山狗姦獄記 其の壱「鬼ヶ島」
#成人向け #小説 #エロ #グロ #スプラッター
男は容赦無く殺し、女は犯して喰う。
恐るべき殺人鬼「山狗」と呼ばれる男の怪奇譚。
・ #拷姦黙死録山狗 (完全版)リンク付き目次
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=15335078
全年齢・R-18・R-18Gごとにパート分けされています。
#山狗姦獄記
其の壱「鬼ヶ島」(全年齢パート)
「戌年生まれでも、戌の日生まれでもねぇよ」
・
切りっぱなしの短髪に野良着の小柄な小僧は、そう言ってニッと笑った。
「俺のおっ母は、尼寺の下働きでさ。
いつも、俺の事を、おまえは犬の子だって言うのさ。
そしたら、周りが俺の事を戌と呼ぶようになった」
昼過ぎの村外れの辻は、人通りも無かった。
地蔵の祠の横に、若者が屯ろして、昼飯を食っていた。
祠に立て掛けられた幟旗には、「日本一桃次郎」と大書されていた。
それに相応しく、一人は陣羽織を着た男前で、長い刀を背負っていた。
もう一人の男は、坊主頭で茶色の毛皮の腰巻をしていた。
その顔立ちは、猿を思わせた。
さらに、細身の女が一人。
キジを配らった簪を差し、三味線を弾いて唄を歌っていた。
その桃次郎一行には、もう一匹、白い犬がいた。
一行は辻に立っては、鬼退治に向かう意気込みを語り、唄と踊りで投げ銭を稼いでいた。
・
戌と名乗った小僧は、白い犬を撫でながら、三人にいった。
「あんた達、面白いな。
俺も仲間にしてくれよ」
桃次郎の答えは素っ気なかった。
「面白いだと?駄目だ、駄目だ!
俺達は遊びでやってんじゃないぞ。
鬼退治に行くんだ」
「鬼って何処の鬼だよ?
隣村の庄屋か?」
犬の目を見ながら戌が口にした言葉に、三人は一瞬怯んだ。
戌が続けた。
「昨夜さ。男二人で庄屋に忍びこんだろ?
女と犬に荷物の番をさせて」
三人は顔を見合わせた。
構わず、戌は続けた。
「昨日の儲けをよこせ、なんて言わないよ。
ただ、今日から、俺も仲間にしてくれりゃあ。
この犬より、何かと役に立つぜ」
桃次郎は、少し顔を引きつらせて答えた。
「おまえに…何が出来る?」
「色々さ。今まで一人で生きてきたし。
そも、昨夜から後を尾けていたのに、気づかなかったろ?」
フン!と猿は感心した。
戌は懐から、女の膝に何か投げた。
「ほら!返しておくよ。
あんたのへそくり」
桃次郎は、女の膝に落とされた手箱を見た。
女は困った顔をして、すぐにそれを袖に仕舞った。
「こ…これは、ただの白粉入れさ」
戌がニンマリと笑った。
「まぁぁ、仲良くしてくれない、と言うなら。
俺は、あっちに行って、何かを大声で叫ぶかもな」
戌は首を傾け、人家の立ち並ぶ村の通りを見た。
戌が続けた。
「あんた達、目立つからな。
悪い噂が付き纏うと、厄介だぞ」
キジの女は、不安な顔で、男二人に交互に目をやった。
猿は、戌に敵意無く興味を持ったようだった。
それを見て、桃次郎は取り引きに応じた。
「分かったよ。よかろう!
でも、俺達は鬼退治の一行だぞ。
おまえの役所はどうする?
鰯にでもなるか?」
戌は犬を抱え上げた。
「犬も百日参りすりゃあ、人になるそうだ」
「なら、その犬はどうする?」
桃次郎に戌が呆気なく答えた。
「鍋にすりゃあいい」
白犬はまん丸の目をして、戌の鼻を舐め回していた。
・・
戌の加わった翌朝、一行は二手に別れた。
猿と戌は、刀や旗、毛皮の衣装等を隠し持ち、先に進んだ。
桃次郎とキジは流しの唄歌いとなって、辻々で歌いながら後を追った。
裏稼業を仕切っていたのは猿だった。
三つ先の宿場に着いた夜。
いよいよ、戌が働きを見せる事となった。
宿場を一つ戻り、目星を付けていた店に忍び込んだ。
猿は戌の仕事に、つくづく感心した。
身軽な上に、何事も手際が良く、また良く気が利いた。
桃次郎を従えるより、ずっと仕事がしやすかった。
二人は易々と戸締りした店に忍び込んだ。
生憎、金の置き場所には、当番が床を敷いて寝ていた。
戌は声を潜め、猿に尋ねた。
「どうする?
あんたが決めてくれ。
縛りあげるか?
