アムリタと人称の認証/3÷3=1の証明
問1)点pが朝6時半に夢から覚めるとき、自宅から劇場までの線分ABの長さを求めよ。
『n+1、線分AB上を移動する点pとその夢について』の最初のシーンは、『n+1、線分AB上を移動する点pとその夢について』の出演者の一人である「彼女」が舞台本番当日の朝に自宅で目を覚まし、劇場へ向かうところから始まる。「彼女」に名前はない。あるのかもしれないが観客には知らされない。パンフレットの配役表には、「チェックの彼女」とある。ほかにも、合計8人の出演者はそれぞれ「ガチャピンの彼」「水玉の彼女」など、着ているパジャマの模様によって、とりあえず誰が誰であるか区別できる必要最低限の情報だけを持たされてそこにいる。
(河合恵理子)さんが演じる(チェックの彼女)は、カッコ内の言葉を変えれば別の誰かと簡単に入れ替わる。それは、これが演劇だからだ。演劇は「役」を「役者」に代入すれば誰にでもなれる公式だ。誰にでもなれる「彼」や「彼女」たちは、逆に言えば誰でもあって誰でもないような状態にある。誰でもあるということは、このお芝居を見ている誰か(たとえば「わたし」)でもあるのかもしれない。
問2)Aを出発点として線分AB上を移動する点pが、終点Bの存在を知った時の気持ちを述べよ。
8人の出演者はそれぞれ、自分のことを「彼」「彼女」と呼びながら、自分自身の生い立ちや過去について話す。最初の記憶は何歳の時? 初めて嘘をついたのは何歳の時? などなど、具体的なエピソードと一緒に語られることで「彼」「彼女」は「わたし」から少し遠ざかる。あるいは逆に、同じように「幼い頃に階段から転げ落ちた記憶」がある「わたし」にとって「彼」「彼女」はいっそう近しい存在にもなる。そして、
死というものを知ったのは何歳の時?
小さいころ、誰もが考えたことのある疑問。未来を楽しく思い描いていたはずが、ある地点から先への想像が及ばないことに気付く。その先に何があるのか知らない。あるに違いないと思っているのに、手を伸ばすことができない。宇宙の外側を考えるときのような頼りない気持ちになる。
線分と直線の違いは、端点があるかどうかだ。線分には必ず始まりと終わりがある。人生にも、そして、このお芝居にも必ず始まりと終わりがある。そこに行きあたった時、彼=彼女=点pは、自分が線分ABの上にいることを自覚する。
問3)点p=終点Bのとき、線分ABに悔いはなかったか、検算せよ。
ところで、演劇は嘘をつくことができる。時間は一気に50年後、2063年へジャンプする。結婚した点pもいれば、孫がいたり、すでに死んでしまっている点pもいる。50年ぶりに集まった点pたちは近況を報告しあう。それぞれの人生を歩んできた点pは互いの人生を羨みあい、やがて口々に後悔の声をあげはじめる。もっと演劇したかった、演劇なんてやるんじゃなかった、まともに働きたかった、働きたくなかった、優しくしたかった、愛されたかった、、、ばらばらに発せられて互いに矛盾しあうような不平不満は、今後どう生きようともどれかには当てはまるような、悔いのない生き方なんてないことを証明するような「ほんとうの」声だった。
問4)劇場B203における線分ABと「あなた」の交点pを求めよ。
不満を爆発させながら死んでいった点pは、時間を巻き戻して、もう一度生き直すことにする。今度は「彼」「彼女」ではなく「わたし」として。違うのは、意味もわからず移動していた一度目ではなく、自分が移動してきた線が見えていること。あの場所で産まれて、あの階段で怪我して、あのきっかけで演劇をはじめた自分の軌道を、もう一度太い線でなぞり直すこと。そして点pは「いま、ここ」にたどり着く。客席に向かって「あなたが見えます」と力強く言ってくれる。
問5)点p=「わたし」のとき、「いま、ここ」を始点Aとして、ここから想像する線分ABをフリーハンドで作図せよ。
「いま、ここ」にたどり着いた後も点pの移動は止まらない。どんどん加速して、好き勝手な未来をアドリブで描き出す。カレー屋を開店してみたり、アフリカゾウと戦ってみたり、エベレストを神戸に密輸してみたり……でたらめでもなんでもかまわない、いたるところに引かれた無数の線分ABは、いつかどこかで必ず「あなた」の線分ABと接触する、交差する、影響する、合致する。
やがて8つの点pは思い思いの方法で死を受け入れ、「おやすみなさい」と眠りにつく。最後の一人が死んでも時間は過ぎていく。2083年、2084年、と羊でも数えるみたいに西暦を数え上げていた彼/彼女が夢(演劇)から覚めて舞台上を去るとき、客席にいた僕らも同時に目を覚ますのだった。
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アムリタ「n+1、線分AB上を移動する点pとその夢について」
2013年3月13日~16日@早稲田大学学生会館B203
【脚本・演出】荻原永璃
【出演】河合恵理子、大矢文、越寛生((劇)ヤリナゲ)、小山瑛子(劇団くるめるシアター)、新上達也(劇団森)、鈴木太一朗(劇団森)、三谷奈津子(38mmなぐりーず)、森田和人(劇団森)
【舞台監督】橋本有希
【音響】カゲヤマ気象台(sons wo:)
【照明】瀧ヶ崎彩香
【舞台美術】谷端彩
【宣伝美術】星野夏来
【制作】高品あゆみ(劇団森)
【ドラマトゥルク】吉田恭大(アムリタ)
【製作】アムリタ