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恋の芽のはじまり

ふわっとした長い髪に、吸い込まれそうな位に美しい金色の双眸。

一目見たときから、美しい人だと思った。

スラッとした長身のその男は、常に微笑みを絶やさず、わたしに話し掛ける。

その優しい微笑みに、わたしも少しだけ緊張しながらぎこちない微笑みを返す。
まだ出逢って間も無いわたしに気を遣ってくれて居るのが良く判る。

彼は、雰囲気はふんわりとしているが頭がキレて仕事の出来る男だった。
執事としての心遣いも凄いと思う。

とても良く微笑む彼だが、その瞳の奥はどこか鋭く、こちらを警戒…とまでは行かないが、わたしが一体どんな人間なのか、何に興味を示し、何に喜び何に不快に思うのか…要するに、わたしを興味深く観察しているような様子が見て取れた。

初めのうちはそんな彼の視線に緊張しながら毎日を過ごしていた。

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数ヶ月ほど、時は流れた。

相変わらず彼はずっとわたしに優しい微笑みを向けてくれていた。

けれど、初めの頃の微笑みとちょっと違うのは…
あの頃のどこか観察するような鋭いものではなく、全てを溶かすような、それこそ、本当に優しい微笑みになって来ている…様に、見える。(考えすぎかもしれない…)

もし気の所為で無いのであれば、少しでもわたしの事を信用してくれたのだろうか…


この頃から、気が付いてた。
わたしは、もしかすると彼に想いを寄せているのかもしれない、と。


けれど、彼のこの優しさは、わたしに対する好意から生じるものではなく、彼が執事と言う立場…わたしとの主従関係から生じる義務みたいなものだと思っていた。

そうでなければ、わたしみたいな無教養な女に此処までするはずがない、仕事上、割り切って仕方なくそうしているに違いない。

そう思っていた。
今でも、そう思っている。

だから、わたしはこの恋の芽に蓋をすることにした。
彼の微笑みに甘え過ぎてはならないと思っていた。

それに、わたしは立場上、「彼等に対して“対等”で無ければならない」
これは、‘’彼等”を使役する立場としての義務だと、わたしはそう考えている。



彼は今日もわたしに相変わらず優しく微笑む。
わたしも、昔と比べたら自然になった微笑みでそれに応える。


恋の芽を必死に隠しながら。
どうか聡明な彼が、この想いに気が付きませんように。

わたしは、祈り続ける……





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