引き返すかい?」
猿は考えた。
いつものように桃次郎が相方なら、迷わず引き上げる所だった。
猿が戌に尋ねた。
「殺すのは勿論、怪我もさせたくない。
出来るか?」
「任せろ」とばかりに、戌は腰に巻いていた縄を外した。
手拭いを猿に渡すと、目で合図した。
戌は寝ている男の胸に、静かに腰を下ろした。
男が目を覚まし、声をあげようとした口に、猿が手拭いを押し込み、さらに両腕を抑え込んだ。
男は慌てて頭を上げた、そこをすかさず、戌が首に縄を回した。
息が詰まり気絶した男の手足を猿が縛り上げるまで、瞬く間の事であった。
それでも、その間に戌は常夜灯から手燭に火を移し、部屋の中を伺っていた。
鍵の付いた銭箱が幾つかあった。
二人は持って帰れる物を探した。
これぞ、と言う物を猿が担ぎ上げると。
その陰に漆塗りの手箱が隠してあった。
戌はそれを手にするなり、中身を察し素早く懐に入れた。
帰りがけに戌は、目を覚ましかけた男の頬を叩いた。
寝かされた男の傍に大福帳を広げ、その上に灯したままの手燭を置いた。
「おとなしくしてろよ。
火を倒すと事が大きくなるぞ」
そう言い残して、戌は猿の後を追った。
・
物陰に潜んだ二人は、銭箱を筵で包み、旗竿に吊るした。
二人は駕籠かきの様に荷を担ぐと歩を進めた。
人家を離れ、村境まで急ぐと、小川の橋で二人は一息ついた。
まだ辺りは暗く、日の出まで暫く間があった。
今夜の仕事に猿は満足だった。
しかし、合点がいかない事もあった。
「おまえ、店を出る前に台所に寄ってきたな?
なんだ?何か食い物でも盗ってきたのか?」
「いいや、逆だ。置いてきた」
「ん?何を?」
「小判だ…何枚かは見なかった」
戌は惚けた答えをした。
「おいおい。十両盗めば死罪だぞ。
それより、小判には手を出すな、後で使うのに手間がかかる」
「だから、置いてきたのさ。
漬物の壺の中にな」
「漬物?そんな、すぐに見つかる…おおっ!」
猿は戌の思惑を察した。
猿は銭箱を叩いて、続けた。
「壺の中の小判が見つかれば。
店の誰かが、こいつを持ち出した奴を手引きした、と思うな」
戌が頷いた。
「ああ、内輪揉めしてくれれば、外には目が向かなくなる」
・・
次の日の昼、宿場の辻で歌う桃次郎とキジを見つけた。
合流した一行は、さらに西に進むと、中継ぎの宿に腰を落ち着けた。
宿と言っても、茶屋の離れの小さな一間だった。
桃次郎は、辻で聞いた話を、二人に尋ねた。
「盗みの件は噂になってるぞ。
店の者に手引きさせたんだって?」
桃次郎は感心した様子だった。
それを猿が笑った。
「戌の手柄さ。
こいつは、役に立つぞ」
キジは筵を捲り、銭箱の錠前を見ていた。
戌が、興味津々に見つめていた。
「あんた、錠を開けられるだって?」
「まぁ…この位ならね…」
キジは数本の金具を取り出すと、感触を頼りに錠前を開けにかかった。
その間に猿は、戌の置き土産の話を桃次郎に聞かせた。
「ふーん。それは、上手い事したな。
十両の小判が店の中に隠してあったからな。
まずは、店の者と知り合いから探るだろう。
俺達は、その間に…」
ニンマリとし桃次郎は酒を煽った。
「おおっ!」
戌は、キジが錠前を開ける手際に、声をあげて感心した。
中には、一朱、二朱の銀が仕分けられていた。
さらに、百文銭もたくさんあった。
四人で分けても十分な額があった。
桃次郎は歓喜した。
「初仕事で大儲けしたな。
こりゃあ、次の宿場で宴会だ」
キジはなによりも、盗みの間に一人で待つ不安が無くなった事を喜んでいた。
・・
山間を進む北の本街道は、中川に行き当たった。
中川を船で下れば、海岸沿いの南の本街道に半日と掛けずに行く事が出来た。
しかし、一行はその途中、脇街道に掛かる中川の大橋で船を降りた。
大橋の袂の宿場町は、辺りで最も栄えた町であった。
船頭の案内で、一行は川岸の安宿に落ち着いた。
古い一軒家や長屋が川沿いに連なっていた。
中川の橋や堤を造っていた頃の名残りで、今は船乗りが川を上る時の安宿にされていた。
・
一間の一軒宿を借り、四人は荷を解くのも早々に、夜の相談を始めた。
桃次郎とキジは、派手な衣装を脱ぎ、出掛ける支度を急いでいた。
猿はゴロリと横になり、キジに酒を頼んでいた。
「風呂に行くんだろ?
