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【小説】半分の居場所
──眩しい。
憎たらしい朝日で目が覚めた。
この部屋のカーテンは何故こんなに薄いのか。
いい加減遮光カーテンにすればいいのに。
そんなことをぼんやり思いながら枕元のスマホに手を伸ばす。
伸ばした手の先が、横で眠る彼の頭に触れて慌てて引っ込める。
起こしちゃったかな。
…大丈夫、寝てる。
朝日よりも眩しいスマホの画面が時刻を映し出す。
6:26
寝返りを打つと無印のシングルベッドがギシッと音を立てる。
起こしちゃったかな。
…やっぱり、起きない。
そっとベッドを抜け出し、昨日飲み残したペットボトルの水をぐびっと飲む。
あ、これ陽ちゃんのだったかな。まあいいか。
彼は、まだ起きない。
床に落ちていた着古したヨレヨレのTシャツとタオルを手に取って
バスルームへ向かう。
キィっと音を立てるドアの音にも彼は気付かない。
───
シャワーを浴びて出てくると、
彼はベッドの上でスマホを弄っていた。
「おはよう」
そう言いながらギシッと音を立ててベッドに腰かけると
「ん」
と小さく彼は言った。
彼の目はスマホを見たまま。
私のことは、見てくれないまま。
小さく吐いた私の溜息にも気付かない。
「何か食べる?」
私の問いにも彼は答えない。
朝の私は彼には用無しなのだ。
わかってる。わかってたけど。
「……着替えたら帰るね」
「……え?もう帰るの?」
ようやく彼が私を見た。
一瞬目が合って胸がザワつく。
けれど彼はまたすぐスマホに目線を落とした。
「気をつけてね~」
ニコニコ…違う、ニヤニヤしながら彼は言う。
こめかみがぎゅっと痛くなって目頭が熱くなる。
喉の奥が締め付けられる。
ヨレヨレのシャツを勢いよく脱ぎ捨てて
散らばった自分の服をかき集めた。
何も視界に入れないように、
何も聞こえないように、
私は昨日の私にまた戻っていく。
昨日みたいにアイラインがうまく引けなくて嫌になる。
…誰も私なんて見ないか、とアイライナーをポーチにしまった。
私の跡は、何も残しちゃいけない。
指輪もピアスもちゃんと着けた。
だけど口紅が付いた昨日のグラスをそのままにしたのは
ささやかな抵抗だと気付いて。
「陽ちゃん、ばいばい」
「ユウ、また連絡するー」
最後まで彼は私を見ない。
ガチャリと音を立てて重い扉が閉まる。
「またね」
といつも言わないのは私の小さな覚悟。
でもそれは直ぐに砕けるのも私は知ってる。
通知が光る度、私はまたここにきちゃうんだ。
あの小さなベッドが私の居場所だと錯覚しちゃうんだ。
私をなぞる手が
不意に見せる無防備な笑顔が
「ユウ」と私を呼ぶ愛しい声が
たまにくれる優しい言葉が
全部全部私の決意を打ち砕くんだ。
嬉しい気持ちと辛い気持ちが半分ずつ。
あのベッドの居場所と、おんなじ。
半分幸せで、半分届かない。
サヨナラを言えない私でごめんなさい。
あなたを悪者にしないと決意が揺らぐから。
酷い言葉でいいから
酷い仕打ちでいいから
どうかお願い。
私を───。
──────
「そういうの重いわ」
私が大切にしたかったあの半分の場所で
あの日、彼が放ったたった一言。
それはわかっていたけど、わかりたくなかったこと。
でも、本当は私が欲しかった言葉なのかもしれない。
…ありがとう。ごめんね。
こんなに好きでごめんなさい。
また目頭が熱くなって、
私の想いがこぼれていく。
私の「好き」は
彼の「好き」では受け止められないんだね。
またあの重いドアをギィっと開けてて部屋を出る。
「ばいばい」
もう、揺らがない。
───サヨナラ。