可能です。
・歯磨き:口腔内ケアは術後非常に重要です。怖がって歯磨きなどの口腔内ケアを怠ると、かえって感染や痛みの原因となります。術後は、歯磨きを含めた口腔内ケアが必要です。
・術後の安静:
手術後は安静が必要ですが、手術後数日間程度です。あまり過度の安静を行うと腫脹がかえって長引くため、体調の回復とともに日常生活への復帰が望ましいです。
・社会生活(仕事や学校)への復帰:仕事や学校がなかなか休めないという方もいらっしゃいます。骨切り部分はプレートとネジでしっかり固定しているため、日常生活程度では骨がずれたりすることはありません。腫脹の程度や患者さんのご都合にもよりますが、手術後数日~2週間程度で社会復帰される方がほとんどです。
・手術後の運動:骨はしっかりとプレートで固定するので、軽い運動は退院後より可能です。
●顎間固定●
・手術翌日~数日後よりゴムによる顎間固定を行います。
・顎間固定は非常に重要です。手足の骨折でいう「ギブス」に相当します
・退院後もゴムかけを継続する必要があります
・ゴムかけについては、入院中に主治医または矯正歯科医より指導があります。食事の際に自分でゴムを外して食事をして、歯磨きをして、ゴムかけを自分でできるようになると退院になります。
・
◆「骨切り手術」に共通するダウンタイム、術後経過、合併症◆
●骨切り手術に共通する術後経過とダウンタイムについては「骨切り総合」のページをご参照ください。
●骨切り手術に共通する一般的な合併症については、「骨切り総合」のページをご参照ください。
●以下のような合併症の可能性があります。
疼痛・腫脹・歯根損傷・歯の失活・鼻の褥瘡(挿管チューブによる)・嗄声・口唇損傷・後戻り・顎関節症・気道閉塞・呼吸障害・出血・皮下出血・骨癒合不全・顎関節脱臼・不正骨折・顎関節の変形・術後感染・骨髄炎・骨壊死・血流障害・眼瞼気腫・縦郭気腫・オトガイ神経麻痺・眼窩下神経麻痺・顔面神経麻痺・失明・プレートの破損やネジの脱離・矯正装置の脱離や迷入・鼻の変形・副鼻腔炎・中耳炎など
◆上顎形成術に特異的なダウンタイム、術後経過、合併症◆
●出血●
・上顎骨は骨内及び上顎の奥の方に大きな血管や静脈ごう(静脈のタンクのようなもの)があります。この部位が損傷すると大量の出血があります。近年では解剖学や手術技術や道具の向上により大出血をすることは稀ですが、骨より一定量の出血があります。そのため、輸血の準備が必要になります。
・輸血は自己血(自分の血をあらかじめ抜いてためておいておく方法)で行います。
・非常にまれですが、自己血のみでは不十分で通常の輸血が必要になることがあります。
・非常にまれですが、大量の出血があった場合は、頸部切開による外頸動脈の結紮や放射線科による塞栓術が必要になることがあります。
●耳の痛み●
・顔面の腫脹により耳管が閉塞して耳の痛みが生じることがあります。
・飛行機に乗った時のような耳の痛みです。
・腫れの軽減とともに次第に改善します。
・非常にまれですが、中耳炎のような症状を来して耳鼻科的な処置が必要になることがあります。
●固定のずれ●
・チタンのプレートとスクリューでしっかり固定しますが、固定のずれが起こる可能性があります。上顎骨骨切り術における固定のずれは非常にまれです。
●神経の痛みとしびれ●
・上顎骨骨切り術の手術範囲には「眼窩下神経」「口蓋神経」といった頬部や上の歯の歯肉、口蓋の知覚をつかさどる神経があります。
・これらの神経が一時的に麻痺したり、痛みを生じることがあります。ほとんどの場合は麻痺やしびれは時間の経過とともに改善します。
・非常にまれですが、しびれや痛みが継続して残ることがあります。
●外鼻の変形●
・外鼻(鼻)は上顎骨を土台としてその上に存在しています。そのため、上顎骨骨切り術では鼻の形態が変化する可能性があります。