酒屋を見つけて、此処に届けさせてくれよ。
酒を…二升。
戌はどうする?おまえは、呑兵衛か?」
尋ねる猿に、戌が答えた。
「いいや、俺は酒は少しでいい。
それより、腹が減った。
何か買って来るから、酒も俺が頼んでくるよ」
「そうか、出掛けるのは二人づつだ。
夜は俺達が呑みに出るから。
食い物は、たくさんはいらないぞ」
猿に荷物を任せ、宿から大橋まで三人は並んで歩いた。
桃次郎とキジは、いつもより仲睦まじく見えた。
橋の袂近くで、屋台の親父に町のあれこれを尋ねた。
桃次郎とキジは、風呂と料理を目当てに大橋を渡っていった。
戌は串物を手に、酒屋へと向かった。
戌が酒ほ持った丁稚を連れて戻った時には、猿は宿の前に天ぷら屋を引き止めていた。
「おう。来た来た。戌、何を食う?」
有り合わせの皿に天ぷらを盛り、二人は囲炉裏端の板間で酒を飲み始めた。
「今までなら、俺の酒の相手はお犬様だったんだ」
「寂しいか?」
「いいや、あいつは、これからは何時までも俺と一緒さ」
そう言って、猿は腹を叩いた。
「あの犬は、ちょいと前から、俺らの後を尾いてきたんだ。
キジの奴が、夜に一人で番をするのは怖いと言うから、追っ払わずにいただけだ」
「俺も、そんな所か?」
「始め…はな。使えそうな奴だと思ったが。
思った以上だ。
おまえは、大した奴だ」
猿が続けた。
「尼寺育ちと言ってたな。
それにしちゃ、癖が悪い。
何かやらかして、逃げ出したのか?」
「いいや。火事があったのさ。
山奥の大きな尼寺で、あちこちに離れや坊があった。
俺が山一つ向こうにいる時に、大火事があって本堂が燃えちまった」
猿は同情した顔になった。
「なんだ…それじゃあ、おまえのおっ母は…」
「さぁな…。焼け方が酷くて、何人死んだかも分からなかった。
山に逃げて、随分散り散りになったそうだし。
俺は、生き残りの数人と麓に下りたものの。
そこには居づらくてな…逃げ出した」
戌は笑ったが、猿は神妙な顔のままだった。
「おまえ、おっ母を探しているのか?」
「探したくても、当てが無い。
探すとしたら…千条院だ」
「センジョウイン?」
「寺か何かだ。
何かあったら、そこに行けと前々から言われていた。
おっ母が生きていれば、そこに行くと思う。
それか…そこに出入りしてる、緋色の女行者を探す」
「女行者?」
「そう…雲水みたい格好で、緋色の着物を着ている。
時々、尼寺に来ていた。
あの人達を見つければ、何か…何か…」
そう口籠った戌は、首から下げたお守り袋を、野良着の上から握りしめた。
猿が優しく言った。
「お守りか?」
「ああ…」
戌は、袋を開け、将棋の駒を取り出した。
「小さい頃、おっ母にもらったんだ。
変わっているだろ」
猿は戌の持つ駒に目を凝らした。
「犬?」
その駒には、犬の一文字が書かれていた。
「さて?将棋に犬の駒なんてあったか?」
「俺は犬の子だそうだからな…。
この駒の事を知ってる奴は…」
「おっ父の事も知ってるかもな」
猿は励ますように笑った。
酒を煽り、猿は続けた。
「俺の親は二人共死んじまった。
ずっと東の山国さ。
流行り熱で、村のほとんどが死んだ」
「そうか…気の毒に。
あの二人も?」
「いや、あいつら、駆け落ちさ」
「駆け落ち?」
「どんな事情か…知らんがな。
身一つで震えている所を、俺が拾ってやった」
猿は陽気に笑った。
「キジ…あいつは、唄も踊りも仕込まれてた。
何処かの店にいたんだろうよ。
桃次郎も頭も良いし、字も上手い。
まぁ、色々あったんだろう」
戌も、それ以上は尋ねなかった。
それでも、つい口に出してしまった。
「今頃、あの二人は美味い鰻でも食っているのかな…」
「フン!焼き餅か?
はははは、俺は、ああいう細身の女は好みじゃない」
猿は奮起して鼻を鳴らすと、前のめりに戌に迫った。
「おまえは、どんな女が好みだ?
今夜は二人で出掛けるが、おまえの初仕事の祝いだ。
俺が奢ってやる」
「女を買いに行くのか?」
「そうだ。おまえ、女は初めてか?
