「消え物の酒」のつくりかた

注意:この記事はあくまで「舞台小道具としてのアルコール飲料缶の製作方法」を紹介するものであり、酒税法および食品表示法に違反する、あるいは同法からの逸脱を推奨する内容のものではありません。

こんなことを呟いてから早くも1か月半が経過したけれど、近所に2つあるうちの、普段あまり行かない方のスーパーで、ついに出会えた。そうさアサヒのジョッキ缶、きみをずっとさがしてた。

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この商品が発売された当初、なかなかに売れ行きが凄かったと聞く。わかるよ、だって画期的だものね。ビール缶の天面すべてがワンタッチで取り払えるだなんて、取っ手の取れるティファールくらいの大発明だ。え? あれ? みんな驚いてるのはそこじゃないの? 「おいしそう」だから? ああ、そうなんですね…失礼しました。ジブン、用があるのは中身よりもあくまで「缶」なので。

さて、それで今から何をするのかというと、「見た目は缶ビールなのに、舞台上で一気飲みしても未成年の役者が飲んでも大丈夫な飲み物」を作ってみたいと思う。

* * *

部屋などに集まった人々が缶ビールで乾杯する、という行為はごく日常的であって、特別珍しいものではない(厳密に言うと「日常」においてはここ1年で珍しいほうの部類に入るようになってしまったが…その話はまた別の機会に譲りたい)。台本に書くのも難しくはない、ただ一言「めいめいに缶ビールを開け、乾杯する」と書けば済むだけの話だ。

が、実際に舞台上のフィクションとしてこれをやるには、現実的な問題がいくつも邪魔をしてくる。この一文だけで実際なのかフィクションなのか現実なのか曖昧になってしまうくらいに事は複雑だ。

最も簡単な妥協案としては「ビールの空き缶を使う」という方法がある。ただ、こいつの最大の欠点は飲み口をごまかせないところにある。飲み口が絶対に見えないような工夫を演出でつけられるならいいが、見つかってしまった以上「どうみても空き缶だ」と思われるのは避けられない(さらに言うと、机の上に置いたときの「コン」という軽い音でもバレやすい)。それに、乾杯するシーンに最大のカタルシスを与えるものは開缶時のプシュッという音ではないだろうか。開栓済みの空き缶にはそれができない。

だったらいっそ「本物を使う」のはどうか? たしかに偽物だとバレる心配はほとんどなくなる(なぜなら本物だから)。ただし、その代償として役者は酔う。作風によって程度の差はあれど、アルコールを摂取した状態で舞台上を駆け回ったり、長台詞を淀みなく発するのは容易なことではないし、「それをやるのが役者だろう」の一言で強制していいことだとも思えない。乾杯だけして飲まないというのもよくわからないし…口には含むけど飲みこまないで缶の中にすべて戻す、というのは技術的には可能かもしれないけれど。なにより、役の設定が20歳以上でも演じる役者が未成年だった場合、この方法は使うことができない。

これまでは「本物のビール缶の底面に小さな穴をあけ、そこから中のビールを抜き取り、かわりに水と入れ替えて重さを復元したのち底面の穴を目立たないようにアルミテープ等で塞ぐ」がおそらく最善手だった。しかし時代は移り変わり、科学が進歩し、ジョッキ缶が登場した今、新しい方法を試してみる価値はある。

前置きがずいぶん長くなった。ではこれより、実作に移っていきたい。

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