ラーニングフィールドという巣窟【後編】
ヒートテック
田んぼでの除草作業の後、僕は泥だらけになっていた。
使い古して捨てるだけのヒートテックを無数の茶色い斑点で染め上げて、僕をラーニングフィールドに招待してくれたメンターMさんは「お、田んぼらしい良い模様が出来上がってるね~!」と言った。
ヒートテックに浮かんだ「田んぼの模様」、たしかにそれもあるのだが、実はそうじゃない。
この汚れ、失礼、模様の大半は威勢の良い子どもたちとの度重なる激闘(あるいはリンチかもしれない)の末付けられた、言わば敗北の烙印である。
湧き水がいつの間にか、小さな濁った池を作っていて、そこで子どもたちと遊んでいたのだが、その間、
[泥水攻撃!]を体中で被弾し、泥の塊を顔面に一発くらわされた。
その泥球は青空の下に空を裂き、僕の全身を貫いた(貫いてない)。
子供に本気になって反撃するわけにはいくまい。
「参った。。。」
僕がこう呟いたとき、子供たちは、まるで世界征服を企む悪の秘密結社総統を打倒し、世界を救ったヒーローになったような誇らしさを纏って目を輝かせていた。
感想戦
子供の空想に満ちた世界観とはおもしろい。
水たまりは煮えたぎるマグマと変貌し、友達は戦友で、僕は悪の親玉で…この世界が未知と冒険のファンタジーになっている。
そして、僕も少しだけ、自分の子供時代のファンタジーを取り戻した。
バトル、正義と悪、秘密基地。
そんなロマン溢れる単語たちがよだれが出るほど好きだったっけ。
目の前にいる彼らを見るにそれは僕の幼少期とたいして変わらない。
そして、子どもたちの脳内構造を少しずつ理解し、次第に自分も楽しくなってきた。
自分は昔やんちゃで、常に2人の子分を連れて大暴れし、罪の多い幼少期を送っていたから(もちろん今はそんなことはない)、目の前の彼らが自分にどんな無茶なことをしてきても、強く叱る気にはなれなかった。
だから、
子どもたちにグチョグチョにされてできた"田んぼらしい良い模様"のヒートテックで、僕はとびっきりの笑顔で写真を撮った。
クラゲ畑
除草作業が終わったら、次はみんなで海に行くことになった。
こうして、ラーニングフィールドの舞台は山から海へと移り変わる。
浜辺近くの潮溜まり周辺には、右手のハサミだけ馬鹿にでかいシオマネキ。
右手だけゆっくりと回して、何かを威嚇しているようにも、誘っているようにも見え、僕はバッターボックスに立ってバットをクルクルさせる野球選手を連想した。
そして、海にはたくさんのクラゲがプカプカと漂って、そのうちの何十匹が岸に打ち上げられていた。
クラゲ畑がそこにはあった。天然の透明なガラス細工が採れる畑である。
なんと生物相の豊かな環境だろうか。
しかし、より驚くべきなのは、この場所が、国際的な建造物のすぐ近くにあるということであろう。
関西国際空港。
飛行機が離陸し、空へ旅立つ轍をなぞるように、カモメなどの様々な野鳥がその自由の翼で滑空する。
管理者の一人のタナカさん曰く、ここは様々な珍しい野鳥が集う日本に現存する数少ない場所であるという。
自然と科学が交わるこの不思議な場所で、僕は不安定なサップを踏ん張って漕いでいた。
ぐらぐらとして安定しないし、気を抜けば筋肉がつりそうになる。
だけど、サップという人工物を使って、自然の海と一体化するのは気持ちがいい。
調和というのは、ある意味で労力がかかるものである。だが、同時に楽しいものでもあるのかもしれない。
こうして、サップで水面を縦横無尽に伝い、疲れたら海で潮風に吹かれ昼寝し、それが飽きたらまた海に繰り出し、そこで僕は人生で初めてクラゲを持ち上げるということを経験した。
富田夫人に教わって、手のひら大サイズのクラゲを、刺されないように持ちあげた。
海の温度より少しひんやりとして、ゼリーのようなブルブルの透明が手袋みたいに掌を覆った。
「RYUくんは、クラゲに刺されたこととかあるかな?」
「ないです。どんな感じですか?」
「なんか、棒で殴られたように痛くて、跡がずっと残るの」
「へぇ。まじですか〜、ご縁があれば刺されてみたいですね」
「ははは」
ご縁があれば。
新米
海で遊び疲れた後は、ユキさんの邸宅に泊まることになった。
その日のうちに帰る予定だった僕だが、今日泊まって行ってもいいよ、と提案していただき、
ユキさんのノリノリの
「up to you ♪(君次第さ♪)」
で完全にやられた。
ユキ邸に入ると、未だにエネルギーの有り余る子供たちがはしゃいでいる。(ユキさんも一緒にはしゃいでいた)
適度に休憩をとりつつ、少しだけ遊び相手になりながら、ハンモックに陣取った。
平和。。。
いくら時間が経っただろうか?