だったら、それは、それで…」
「俺は女だ」
「何っ!」
猿のほろ酔いが覚めた。
そして、しげしげと戌を見て言った。
「俺は、肉付きの良い、ふっくらした女か゛好きだ」
「そうか」
「俺に惚れても…無駄足だぞ」
「覚えておくよ」
戌は酒を煽った。
・
「面白い話を聞いたぞ」
桃次郎とキジは、上機嫌に宿に帰って来た。
二人が帰るのと入れ違いに、猿は鼻歌交じりに女郎屋に出かけていった。
戌は夜も出掛けずに、宿に残った。
キジは買ってきた着物を板間に広げ、満足そうに眺めていた。
桃次郎の機嫌の良さは、風呂屋で聞きつけた昔話だった。
桃次郎は戌が残ってくれて、嬉しかった。
「この近くに鬼ヶ島があるそうだ」
意気揚々と語る桃次郎を、キジが横目に呆れていた。
どうやら、帰り道に散散聞かされたようだった。
戌も露骨に訝しい顔をした。
「んぁ?近くに鬼がいたら…こんなに呑気にしていられるのか?」
「昔の話だからな。
中川を少し下った中洲に、遊郭があったそうだ。
廓島、と呼ばれていた。
転じて、今は胡桃島だとさ。
そこに鬼が現れて、門前町諸共、焼き尽くしたそうだ」
「で?」
「それ以来、中洲には人が住んでいない。
住む所か、誰も踏み入らないそうだ。
そこに、何か鬼に纏わる物が残っているかも」
「それで?」
「鬼の遺物があれば、見世物を開ける。
辻々で銭をもらうより、楽に儲かるぞ」
「見世物小屋か…」
戌は、まだ見世物小屋の中を知らなかった。
桃次郎は残っていた酒に手を伸ばし、続けた。
「そもそも、西には鬼ヶ島があると聞いて、こうした格好をしていたんだ。
それは、胡桃島の事だったんだ。
道々、講釈の筋も考えていた」
酒を片手に桃次郎は、自分の荷物から書き溜めた手習い草子を引き出した。
それを捲りながら、戌に尋ねた。
「おまえと猿はどうする?
このままの暮らしを続けるのか?
同じ浮き草旅暮らしにしても、見世物小屋を持てば、危ない橋を渡らなくて済むぞ」
桃次郎は顔を上げ、戌の顔をまともに見た。
「それとも、おまえは盗み…が好きなのか?」
「そんな事はないさ…。
食う為さ」
「ふむ。だったら、俺の話も考えてくれ。
おまえと猿どっちも、商い事をやらせても長けていると思うんだ…」
「どうだかな…」
「金の頭割りを任せても、正しく出来たじゃないか」
先日の銭箱の金を四当分するのを、猿は戌に任せてみた。
戌に勘定が出来るのか試してみたのだが、戌は手際よく、それをやって見せた。
「まぁ…悪い考えではない…かな」
戌にしても、先の先まで考えた事はなかった。
「猿兄が帰って来たら、また四人で考えよう」
「そうだな」
桃次郎は頷いた。
・・
安宿に腰を下ろして三日。
桃次郎は舟乗りや町の方々に声をかけて、胡桃島について聞き集めていた。
キジは体を休める為に、宿に籠っていた。
猿はキジと荷物の番をしながら、酒を飲み、夜には女を買いに出ていた。
戌には、さしてやる事もなかった。
しかし、大橋の宿場町は、戌の知らない栄った町であった。
昼の間、戌はうろうろとあちこちを物見していた。
陽の落ちる頃、戌は大橋の袂で風に吹かれていた。
夕日は赤く、眩しかった。
「どうした?泣いているのか?」
「え?」
戌に声をかけたのは猿だった。
そう言われて、戌は自分の頬に涙が落ちているのに気がついた。
「え?ああ、いや…陽が眩しい…だけだ」
「フン!そうか…」
猿は、それ以上何も言わなかった。
二人は欄干に並び、沈む夕陽を眺めた。
「おまえは、どうする?」
猿は唐突に戌に尋ねた。
「何だ?飯か?…女か?」
「いや、見世物小屋の話さ」
「ああ、桃兄か…」
「胡桃島に行くのは面白そうだがな。
俺は一っ所に住む性分じゃないし。
あいつらの世話を、何時迄もするつもりもない。
まぁ、後一つ位仕事したら、金を残してやるから、後はあいつら次第で…」
戌は黙って聞いていた。
猿が続けた。
「で?おまえは、どうする?」
「ん?猿兄に、尾いてきて欲しいのか?
なんだ?俺に惚れたか?」
「フン!それは、無い。
が、見込んではいる」
「俺も一っ所に居るつもりはない…」
「そうだったな。
探すのか?…何とか言う寺を」
戌は黙って頷いた。
戌は猿に向き直り、続けた。
「桃兄は浮かれ過ぎて、一つ忘れてる」
「ん?」
「胡桃島に行っても、何も無い時の事を考えてるのか?」
猿が声をあげて笑った。
「何も無かったら、何か作ればいいのさ」
「作る?」
「見世物なんて、そんなもんさ。
まずは、鬼ヶ島と名の付く所に、桃次郎の旗を立ててこないとな」
その答えに、「そういう事か」と、戌も笑って承知した。
・・
一行は、中川沿いを二日かけて歩いて下った。
道すがら耳にする胡桃島の話は、昔話ばかりだった。
祖父ぃさん所か、曾祖父ぃさんの頃の話だと言う者もいた。
何にせよ、今もなお胡桃島は禁忌な場所であり、近づく者はいないと言う事だった。
・
中川の大堤を歩き、一行はついに胡桃島を目にした。
しかし、大きな川の向こう岸に近い中洲であり、胡桃島の裏側しか見る事が出来なかった。
戌は島を指差して言った。
「なんだよ、島はあっち側じゃないか」
桃次郎は当然とばかりに返した。
「そうだよ。ほら、よく見ろ。
向こう岸はずーっと葦原だろ?
