白蛇のお話

 健吉は朝になってようやく村にたどり着いた。空気が随分と重い日のことだった。あたりはまだ薄暗かった。
 正面に見える村いちばんの山を眺めながら歩いていると、ずるりずるりと山が動き出しているように見えた。よくよく見ると、上にせりあがるように動いていて、木がゆっさゆさと大きく揺れている。頂上にどどどんと一本の大木がせりあがったと思うと、きらきら根のあたりで赤く光っているものがある。急にごおおおおおという叫び声が響いて、大地が揺れた。
 健吉は地震だと思って慌てて走り出し、村の手前の丘を登り切ったところで、真っ白になった村を見たのだった。
 村の家のある場所が全て真っ白になっていた。しかもそれは山と同じくずるずるずるずる動いている。そしてだいたい屋根の辺りに同じく赤く光っているものがある。
 健吉が丘を駆け下りて村の入口まで来くると、はっきりと彼は悟ったのであった。自分の見ていた白いものはすべて巨大な白蛇だったと。巨大な蛇たちが何匹も何匹も、家々の周りにとぐろを巻いて、ずるずるずるずる回転していた。健吉が唖然となって山の方を見ると、山もまた真っ白。蛇がずるずるずるずる回転していた。
 それから間もなく蛇たちは健吉に気づいたのだった。のっそりのっそり首を伸ばして周りに並び、健吉は真っ赤に目に見つめられた。真っ白な鱗に囲まれ、それよりも真っ白な顔になっているのじゃないかと思ったくらい、震えることさえできずに健吉は固まっていた。
 ついに山の大蛇も首を伸ばすと、それは家の大蛇たちの何百倍も大きい顔をしていて、ちろちろ健吉よりも大きな舌を出していた。
「ああ、退屈だった」
 健吉は聞いた。
「そろそろ出て行くよ」
 すると彼らは山の大蛇を先頭にして一塊になって、まるで一つの海のように、うねりながら健吉のわきを通りすぎていった。
 気づけば健吉は水の上に浮かんでいて、もと山があった場所はそのまま山が巨大な桶か何かですくいとられたかのように、ぽっかりと空間ができていた。そしてちょうど太陽がその真ん中あたりに見えた。
 水の中に顔を突っ込むと、家々は一つもなく、だだっ広い平野が広がっているかのようだった。顔をあげるとどこからともなくぷくぷくぷくぷく彼の村のとある人の顔が、水の上に浮かんできた。しかし声をかけようとすると消えた。そしてまた一人現れては消え、現れては消え、それを何べんも何べんも繰り返したのち、太陽が山のてっぺんだったあたりに昇った頃には、水の上には誰の姿もなかった。

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