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【今日の臨床】バイアスと付き合いながら臨床推論するためには 理学療法士

今回は他のセラピストや学生との会話、治療介入を見たうえで、「自分自身の臨床推論に盲点は無いか」を考えた経験についてまとめていきます。

まず初めに私自身が考える臨床推論とバイアスの関係は、誰しもが自分自身の思考に対してバイアスがあり、それはその思考を内観して自分自身を振り返ることでバイアスに気づき、修正することで視野を広くみることが出来るのではないかと私は考えています。

基本的には臨床における思考の偏りは、今まで勉強してきた内容と実践してきた内容それらを指導してきた先輩や上司との関係性などの環境因子を含めた複雑的な体験の成功と失敗の結果起こり得るものではないかと考えています。

さらに今までの人生における価値観や生活習慣までもがなにかしらのバイアスの要因となり、もちろん対象者の思考もバイアスがあるものだと感じています。

その中で、学生と臨床推論について会話していると「筋力」「可動域」などのワードが多く、「伸張性低下」「拘縮」「廃用性萎縮」などの背景を答えることが多かったです。

それをなぜかと考えると学内教育でその部分に費やしている時間の長さ教育の質的要素が担保されていることがあるのではないかと想像しています。

それらが良い悪いではないですが、それらと並列した「中枢神経」「末梢神経」に関連する筋力や可動域制限の可能性、「滑走性」「筋スパズム」などの影響などはなかなかパッとは出てこないことから学内教育における重きは低いのではないかなどと思っています。

しかし、臨床では多方向から対象者とその症状を対応するうえでは関連する可能性をできるだけフラットに探していくことが必要ではないかと考えさせられる経験でした。

また、現場で他のスタッフの治療を見た際にいろいろな対象者に対して同じような内容を行っているケースも少なくないように感じます。

ただし、具体的にすべての対象者の治療内容を把握し、意図を共有しているわけではないのでその中で個別性がある可能性はもちろんあると思います。

理学療法士では治療テクニックがいろんな分野であり、研修会等もたくさんあることから一つのことを極めることが強みでもあり、逆にバイアスになりやすいのではないかと思うことがあります。

さらに一番危険なのは、自分自身で研修会などのもいかずに治療テクニックを学んでいる先輩のマネをしているケースだと思います。

私は治療テクニックを知ることはとても多くの気づきにもヒントにもなると思いますが、しっかりと理論背景を理解し、さらにそれを研修では触れないいろんな側面から見た場合のメリットとデメリットを把握することでバイアスにかかりにくくなるのではないかと感じています。

新人の頃に先輩に「目の前の事実を素直に受け取り、いろんな考え方というフィルターを自分が持ち合わせて、それを通してみることがバイアスがかかりにくく大事」と言われたことを大事にしています。

この言葉を常に持っていますが、その中でも自分自身の臨床推論にもバイアスやそれに伴う盲点があると思うのでしっかりと振り返る時間を作っていきたいと思いました。

ご意見ありましたらコメントしていただければと思います。

※この内容は個人の解釈がありますので参考程度にお願いします。


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