あっちからは、近づけないのさ。
舟で渡れば、こちら側に舟着場があるそうだ」
猿が尋ねた。
「で?舟の当ては?」
「これから探す。
それに、あそこで何をするか、じっくり考えないとな」
桃次郎は、大きく息を吸って胸を張った。
「さぁ…いよいよ、鬼退治だ!」
・・・
「日本一桃次郎」の幟旗とキジの唄は、田舎では目についた。
・
居酒屋で夕飯を食っていると。
居合わせた一群の客から一人、猿に近づく若者がいた。
「あんたら、辻で何やら意気込んだ立ち回りをしていたが。
旅芝居の一座ではないんだろ?」
「ああ」
「まさかだが…本気で、鬼ヶ島に渡るつもりで、此処まで来たのか?」
「うむ」
桃次郎とキジは陽気に、他の酔客の相手をしていたが。
その男は、一行を仕切るのが猿だと見当をつけていた。
「フン!此処いらの者は、皆あの島を怖がって近づかないぞ」
「ああ、そうらしいな」
猿は男に向き直り、酒を勧めた。
「実はな、その事で困っているんだ。
あんたに、その当てがあるかい?」
男は見るからに、畑仕事の土に塗れた格好をしていた。
舟で上り下りする者には見えなかった。
「俺は舟は持ってないが、当てはある。
渡しの船頭もした事がある、舟を漕げるぞ」
猿は、男の目論見に答えてやった。
「ふむ。それで?
幾らで、何をしてくれる?
言っておくが、俺達は大して金は持ってないぞ。
金に不自由していないなら、そも、こんな格好して、投げ銭なんぞもらっていない」
「フン!そりゃあ、分かってる。
何、俺もあの島の事は気になっていたのさ。
所が、意気地のある仲間がいねぇ」
「だったら、行く時は、あんた一人かい?」
「ああ。もっと必要か?」
「いやいや、金が無い。
舟で行き帰り出来れば十分だ」
「なら、俺一人でよかろう」
まさに、渡りに舟の話であったが。
しかし、隣で聞き耳を立てている戌は、男の視線が気になった。
目を泳がせながら、ちらちらとキジを見ていた。
男の目的は、金よりもキジにありそうだった。
それは、猿も察していた。
「ありがたい話だ。
此処は騒がしい、どうだ?
外で話を詰めないか?
酒は一本奢るぞ」
「ありがてぇ」
猿は戌に向いて言った。
「おまえ、姉ちゃん達に言っておいてくれ」
「あいよ!」
男は初めて戌の方を向いた。
「ん?弟か?」
「ああ、あの女の弟だ。
あっちの男は、俺の幼馴染さ」
「ふぅぅん。よろしくな」
猿と男は酒を片手に、店の外に向かった。
・・
「何時の間に、舟の手配をしたんだ?」
翌朝、一間の宿で桃次郎は眠そうな顔で猿の話を聞いていた。
「おまえが、おっさん達の前で裸踊りをしている間にさ」
「裸踊り?俺…そんな事したのか?」
尋ねられたキジは、顔を赤くして首を振った。
猿は桃次郎の肩を叩き、戒めた。
「最後の大詰めだぞ。
何事も油断するなよ!