・上顎骨骨切り術を行う際には、鼻の部分を骨から一時的に外す必要があります。その理由は、鼻のくっついている部分より下で骨を切ってしまうと、骨の中に埋まっている歯の根元の部分を損傷してしまうからです。
・主な鼻の変形としては、鼻翼部分の横への拡大や鼻が上向きになる変形です。
・例えば、上顎骨を前方に移動させると鼻が上向きになります。
・手術の際には、鼻翼の部分を骨に固定するなど、鼻の変形をできるだけ行際工夫をします。
・骨の移動方向によっては、鼻の変形は避けられないことがあります。
・鼻の変形の程度が許容できない場合は、後日に鼻形成を行うことがあります。
◆下顎形成術に特異的なダウンタイム、術後経過、合併症◆
●神経の麻痺や痛み●
・下歯槽神経、オトガイ神経
・下唇や下の歯茎及びオトガイ部のしびれが生じる可能性があります。
・下顎の神経は骨の中を走行しており外から確認できません。また、骨切りを行う部分の非常に近くを走行しているため、上顎骨骨切り術に比較して神経のまひや痛みが生じやすいといわれています。
・手術直後は1/3程度の方で、一時的なしびれや麻痺が生じます。
・時間の経過とともに、次第に改善しますが、非常にまれ(1/300ぐらい)の確率で知覚麻痺や知覚鈍麻、神経痛が継続することがあります。
・手術の際にはCTで神経の走行を確認して手術を行います。
●固定のずれ●
・下顎骨は顔面の中で、唯一動く部位の骨であることから、上顎骨と違い固定のずれが起きやすいです。
・手術中は麻酔がかかって筋肉が動いていない状態で固定を行うのですが、麻酔が覚めて筋肉が動き始めると予定の位置から骨がずれることがまれにあります。
・ほとんどの場合は、ゴムによる顎間固定で改善できます。
・1/100例ぐらいの割合で、ゴムによる調節では不十分ため、プレートの再固定や早期の抜釘(プレートの抜去)が必要になることがあります。
・下顎の噛む力は強いため、プレートが破損することがあります。
●感染●
・下顎は上顎に比較してプレート感染が生じやすいです。
・その理由は、口腔内の唾液がたまる部分の近くを切開して手術する必要があるからです。
・術後1ヵ月程度してから起きることが多く、下顎角部(エラの部分)が腫れたり、口の中に膿がでてきたりします。
・プレートの抜去が必要になることがあります。
・異物(プレート)がなくなれば、感染は次第に改善します。
・感染が長期になると、骨癒合不全になったり、骨の融解が生じたりするので早めの受診をお願いします。
●顎関節の痛み●
・手術後に顎関節の痛みを生じることがあります。
・特に顔面非対称などがある場合など、顎関節に負担がかかる場合は生じやすいです。
・手術の際には、骨の干渉部位をできるだけ少なくなるように処理して、骨を無理やり固定しないような工夫をします(この点が下顎骨骨切り術で最も難しく、最も重要な点になります)
●異常骨折●
・薄い骨を矢状分割で2枚にスライスして割ります、そのため、力のかかる方向によっては予定していない場所で骨折が生じることがあります。
・異常骨折が生じた場合は、骨折部位の修復が必要になったり、顎間固定が必要になったりします。
●開口障害●
・手術の際に、口を開ける筋肉を剥離するため、一時的に口があけづらくなります。
・手術後1ヵ月程度から口を大きく開ける練習をしていただきます。
●頬部のたるみ●
・下顎前突の場合は、下顎が後方移動するので、頬部のたるみがでることがあります。
●下顎の移動方向による手術の違い●
下顎前突の場合は、下顎骨骨切り術により下顎を後退させますが、下顎後退(小顎症、顎がないタイプの人達)は下顎を前方に引き出す必要がります。顎の関節の可動性の問題から、手術自体は下顎後退の方の方が手術の難易度があがります。下顎の後方移動量や前方移動量には呼吸や筋肉の付着、口腔内容積の問題から色々な制限があります。下顎後退の程度が強い場合は、骨の延長などの操作が必要になることがあります。