何分もぼーっとしていると、気づけば片付けが始まっている。
途中から片付けに参戦し、ユキ邸の庭から室内に入ると、まだまだ疲れることを知らない子供たちが走り回っていた。
今度は彼らの母親たちが悪の親玉役で、子供たちは世界の悪を打ち滅ぼす正義の団体だった。
「お前は誰だ!」
子供たちに目を付けられる。
「えー、僕はRyu..いや、ドラゴンです」
「じゃあ俺は勇者だ!」
「あ、はい。お願いします」
「じゃあ、アイボーのマジックアイテムを選べ!」
床いっぱいに無数のおもちゃたちが無惨にも転がっていた。
「じゃあ、このお洒落なサングラス…」
「こいつはどういう能力なんだ?」
「えーと、こいつをかけると相手を洗脳できます」
「ギャハハハハw」
爆笑。
「じゃあこいつはなんだ!」
少年の手にはよく駅で売られているキモカワ生物のぬいぐるみストラップが握られている。
「えー、こいつは、こんな見た目だけど、世界一強いんだ」
「なわけねーだろー!」
「こいつはバラモンって言うんだぞ!強いぞ!お前よりは強い」
「ギャハハハハw」
またまた爆笑。
どうやら、咄嗟に飛び出した「バラモン」という言葉の響きが死ぬほど面白いらしい。
「もっかい言え!」
「バラモン!」
子供たち一同、唾とよだれを撒き散らして笑い転げた。
そして、いくらか落ち着いて僕の方に向き直すと、少年は、相変わらずの命令口調でこう告げた。
「じゃあ、お前を俺らのグループの新入りにしてやる!」
「あっありがとうこざいます(?)」
こうして僕は、正義の組織の新米団員になったらしい。
我ながらなんとも情けない光景であった。
成長
しかし、
どんな人間も、新しい環境の中では常に新米だ。
どんなに偉い人でも、この謙虚さを忘れてはならないと思う。
新しい環境の中では、ある程度どんなことでも、取り敢えず素直に受け入れてみる。
新米。
新しい米と書いて、新米。
実によく出来た言葉である。
どんな米も、生産者の手によって、丹念込めて作られる。
今回のラーニングフィールドで、僕は僭越ながらその一端を学ばせてもらった。
だが、どんなに生産者が手を尽くしても、米自身が養分を地中から吸い上げて生きようとしなければ、米は育たない。
僕は今回、ラーニングフィールドの新米、そして正義の組織の新米となって色んな面白いものを見ることができた。
まだまだ語り尽くせないほどのたくさんの出来事があったが、今回は長くなったのでこれくらいにしておこうと思う。
今回のラーニングフィールドのメンバーたちに心の底から感謝するとともに、また、僕はラーニングフィールドの地に足を運んでいる。
8.6.
除草作業の続き。
丹念込めて、稲を育てる。
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