そこそこ金があって、鬼ヶ島が目の前にある。
この機会を逃せば、この暮らしから抜けれなくなるぞ」
「うむ…おお!そう、だった!」
桃次郎も気を引き締めた。
猿は逆に気を緩めた。
「まぁ、おまえ達は今のままでいい。
その方が周りが油断するしな。
後ろの守りは、俺と戌に任せろ」
・・
その日の朝早く、三人は中川に流れ込む小川の岸で舟を待っていた。
小振りの樽二つに、酒や食い物を詰め、島での夜明かしに備えた。
程なくして、鰯と猿が舟でやって来た。
桃次郎は船頭を買って出た男を、鰯と名付けていた。
荷を積むなり、鰯が言った。
「川を渡って、島に行くには、少し舟を川上に引き上げないと。
男三人は綱を引いてくれ」
猿はそれならばと答えた。
「戌は大して力が無いからな。
姉ちゃんと船に乗れ。
姉ちゃんが落ちないように支えてやれ」
鰯は少し渋った。
既に船の揺れに臆していたキジは、それを望んだ。
猿と入れ替えに、戌はスルスルと舟に乗り移り、キジの手を引いた。
・
広い中川の真ん中を、舟は胡桃島に向かって進んだ。
桃次郎は一番前で勇ましくしていた。
猿は幟旗を掲げ、船の真ん中にどっしりしていたが。
キジは船酔い気味で青い顔をしていた。
戌は船縁から川面を眺め、流れる水に手を浸していた。
・
近付くにつれ、胡桃島の大きさに皆は驚いた。
鰯でさえ、此処まで島に近付いた事はなかった。
胡桃島の裏側は石が積まれ、城の石垣の様であった。
その上に、燃え落ちた楼閣の残骸が見て取れた。
舟着場に寄せると、まずは戌が島に飛び移った。
戌は投げられた綱を持って、縛り付ける先を探した。
舟着場には沈んだ舟があって、舟を着けるのに一苦労した。
一行が島に上がるのに、半刻掛かってしまった。
一行は、黒く焼け残った柱の列を抜け、島の表側に向かった。
足元は雑草が蔓延り歩きづらかった。
胡桃島の表から対岸に渡る大きな橋と門も、すっかり焼け、崩れ落ちていた。
川の中に、橋の燃え残りが沈んでいた。
対岸にあったと言う門前町は、僅かな跡形を残しただけで、葦の茂みに変わっていた。
暫くこの中洲の島に、誰も上がった者がいないのは確かだと思えた。
「何人死んだのかな…」
戌の呟きは、誰の耳にも入らなかった。
四人は楼閣と呼ばれた女郎屋の残骸に圧倒されていた。
黒く煤けた柱と、砕けた瓦が山と積み重なっていた。
方々から草木が芽吹いていたが、その瓦礫の量が、元の威容な姿を感じさせた。
我に返った猿は、持ってきた幟旗を、括り付ける場所を探し始めた。
キジは息が上がって、石垣の端に座りこんでしまった。
桃次郎は楼閣の残骸の中に入れないものかと、中を覗きこんでいた。
鰯がキジに近付くのを見て、戌は鰯を突ついた。
「水を飲ませてやろう」
戌は鰯を促し、舟に荷を取りに向かった。
・
倒れた柱を頼りに、石垣をよじ登った猿は、見晴らしいの良い場所に出た。
中川を行き来する舟から見えるようにと、幟旗を括り付けた。
そこから下を眺めると、島の端に、まだ新しい砂州があった。
雑草もまばらで、砂利の岸が広がっていた。
その真ん中に、大きな岩があった。
猿は目を凝らした。
「おい!誰かいるぞ!」
猿は大声で皆に知らせた。
岩と思ったのは、蹲る大男だった。
舟の上で樽を持ち上げていた鰯は、その声に驚き、危うく樽を川に落とす所だった。
桃次郎は、残骸の中で頭を上げ、柱に頭を打った。
キジは身近に誰もいない事で、不安に青褪めた。
戌は、猿の指差す砂州を目指し駆け出した。
「待て!戌っ!待て!」
上から見ていた猿が、戌を止めた。
戌は、その声に藪に身を潜めた。
猿は石垣を降り、戌の元に向かった。
戌は、砂州に蹲る男の背中が見えるまで、そっと近づいた。
その後ろに、猿が追いついた。
戌は慎重に男を観察した。
「生きているのか?
動かないぞ…」
背中だけ見ても、大男の体格だと分かった。
着物は砂塗れで、長い髪も乱れていた。
まるで、川に流された化け物が川岸で干からびている様だった。
猿も目を凝らし、男の背中を見ながら言った。
「まさか、あれが鬼か?」
「鬼なら角があるだろう」
戌は、そう言うと立ち上がり、大男を前から見てみようと進み出た。
「おい!おいっ!」
猿が止める間も無く、戌は男の背中に忍び寄っていた。
猿は懐から短刀を抜くと、戌に続いた。
戌は、ゆっくり、音を立てずに男の前に進んだ。
そして、俯く男の顔を覗き込んだ。
・・
その男は、伸び放題の髭面で疲れた顔をしていた。
目は開けていたが、物が見えているか、分からなかった。
戌は恐れよりも、興味が優っていた。
男の顔を見上げ、角が無いのを確かめた。
戌は、猿を見て、頭の上に指で角を作ると、首と手を振った。
蹲る男が人と分かっても、猿は気を緩めなかった。
腕を伸ばし、戌の手を引いた。
「戌。こっちに来い」
その声に、男の頭が動いた。
引き寄せられる戌を追って、男の目が動き、輝きを取り戻した。
「…イヌ…」
男は呟くなり、ノソリと立ち上がった。
砂埃が舞い上がり、大きな体が露わになった。
猿は戌を背中に回し、刀を構えた。
「動くな!動くなっ、おっさん!」
刃を見るなり、男の動きは素早くなった。
「この、クソ餓鬼っ!
