「坐禅」に辿り着く
「坐禅」に辿り着くまでの道のりには、孤独が大きなテーマとして存在していました。
孤独と向き合う
外資系企業は、やりがいに溢れていますが、重要な仕事の遂行には大きな責任と孤独感を伴うものです。
セカンドカルチャーショックの真っ只中、アメリカ留学を経て培ったグローバル社会における価値観や常識と、日本の企業文化の違いに戸惑い、日本の企業文化には馴染めずにいました。どこかで「日本の企業文化に完全に溶け込むべきではない」という思いも抱えていました。
グローバル社会で役立つスキルを身につけることを優先する中、自ら孤独な環境を選択していた部分もあると思います。外資系企業で働きながら通信制の米国大学院に通うという選択肢はその象徴的な例でした。必然的に独立したり孤立したりと孤独と向き合う場面に晒されてきました。
責任と独立心から生まれる孤独
2015年から2022年まで在籍していた企業では、上司はアメリカに、同僚はサンフランシスコを中心に、ニューヨーク、ロンドン、そして東京といった各都市に拠点を置いていました。オンライン会議を中心に連携しながら、自己管理と責任を求められる環境で仕事を進めていました。
このような環境の中で、私は責任感と孤立感の狭間に立っていました。上場企業としての厳格な情報管理規定に従う必要があり、両親や友人にも話せない悩みが増えていきました。新しいビジネスアイデアを思いついても、それを誰にでも自由に話せるわけではなく、限られたチーム内でのみ共有できました。ただ、時差の関係でチームメンバーと連絡が取りにくく、リアルタイムで会話できない難しさがありました。結果的に、嬉しい気持ちや不安な気持ちを自ら消化しながら過ごす日々が続きました。
学業においても、通信制の大学院ではクラスメイトや教授との直接的な交流は限られ、課題に取り組む中での孤独感は深いものでした。それでも、「これが私の選んだ道だ〜」と自分を励ましながら進み続けました。
答え探し
仕事と学業に共通していたのは「答えは与えられるものではなく自ら生み出すもの」だということでした。仕事においての答えとは、事業の最良な企画や実施方法(収益の最大化)でした。米国の博士課程やMBAで学んでいたこともありますので、最良の適宜もおおよよできましたし企画や実施方法もある程度目処がつきました。
ハードルが高かったのは、学業で「答え」を見出していく過程を経ることでした。無いものを「無い」と結論づけて、答えになり得る考え方を論じるのは、いろいろな意味で気苦労が絶えませんでした。そして孤独感は果てしなく大きくなっていくような気がしていました。課題を提出するたびに、「これで良いのだろうか」と何度も自問自答しながらも、心の中では「これで良いのだ✨」と完全に信じられずにいました。四六時中、寝ても覚めても「答え」を探し続けていたような気がします。
「生みの苦しみ」と言われる過程を経験する中で、気分の晴れない日々も多くあり、晴々とした気分になるための方法を模索しました。Meditationに関する英語のコンテンツは豊富で、TED Talksを視聴したり、Tony Robbinsのような自己啓発の専門家による書籍を読みながら様々な考えを参考にはするものの、一時的に心が軽くなることはありましたが、結局は思考が堂々巡りを続ける感覚から抜け出せないままに日々を過ごしていたように思います。
高野山での宿坊体験
そんな中、国内旅行をきっかけに自分の心を見つめる機会が訪れました。5年ほど前の秋、高野山の宿坊に宿泊しました。静寂を求めてテレビのない宿坊を選び、一泊二日という短い滞在ながら、朝の勤行で体験した護摩焚きの壮大さは今でも忘れられません。
宿坊に到着後、多忙な日々の中で自分では気づけなかった心の声が表面化したような不思議な体験をしました。廊下に貼られていた「慈愛」という言葉を見た瞬間、理由もわからず涙が溢れてきました。大阪をお昼頃に出発し、高野山の宿坊に夕方前に到着しました。到着時は『ほっとした』心境でしたが、涙が出るような感情の前触れはありませんでした。『慈愛』という言葉が目に映り深く感動し涙が溢れてきたときは、「私は一体どうしたのだろう」と不思議に思いました。その時は旅行中で深く考える余裕がなく、心の中で一旦保留にしました。
坐禅会への参加
旅行後は先ず涙の原因を探るべく、メディテーションの知識を深めようと関連イベントを探しました。友人から「Zazen」に参加したらどうかとアドバイスをもらい、都内で開催されている坐禅会を見つけ、通い始めました。始めの数回は、坐禅中に涙が出ることもありましたが、回数を重ねるうちに心が静まり、次第に坐禅そのものに集中できるようになりました。
私の参加した坐禅会は英語を共通語としていて、般若心経などはローマ字で学ぶスタイルでした。日本の企業文化に馴染むことが難しかった私にとって、国際色豊かな集まりは溶け込みやすく、自然に親しみを感じられる場でした。一年少々通ったのち、坐禅会への参加を見合わせなければならなくなりました。理由は、博士課程で一時的な退学処分を受け、復学を前提に論文執筆の時間を増やすためでした。博士課程卒業後は、メディテーション(Vipassana)を通じて心身を整える工夫をしていました。
再び「坐禅」に辿り着く
今春、京都のお寺にて、日本語での指導のもと僧堂と呼ばれる坐禅会場で坐禅をする機会に恵まれました。伝統の奥深さに触れることで、心の中でぼんやりと探していた何かが、確かな形を持ったように感じられる、言葉では表現しがたい運命的な体験となりました。
自分の心の中で何かが変わったような、まるで目覚めたかのような変化は今も続いているように感じます。日常の風景は、以前よりも新鮮に心に映るようになり、「新しく見えてきた景色」は、日を追うごとにその鮮明さを増しているように思います。
坐禅を始めてまだ日は浅いですが、坐禅を通じ数々の学びに恵まれています。次回以降、坐禅を通じて得られた学びについてもお届けいたします。