まだ、イヌに付き纏うのか!」
男の力は強かった。
刀を持つ猿の手首を、掴むなり、握り砕いてしまった。
その腕を引き寄せ、男は猿の頭を拳で殴りつけた。
猿の頭は、その一撃でカチ割られてしまった。
「イヌっ!怪我は無いか?」
男は、立ち竦む戌を引き寄せた。
男は戌の頬を手で包み、無事を確かめた。
その手を、自分の干からびた手を見て、男は我に返った。
「俺は…どうした…?
そうだ、あのガキと一緒に川に落ちて…。
イヌ?どうして、おまえは、此処にいるんだ?
まさか、後を追って川に飛び込んだのか?
バカ野郎…、あの橋、大橋で待っていればいいんだ。
俺は…俺は、必ず…」
男は小さな戌を抱き、泣き出したようだった。
しかし、枯れた男の目からは涙は流れなかった。
戌は、訳も分からぬまま、呆然としていた。
・
茂みの向こうで三人が声をあげても、戌の耳には聞こえなかった。
何もかもが、一瞬だった。
猿の死に様に、キジは悲鳴をあげた。
桃次郎は背中の刀を抜いたものの、それは格好ばかりの竹光だった。
桃次郎は首をへし折られ、鰯は体を二つに折られて、殺されてしまった。
押し倒されたキジの額を、短刀が貫き、地面に釘付けにされた。
着物は引き千切られた。
しかし、男はすぐにキジを担ぎ上げ、投げ捨て叫んだ。
「なんだ!この、鶏ガラみたいな女は!」
瞬く間に三人を殺した男は、振り向きノシノシと戌の元に帰ってきた。
「イヌっ!行くぞ!」
戌は、我に返った。
「行く?…行くって何処に?
おっさん!此処が何処だか、分かっているのか?」
その言葉に、男も我に返った。
辺りを見回し、三方が川面である事に気付いた。
「そうだ…此処は…何処だ?」
戌は、男を落ち着かせる事にした。
「此処は、川の中の島だ。
他には誰もいない。
逃げる必要は無いんだ」
男は戌をじっと見下ろした。
戌は臆せずに続けた。
「水も食い物もあるぞ…酒も」
「イヌか?」
男の問いに、戌は戸惑った。
「ああ、…戌だ」
男は、戌の腕の下に手を回し、赤子を抱き上げる様に、引き上げた。
正面から顔を合わせ、戌の顔を見た。
「イヌの様だが…少し、小さいな。
どうしたんだ?おまえ?」
戌は、どうしていいか、どう答えるか、迷った。
男に持ち上げられたまま、戌は懐のお守り袋を取り出し、中の駒を男に見せた。
「俺の名は、戌だ。
戌年生まれでも、戌の日生まれでもないがな」
犬の駒を見るなり、男の体から力から抜けていった。
戌を静かに下ろすと、そのままドシリと腰を下ろした。
・・
戌が火を起こす間に、男は持ち込んだ水や酒を飲み干してしまった。
火が柱の欠片を燃やし始めると、戌は立ち上がった。
空の樽を持ち、男を促した。
「水を汲むのを手伝ってくれよ。
あっちに舟がある。
食い物もあるぞ」
喉を潤した男は、素直に戌に従った。
「この舟で来たのか?」
「そうだよ。
あんたは、どうやって…何時、此処に来たんだい?」
「分からんな。
覚えていない。
そも、此処は何処なんだ?」
「鬼ヶ島さ」
「鬼?」
食い物の樽と水を汲んだ樽、二つ共男が楽々と抱えて、二人は戻った。
「元は胡桃島と呼ばれてた遊郭だそうだ。
あれが、女郎屋の焼け跡。
あっちの岸に町があったが、みんな燃えちまったってさ」
「フン!それが、鬼の仕業なのか?」
半信半疑の男に、戌は頷いた。
男は辺りを見渡した。
「それにしたって、随分昔の話だな」
二人は湯を沸かし、昼飯を食った。
・
戌は、明るい内にと、四人の亡骸を弔う事にした。
亡骸から、金や物を集める戌を、男は見下ろしていた。
「死人が怖くはないのか?」
「生きてる奴の方が厄介さ」
そう返す戌の手際は、早かった。
三人が何処に金を隠し持っているのか知っていた。
「三途の川の渡し賃は六文だろ?
それだけ残しておいてやりゃあいい」
鰯の懐を探しても、大して金を持ってなかった。
「ふむ。これっぽっちで雇われて…命を落とすとはな」
戌は鰯の金は、獲らずに懐に戻した。
そんな戌を見ながら、男は言った。
「六文銭か…おまえ、一度は三途の川を渡ったんだろ?
鬼婆がいたと、言ってたじゃないか。
あの時、六文の渡し賃をちゃんと払ったのか?
金をけちったから、この世に追い返されたのかもな」
男は声をあげて笑った。
戌は、楽しそうな男の顔に、少し驚いた。
鼻を鳴らし、男が続けた。
「そうだ…おまえはイヌじゃなかったな。
あいつは、とっくに何処かに行っちまった…」
戌が男に尋ねた。
「そっちのイヌは、俺に似ているのか?」
「うむ。おまえは、少し幼い。
イヌは、もう少し背があった」
男は自分の胸の中程に掌を当て、背丈を示した。
「そっちのイヌは、…あんたの子供か何か?」
「いいや。それに、おまえに似てると言っても奴は、女だ」
「俺も女だ」
戌の答えに、男は目を丸くした。
そして、優しく笑った。
「全く…、おまえは、イヌにそっくりだ」
「そのイヌも女なら。
あんたの女房だったのか?」
「いいや」
「そうか?さっきは、随分心配していたぞ」
「女房じゃない…が。
大事な旅の道連れだった」
・
男は、戌に言われた訳でもなく、四人の亡骸を担いで集め、並べてやった。
「すまんな、さっきはカッとなっちまって。
おまえの道連れを、みんな殺しちまった」
「いいさ。道連れだったが。
半月程の付き合いの行きずりだ。
それより…」
戌は躊躇いつつも、きっぱりと言った。
「俺は、あんたに惚れた。
あんた強いな」
戌の言葉に、男は呆れた。
「惚れただと?
生憎、俺はもっと肉付きの良い女が好みなんだ」
がははは、と男は声をあげて笑った。
戌は動じなかった。
「だったら、楽しみにしておけ。
俺のおっ母は、肉付きの良い、良い女だぞ」
男は戌の頭を、大きな手で撫でた。
「ははは、楽しみにするにしても、随分先の事だな」
「じゃあ、長い付き合いになるな」
戌はニッと笑った。
・・
島を出るのは夜の事にして、二人は焚き火の横で寛いだ。
戌は自分の金と三人の金を一つにして、それを等分に分けた。
それを二つの袋に詰めた。
「半分は、あんたが持っていろよ」
男は金に手を出さずにいた。
戌が続けた。
「あんた、飲兵衛か?」
「んぅ?」
「島を出ても、無駄使いすんなよ」
戌の上からのものの言いように、男は笑った。
「そんな心配をするなら、金は、おまえが持っていろ」
そう言われても戌は、男の前の金には手を出さなかった。
男は自ら、金を戌の方に寄せた。
「なら、この金でおまえを雇うってのは、どうだ?」
「え?」
「俺の頭がもう少しはっきりするまででいい。
俺の世話をしてくれ」
戌は、それを承知した。
それでも、金の入った袋を男に差し戻した。
「それは請け負うから…まず、これは、あんたが持っててくれ」
男は渋った。
「俺の懐に、袋二つは重過ぎなんだよ」
フン!と、男は笑って、金を懐に入れた。
その時、男の胸元にもお守り袋が下がっているのが、戌の目に止まった。
「あんたも持っているか?」
戌に指差され、男もそれに気付いた。
「ああ、そうだ…そうだった」
男はお守り袋を首から外し、戌に投げてよこした。
戌はそれを見て笑った。
「なんだ?柄にも無く、可愛いい根付が付いているぞ」
鞠の様に、丸くなった鼠の根付だった。
戌が尋ねた。
「中を見て、いいのか?」
「うむ」
戌が袋の中を摘まみ出すのを見ながら、男が続けた。
「どんな因縁だろうな?
その天狗の駒は、おまえの犬の駒と…」
戌の指が持っていたのは、真っ黒な珠だった。
「駒じゃないぞ。
玉石か?黒い玉だ」
男は、自分が思い違いしていた事に驚いた。
手を伸ばし、戌から真黒珠を受け取った。
その艶の無い黒い珠を、空に翳した。
「それ…何だ?」
戌の問いに、男は答えられなかった。
「さて、…何だったかな…」
一息ついて、男は嬉しそうに思い出し笑いに頬を緩めた。
戌が身を乗り出した。
男が続けた。
「何かは、よく分からん。
イヌはいつも不思議な事ばかり言ってた。
俺には、とんと見当のつかない事ばかりをな」
男は、真黒珠を戌に返した。
戌は再び、それを袋に戻した。
男が言った。
「おまえにやるよ」
「えー。何言ってんだ。
こんな袋に入れてんだぞ。
あんたを好いた女がくれた物じゃないのか?
それこそ、イヌがくれたんじゃないのか?
あんたが持ってろよ」
戌は、男にお守り袋を投げ返した。
男は、素直にそれに従った。
お守り袋を首から下げ、懐に仕舞った。
そして、戌を手招きした。
戌が少し、身を寄せると、男は軽々と戌を抱き上げ膝に乗せた。
戌は何も言わず、おとなしく、男の胸に凭れた。
其の壱「鬼ヶ島」ー終ー
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